754話
6月26日の中京競馬場でのG2CBC賞を勝った雄太は最終レースも勝ち、二日間で四勝を上げて気分良く自宅に戻った。
「ただいま」
「おかえりなさい、雄太くん。お疲れ様」
「パパ、オカエリ〜。オメデトウ」
「パーパー、オタエリ」
「ダダゥ……ンバァ……」
家族揃って出迎えてもらえて、雄太の顔が緩む。
顔を上げれば、開け放ってあるリビングのドアの向こうに車椅子に座った理保の姿が見える。
「おかえり、雄太。頑張ったわね」
「ありがとう。母さん、変わりはない?」
「ええ」
リビングに入った雄太に理保は優しい笑顔を向ける。家庭をもった息子ではあるが、やはり息子は息子であるので、雄太の活躍は嬉しいのだ。
「あれ? 父さんはまだ? 俺より先に着いてると思ったんだけど」
「お父さんなら、着替えを取りに家に行ってくれてるのよ。少し暑くなってきたから、薄手の服やパジャマが良いって言ったら飛んでいってくれたわ」
「そうなんだ」
亭主関白っぽい慎一郎が理保に和菓子を買ってきてやったり、服を取りに行ったりとしている姿が新鮮に思えた。
ふと窓の外の慎一郎宅のほうを見ると理保の服やパジャマを抱えて歩いているのが見えた。
(父さんがなぁ……。優しい部分もあるんだから、長年夫婦やっていられるんだよな)
雄太は両手がふさがっている慎一郎の為にリビングの窓を開けてやった。
「すまんな。儂の分も取りにいくから、これを理保に渡してくれ」
「分かった」
自分の物より理保の分を優先した慎一郎の優しさが雄太は嬉しかった。
「ジィジ、イッショニオフロハイロウ」
「よしよし。じゃあ、一緒に入ろうか」
「ウン」
慎一郎は凱央に一緒に風呂に入ろうと言われて目尻を下げていた。
一緒に暮らし始めてから、たまに凱央は慎一郎と風呂に入る時があった。
今日はレース終わりだから遅くなるかも知れないと春香に言われたが、凱央は慎一郎と風呂に入ると待っていたのだ。
そして悠助がテッテッテと近寄ってきた。そして、床に座っていた慎一郎の膝によじ登った。
「ジージー、オフロハイユ」
「悠助もか?」
慎一郎は驚いてしまった。それまで悠助は慎一郎と風呂に入りたいと言わなかったのだ。
(ふ……二人も一緒に風呂に入れられるか……?)
凱央は幼稚園には行っているが、悠助の髪や体を洗う間に一人で湯船に入れておくのは不安だった。
(凱央に万が一の事があっては、よくしてくれている春香さんに申し訳ない……)
慎一郎は考え込んでしまった。湯船の中で足を滑らせたらなど考えていると、雄太が小さく笑った。
「父さん、二人は無理だろ?」
「そ……そうだな。さすがに……な」
「俺も一緒に風呂に入るよ。なら大丈夫だろ?」
雄太の助け船に慎一郎はホッと息を吐いた。
「分かった。そうしよう」
「よし。凱央、悠助、風呂入るぞ」
「ウン、パパ。ボク、オキガエトッテクル」
凱央は自分の部屋に着替えを取りに行き、悠助の分は春香が準備をして脱衣所へ置いてリビングに戻った。
楽しそうに孫達と風呂に向かう慎一郎を、理保はニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。
「ねぇ、あなた」
「ん? 何だ?」
理保は寝起きしやすいようにと雄太と春香が用意してくれた簡易ベッドから慎一郎を見た。
「幸せですね」
「ハッハッハ。確かにな」
一緒に風呂に入った後、一緒に寝たい言われ、凱央と悠助は慎一郎の隣の布団に並んで寝ている。
「今日ね、春香さんに泣かれちゃって……」
「ええっ⁉」
大きな声を出してしまった慎一郎は、慌てて口を押さえた。孫が起きてしまうかと思ったが、二人はスースーと寝息を立てて眠っていた。
「ど……どう言う事だ……?」
「私だけでなくあなたの世話までしてもらって迷惑をかけて申し訳ないと言ったら、そんな事を言わないでくださいって泣かれてしまって」
「春香さんが……」
生活費を一切受け取らない雄太と、雄太と同じように早朝から起きて出勤する慎一郎との事を笑顔でやっている春香に、理保と共にありがたいと改めて思った。




