752話
慎一郎宅の戸締まりを雄太に任せ、春香は子供達を連れて自宅に戻った。
(お義母さん……。大丈夫かな……? もし、手術が必要なぐらいの酷い骨折たったら……)
春香は医者ではない。多少の知識と応急処置を直樹達に教わった程度だ。
「ママ、ダイジョウブ?」
「マーマー、イタイイタイ?」
「え? あ、大丈夫だよ。バァバが心配なだけたからね?」
真剣な顔をしていたのが、気になったのだろう。凱央と悠助がソファーに座った春香の前に座って顔を覗き込んでいた。
雄太が戻ってきて、春香の隣に座った。優しく髪を撫でてくれる雄太の胸に頭を預けた。
「とりあえず連絡を待とう。な?」
「うん」
どんなに不安が押し寄せてきても、二人でいたら大丈夫だと思いながら、慎一郎からの連絡を待つ雄太達だった。
「うん。あぁ……。そうか。分かった。春香に伝えておくよ。じゃあ」
「……どうだったの?」
「うん。春香が言ってたように骨折だって。他は打撲と擦り傷だけだったって」
雄太は子機を置いてから、ベビーベッドに近づいた。授乳とオムツ替えが終わり、俊洋はスースーと寝ていた。
「そう。じゃあ、一ヶ月はうちにいてもらってお世話させてもらうね」
「え?」
「どうかした?」
「あ……いや。うん」
なぜ驚くのかという風に雄太を見詰める春香のオデコにキスをする。
(春香って、本当に人の為に動く事に躊躇がないな)
「変な雄太くん」
「あ、とりあえず父さん達を迎えに行ってくるよ」
「うん。気をつけてね」
「ああ」
雄太は救急病院へと車を走らせた。
「え? 雄太の家で……?」
「ああ。いくら父さんの家がバリアフリーにしていても、家事とかできないだろ?」
「そうだけど……」
慎一郎達と借りた車椅子を積み込んだ雄太は自宅へと向かっていた。
「私の足が治るまで一ヶ月はかかるのよ? 三人の子供達の世話をしながら……」
「春香が言ったんだよ」
雄太の言葉に、慎一郎も理保も言葉を飲み込んだ。
「母さんの世話をするし、父さんにも一緒にきて欲しいってさ」
「わ……儂もか?」
「そうだよ。子供達がいるのに、父さんの世話をしに行くのって、隣とは言え大変だからな。だから、一階のほうの客間で母さんと一緒に暮らして欲しいってさ」
確かに雄太の言う通りではある。慎一郎の食事などをしに行くより、夫婦揃って雄太宅にいてくれるほうが良いのだ。
「でも……」
「理保。確かに三人の子供達の面倒を見ながら、うちに来てもらうのは大変だ。雄太が手伝ってくれるとしても、週末にはいない。お言葉に甘えるのが最善策だと儂は思うぞ?」
「あなた……」
慎一郎の言う事も分かるのだが、一ヶ月もの間、息子宅で嫁に世話をしてもらうというのは安易に頷けるものではない。
「自慢気に言う事ではないが、儂は家事はサッパリだ。酒の肴でさえまともに作れん」
「母さん、父さんの言う通りだよ。春香が来て欲しいって言ってるんだ。来てやってくれ。俺も出来る限り手伝うから」
雄太の言う事も、慎一郎が言う事も分かる。だからと言って……と悩んでいるが、他に選択肢がないのだ。
「そうね。分かったわ」
「ああ」
何とか理保を説得出来た雄太はホッとした。
自宅に着くと、玄関のドアは全開にされていた。
(春香、準備万端だな)
駐車場側のドアも開いていて、春香と子供達が理保を待っていた。
慎一郎が車を降りて、病院で借りてきた車椅子を下ろして広げた。
「理保。大丈夫か?」
「ええ」
理保は少しずつ体を移動させて、慎一郎に捕まりながら車椅子に腰掛けた。
「お義母さん、痛みませんか? 大丈夫ですか?」
「ありがとう、春香さん。今は大丈夫よ」
「はい」
雄太は理保を家に入れ、慎一郎は自宅に着替えなどを取りに行った。
賑やかに夕飯を済ませて、理保達は一階の客間に行き、雄太はホッと息を吐いた。
「春香、明日から頼むな」
「うん。任せておいて」
「あ……。北海道……」
「良かったね、予約する前で」
にこやかに笑う春香を抱き締めて、春香と結婚して良かったと思った雄太だった。




