745話
4月10日(日曜日)
阪神競馬場 10R 第54回桜花賞 G1 15:40発走 芝1600m
俊洋が小さい為に現地に行く事はなく、春香と子供達はテレビの前での応援だ。
春香はジッとパドックを見ていた。
(ハーティの……妹……。同じ芦毛でも、この子とハーティと色味が違うんだよね……。何て言ったら良いんだろ? グレーはグレーなんだけど……)
雄太が騎乗しているハーティグロウの半妹は、艶々とした馬体でキリリと前を向き堂々と歩いていた。
ハーティの半妹という事もあり、オッズは7.3倍で三番人気だ。
(うん。この子は本当に綺麗な子だな)
春香はソファーに座っているが、凱央と悠助はベビーゲートの前に陣取っている。手には、春香が新しく作ってやったポンポンがある。
凱央も悠助も激しく振り回したりするから、結構早くボロボロになってしまうのだ。
「ユースケ、パパガウツッタヨ。ガンバレガンバレ
スルヨ」
「ン。パーパー」
ゲートに入る前から応援が始まり、ポンポンを振るシャカシャカした音がすると、俊洋も足を激しく動かしていた。
(俊洋って、足を動かすの凄いなぁ〜。凱央と悠助と比べても、足をパタパタしたり蹴飛ばすのが凄いんだよなぁ〜)
チラチラ俊洋を見ながら、順番にゲートに入っていく姿を見守り、雄太達騎手と全馬の無事の完走を祈った。
(頑張ってね、雄太くん)
実は雄太はハーティの妹には二月に騎乗していた。その時は掲示板入りも出来なかったが、雄太は今度こそと言っていた。
『馬主が是非って言ってくれたんだ。前回上手くいかなかったから乗り替わりだと思ってたんだけどな。信じて依頼してくれたんだから頑張るしかないよな』
雄太はもちろん、春香もハーティが嫌いだった訳ではない。様々な事があり過ぎただけで、本当はもっと触れ合いたかったのだ。
そんな事を思い出していると、ガシャンとゲートが開いて十八頭がスタートを切った。
(ねぇハーティ、元気にしてるかな? ハーティ。あなたの妹が雄太くんと頑張ってるよ)
桜の花が美しく咲き誇っている競馬場を、美しいグレーの馬体が弾むように駆けている。伸び伸びとしていて、楽しそうだなと感じた。
レースはドンドンと進み、直線を向いた雄太が前に出ようとした時、進路が一瞬狭まり抜けられないように見えた。
「パパァ〜、パパァ〜っ‼ ガンバレェ〜」
「パーパー、パーパー」
(雄太くんっ‼ まだチャンスはあるはずっ‼ 諦めないでっ‼)
一度少し下げた雄太だったが、ほんの少し間が開いたのかスッと前に出た。
「前に出られたっ‼ 雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼」
「パパっ‼ ガンバレガンバレェ〜」
「パーパー、バンバエ〜」
前に出られたらこちらのものと言わんばかりに、グレーの馬体がグングンと後続馬を引き離しにかかった。
その姿は半兄ハーティグロウと同じように力強かった。
「もう少しっ‼ もう少しだよっ‼」
競馬場に大歓声が湧き上がる。もしかするとハーティのファンもいるかも知れない。
競り合った二頭がゴール板を駆け抜けた瞬間、競馬場を揺らす程の歓声が上がった。
どっちが一着だか分からないぐらいの僅差な状態だ。
(雄太くんだよね? ほんの少し鼻先が出てたもん)
掲示板に着順が灯るまでの時間が酷く長く思えた。
そして、着順が灯った。ハーティの半妹はハナ差で桜花賞を征した。
「勝ったぁ〜。雄太くんが勝ったぁ〜」
「パパ、カッタァ〜。ガンバッタァ〜」
「パーパー、パーパー」
凱央と悠助はピョンピョンと跳ね回った。抱っこされている俊洋も笑っているように見える。
「俊洋も嬉しい? パパ、一着だよ。優勝したよ」
「アバァ……ダァウ……」
小さな俊洋の手を握って軽く振ってやる。
インタビューを受けている雄太の姿も笑顔もドキドキしていた。
(雄太くん、格好良いな。えへへ)
テレビ中継が終わった頃、俊洋はスヤスヤと眠っていたので、そっとベビーベッドに寝かせ夕飯の準備に取りかかった。
今日も雄太に惚れ直した春香だった。




