765話
9月19日(月曜日)
「パパ。ドコニイクノ?」
「ママのお誕生日のケーキを買いに行くんだよ」
朝食後、雄太は凱央を連れて車で出かけていた。悠助は庭のブランコで純也と遊んでいた。
フランスでのG1を獲った雄太への取材が落ち着いた訳ではないが、この日だけは取材も何も入れなかった。
(たまにはしっかり休ませてもらわないと、週末の騎乗に影響あるんだからさ……)
しばらくすれば落ち着くと思っているが、春香の誕生日は雄太には絶対外せない。結婚記念日と同じく春香への愛を誓う日であり、大切な家族のイベントである。
「ボク、イチゴノケーキガイイ〜」
「ははは。イチゴがいっぱいのケーキだぞ」
「ワ〜イ。イチゴ、イチゴ〜」
チャイルドシートで小躍りしている凱央の姿を、バックミラーで見た雄太は笑みが溢れた。
ケーキ屋に着いて車を停めて、凱央のチャイルドシートを外して店内に入った。
途端に凱央の目がキラキラと輝いた。
「ワ〜。ケーキ、ケーキ。パパ、ケーキガイッパイダヨ。ミテミテ〜」
ショーケースの中の色とりどりのケーキを見た凱央のテンションは爆上がりになり、ショーケースのガラスに張り付いた。
「と……凱央」
「いらっしゃいませ」
笑いを堪えながら若い女性店員は雄太に声をかける。雄太は財布の中から予約票を取り出して差し出した。
「す……すみません……。ケーキの予約をしていたのですが……」
「はい。拝見いたします」
雄太は予約票を渡して、ペッタリと顔をガラスにくっつけている凱央を見た。
予約していたケーキを店の奥から出してきてもらうと、凱央は目はケーキに釘付けになる。
「パパ。パパッ‼ イチゴ、イチゴガイッパイッ‼」
「凱央……。落ち着いてくれ」
女性店員は営業スマイルを浮かべているが、肩が小刻みに震えている。
「ご注文のお品はこちらでよろしいですか?」
「ハイッ‼」
雄太が答える前に、凱央は大きく右手を挙げて返事をした。
「……はい」
「ふ……ふふ。では、少々お待ち……ください」
我慢の限界を越えたのか、上擦った声の女性店員はケーキを箱に入れて、レジ横から出てきた。
「あの……お子様は、イチゴ以外の果物やナッツのアレルギーは大丈夫でしょうか?」
「え? 大丈夫ですけど」
「なら、これをどうぞ」
女性店員は小さなビニール袋に入ったパウンドケーキを差し出した。
「良いんですか?」
「新作のパウンドケーキの試食品なんです」
「あ、それならいただきます。凱央、おいで」
凱央は雄太に呼ばれて、またショーケースを眺めていた凱央は戻ってきた。
「お姉さんが、これをくれるって」
「お家に帰って食べてね」
「オネエサン、アリガトウ。ユースケトトシヒロニ、ワケテアゲル」
凱央は袋を受け取り、悠助達と分けると話した。
「ゆうすけ? としひろ?」
「あ、この子の弟達です」
「あ、弟さん達のお名前」
女性店員はショーケースの上に置いてあった籠からもうニつ手に取った。
「優しいお兄ちゃんね。弟くん達と一緒に食べてね」
「アリガトウ、オネエサン。ユースケト、トシヒロトイッショニタベルネ」
満面の笑みを浮かべる凱央とケーキを持って帰路についた。
凱央は三つもらったパウンドケーキを抱えて嬉しそうに笑っている。
(凱央は、本当にお兄ちゃんだな。自分がもらったパウンドケーキを悠助と俊洋にも分けてやろうって思うんだから)
しかも握り潰したりしないように、本当に大切そうにそっと抱えている。
大人なら一口で食べ終えてしまうぐらいのパウンドケーキを、いくら小さいとは言え兄弟三人で分ければ一口で終わってしまうだろう。
「パパ。パウンドケーキッテナニ?」
「え? え? えっとぉ……、パパは分からないからママに訊いてみな」
「ウン。ワカッタァ〜」
雄太にはパウンドケーキの作り方なんて分からないし、カステラに何か混ぜてあるような物にしか見えない。
ワクワクとしている凱央と凱央達の大好きなイチゴがタップリのケーキを乗せて、雄太は笑顔で自宅に戻った。




