第14話 理事長室での出来事
「久しぶりだな。アーサー。アリシアもだが、大きくなったな」
理事長室にいたのはカレンだった。理知的な印象を受ける美しい女性だ。俺達からすれば叔母という立場ではあるが、それにしては随分と若々しい印象を受けた。実際、彼女の年齢は30手前といったところのはず。
それだけの若さで魔法学園で理事長を任せられるという事はそれだけ彼女が辣腕だからとしか言いようがない。秀でた魔法の才と頭脳、人間性があるから彼女は若くしてその立場に就く事が出来たのである。
「ええ。カレン叔母さんもお元気そうで」
「叔母さん言うな。私はまだ20代だぞ」
「そ、それもそうですが。何歳でも俺達からすれば叔母さんは叔母さんです」
「うむ。それもそうだが」
「では、カレン理事長もお元気そうで、何よりです」
俺は無難にそう呼んでおく。
「そうだな。何とか無病息災でやっているよ。——と、世間話をしている場合ではなかった。お前をここに呼んだのには理由があるんだ」
「理由?」
「どうやら、最近、魔族の動きが活性化されているそうなんだ」
「魔族の動きが活性化?」
「ああ。1000年前に勇者により封じられた魔王が復活するのではないか、と言われている。その為、魔族の動きが活性化するのではないか、もっぱらの噂だ」
1000年前に勇者により魔王は封じられた。そして、その勇者の血というのは代々、王族に受け継がれている。王族には勇者の血が流れており、それが王族に特殊な力を授けているらしい。
原作ゲームでは俺、『アーサー・フィン・オルレアン』はその弱い心を魔族に狙われる。洗脳され、魔族側の味方についたり、あるいは命欲しさから味方である魔法学園の生徒達を魔族達に売り飛ばし、用が済んだらここぞとばかりに処分されるのだ。
それがこの『アーサー・フィン・オルレアン』に訪れる数多の死亡ENDのうちのいくつかに絡んでくる。
「だから注意しておくんだ。学園の中にも魔族の息がかかっている者が現れてくるかもしれない」
「勿論、何が起こるかもわからないので注意だけは怠らないようにはしますよ」
「そうだな。それと先ほどのアリシアとの話にも関係しているのだが、庶民の出自のフィオナ・オラトリアという少女が今年、お前達と同じ学年に入学してくるのだが。彼女は使い手が滅多にいない光属性の魔法を使えるそうなんだ」
それについても知っている。というか、なんなら先ほどまで一緒にいたのだ。俺と彼女は。
「その光属性の魔法というのが特に魔族に対して有効らしいんだ。それもあって、王族はそのフィオナ嬢にこの魔法学園の入学を許可したのだ。彼女がこの学園で学び、力をつける事は魔族に対して有効な対抗手段になるのではないか、という算段でな」
「そ、そうですか……フィオナが光魔法を」
「フィオナ? 何か彼女の事を知っているのか?」
「え? いや……別に。先ほどまで一緒にいたから知っているだけです。知り合いといえば、知り合いです」
「知り合い? 彼女は田舎町からこの王都に向かってきただけのはず。どこに知り合うタイミングがある?」
「えーっと、それは」
俺は手短にフィオナとのいきさつを説明する。
「ふーむ。ドラゴンね。普通、ドラゴンというのは洞窟の奥深くに住んでいて、こんな街の近くには出没しないのが通常だ。となると可能性としては魔族の息のかかった者かもしれない」
「魔族の息がかかったもの?」
「恐らくはフィオナに秘めている光属性の魔法を恐れたのだろう。そして、そのフィオナを始末しようと考え、何らかの手段でドラゴンを操り、けしかけた。これは全てただの推察ではあり、確証はないが。そう考えれば自然だ」
「へー……」
あの時、王都の近くで起きた騒動にはそういう理由があったのか。全ては推察でしかない。確証はない。ただ、ただの偶然だとは思えない。フィオナが持っている光属性の魔法を恐れて、魔族の息がかかった者が火竜をけしかけた。
あの時の出来事にそういった理由があったのだとすると納得する事ができた。
「それで、そのドラゴンをお前は一人で倒したのか?」
「え、ええ……一応、そういう事になります」
「ふむ。やるではないか」
「ええ、はい。ありがとうございます」
「……辛気臭い話ばかりで申し訳ないな。ともかく、この学園に入学おめでとう。充実した学園生活になる事を祈っているよ」
「それはどうも。そういった学園生活が送れる事といいのですが……」
充実した学園生活……ねぇ。数多の死亡ENDを回避し、俺は学園生活を続ける事ができるだろうか。充実以前にそもそも俺はこの学園生活を生き残る事ができるだろうか。
「明日は入学式だ。今日のところは寮に戻って、ゆっくりしてくれ。長旅だったし、色々とあったからお前も疲れただろう。寮は二人で一部屋を使う事になっているから、相方とは仲良くするようにな。くれぐれも喧嘩をするなよ」
「わかってますよ。カレン叔母さん」
「叔母さん言うな! 叔母さんじゃない! 私はまだ20代だぞ! それにここでは理事長と呼びたまえ!」
「わかりましたよ。カレン、理事長」
叔母との話を終えた俺はこうして、男子寮へと向かった。
◇
「……えーっと、ここだったよな。202号室」
男子寮の202号室に俺は向かった。寮とは言ってもその外装と内装は相当に金がかかっており、まるで高級ホテルのようであった。やはり貴族や王族が主として学んでいる魔法学園らしく、それなりに金回りがいいのだろう。
入学金や学費も相当に取っているだろうし、卒業生や関係者からの多額のスポンサー料が入ってきている事が想像できた。学生の身分ではあるが相当に良い暮らしができる事が期待できた。
俺は202号室の部屋の鍵を開け、中に入った。こじんまりとした部屋だが、それでも二人で生活していく分には特に不自由する事はなさそうだ。その部屋には二段ベッドがあった。面積を節約する為であろう。
――と、既にベッドには人がいたのだ。そうだった。この寮は二人一部屋の相部屋である。つまりはルームメイトがいるのである。状況からして、そのルームメイトが先着していると見て間違いはなかった。
「よっと」
ベッドで寝ていた、一人の少年が身体を起こし、立ち上がる。
青い瞳に金髪をした美形の少年だ。気品のある雰囲気をしている。まるでどこぞの王子様のようだ。っていうか、こいつは。
「んっ!?」
「君が僕のルームメイトか」
俺の身体が無意識に硬直する。
「これから三年間、よろしく頼むよ。僕の名は――」
そいつは俺に握手を求めてきた。対して、俺は身動きひとつ取れなかった。まるで蛇に睨まれた顔をしている。
というか。俺はこいつの名前を知っていた。というか、有名人だ。
リオン・フォン・リアネスティール。
原作ゲームの主人公。この世界の王国リアネスティールにおける第二王子。絶世の美形にして、勇者の血を引くものとして、チート魔法を持っている。その上、性格も良くて人当たりも良い。完全無欠の超人。何もかもに恵まれた絵に描いたようなチート主人公。
王子様みたいというか、実際に王子様なのだ、こいつは。
原作ゲームでは、自分の才能にを過信した俺は魔法武闘大会でこいつにボコボコにされ、死亡ENDを迎える事になっている。
つまり、事故とはいえ、俺はこいつに殺されるのだ。その相手が目の前にいるのだから、無意識に警戒してしまうのは無理もない話であった。
「どこかで君と会った事はあるかな? 警戒されるような事をした覚えはないのだけれど……」
察せられたか。流石に洞察力が高い。何でも見通せるような目があるのだ。これはチート能力とかそういう類のものではなく、何でもできるただの才能でしかない。
「……え。い、いや。別に。そういうわけじゃ。あ、あんたが有名人だものでつい緊張しちまって。そ、それだけさ」
今、俺が普通は知りもしない事を知っている事を疑われたらまずい。俺は平静を装う。
「ははっ。有名人だとか言われると気恥ずかしいな。僕の名前はリオン・フォン・リアネスティール。よろしくね、アーサー・フィン・オルレアン君」
俺達は握手を交わした。身体が未だ震えるが、何とか堪えた。
「どうして、俺の名を?」
「それは勿論。君も有名人だからさ。有力な貴族の出自だし、それに理事長の甥っ子だ。さらには君の姉君は僕の兄である第一王子と婚約関係にある。だから、君の事を僕が知っているのは当然の事じゃないかな?」
「……それはまあ、確かにそうだな」
「ともかく、これから三年間よろしく頼むよ」
「あ……ああ。そうだな。よろしくな。リオン第二王子」
「リオンでいいよ。呼び捨てにしてくれ。アーサー君」
「あ、ああ。わかったよ。リオン」
これから三年か……。三年持つといいんだけどな。いくつもある死亡ENDを回避しないと。何より目の前にいるチート野郎に殺されないようにしないと。こいつは根が糞真面目で融通が利かないから、手加減とか一切できないんだよな。
こうして、俺は原作ゲームで無残にも殺される宿敵のような奴とルームメイトになったのだ。
そして、一夜を明かし、入学式の朝を迎える事になる。




