746話
4月11日(月曜日)
今日は凱央の幼稚園の入園式だ。
「パパ、ママ。ハヤクハヤク」
「はいはい。そんなに急がなくても大丈夫よ?」
「凱央、転ぶぞ。ちゃんと前を見て歩かないと。悠助もだぞ」
「ハ〜イ」
「アイ」
濃いグレーのスーツを着た雄太が苦笑いを浮かべる。
制服を着た凱央は張り切って歩いていて、凱央と手を繋いでいる悠助も楽しそうだ。
桜色のワンピースを着た春香が押しているベビーカーに乗っている俊洋も手をフリフリしたり、足を投げ出したりしている。
「楽しそうっていうか、浮足立ってるっていうか……」
「幼稚園に行くの嫌がらなくて良かったね」
「まぁな」
凱央をたしなめてはいるが、桜花賞の勝利の翌日という事もあり、雄太もウキウキとしているのは間違いない。
小学校の隣にある幼稚園には自宅から歩いていける距離だ。同じように歩いている子供連れが何人もいる。
「おはようございます」
たくさんの人達と挨拶を交わす。トレセンで勤めている人達も何人もいるから、春香も緊張せずにいるようだった。
入園式が始り、一人一人名前が呼ばれる。
「鷹羽凱央くん」
「ハイっ‼」
大きな声で返事をした凱央の姿に、雄太は感動した。
(あぁ……。凱央が……もうこんなに大きくなったんだな……。先生に名前を呼ばれて、しっかりと返事が出来るようになったんだ……)
ふと隣を見ると春香はハンカチで目元を押さえていた。
悠助は普段と違う雰囲気を感じたのかキョトンとしていた。俊洋はいつの間にかベビーカーでスースーと寝息を立てている。
(凱央が初めて競馬場でお客さん達に歓声を浴びた時に大物だなって思ったけど、俊洋も同じかも知れないな)
マイクの声や皆の拍手にも起きる事なく眠っているのだ。
(大人しく椅子に座ってられるかと心配してたけど、ちゃんと座ってられて良かった……。今日から、凱央の新生活が始まるんだなぁ……)
式が始まる前は少し緊張した面持ちの凱央だったが、退場する時はニコニコと笑っていた。
入園式などが終わり、雄太達が門へと向かうと純也達が門の外で手を振っていた。
「お、きたきた」
「凱央、おめでとうぉ〜」
「雄太、春さん。おめでとう〜」
純也達の姿に気がついた凱央はテッテッテと駆け寄った。
「ウォウ〜。マタチタン。ヨシオジチャン」
ふと雄太が春香を見る。
「……いつの間に鈴掛さんの事をヨシおじちゃんって言うようになったんだ……?」
「え? あ、この前お義父さんのところに鈴掛さんが来てて、庭で遊んでもらった時から」
「そうなんだ?」
鈴掛は慎一郎の厩舎の所属騎手だから時折訪ねてきていてもおかしくはない。
「アリガトウゴザイマス」
凱央はペコリと頭を下げて、ニッと笑った。
皆に撫でてもらい、その後梅野に雄太達と並んで写真を撮ってもらった。近くにいる保護者にお願いして、全員での写真も撮ってもらった。
その後、全員で雄太宅へ戻り、所用で出かけていた慎一郎達と玄関前で写真を撮ってもらった。
「凱央、立派になったわね」
「頑張って幼稚園に通うんだぞ?」
「ハイ。ボクガンバル」
ニコニコと笑う凱央の姿に理保はハンカチで目元を押さえていた。
「バァバ、ナイチャダメダヨ。イイコイイコ」
「そうね」
凱央は理保の手を繋いで家に入り、慎一郎と理保を自分の部屋へと招待していた。
淡い水色の壁には写真がいくつも飾ってあった。
「これは……」
「コレガ、アウ。コッチハ、モモタン」
一枚ずつ写真の説明をしている。アレックスやモモと撮った写真の中には、慎一郎に抱かれた競馬場での写真もあった。
慎一郎が喜んだのは言うまでもない。
慎一郎が注文しておいてくれたオードブルやケーキでお祝いをした。
凱央が大好きな苺がたっぷりのケーキの真ん中に『入園おめでとう』のチョコプレートがあり、嬉しそうに齧り付いていた。
「オイシイ。ジィジ、バァバ。アリガトウ」
キリッとした顔で礼を口にした凱央に、また涙を浮かべてしまった春香と理保だった。




