39話
(そ……そう言えば……。確かに……見てた……)
セロテープを剥がした所為でボロボロになった膝掛けを見ては、春香の笑った顔やキリッとしたプロの顔を何度となく思い出していた。
「いや……。あの時は……」
雄太はボソボソと小さな声で話す。
梅野は信号が青になったのを確認すると、ゆっくりと車をスタートさせた。
「あの時は何? あ~。あの柔らかい膝掛けを見て、市村さんの柔らかい指を思い出して、人に言えない妄想して若い男の……」
「うわぁぁぁぁぁっ‼ やめてくださいぃぃぃぃぃっ‼」
梅野は運転中だと言うのに、ゲラゲラ笑う。
(そうだった……。この人はこう言う人だった……)
雄太はゼイゼイと息を切らす。
物腰柔らかなイケメンだが、梅野だって二十歳の男だ。
かなり際どい話を先輩達としていて、雄太がダッシュで逃げた事は 一度や二度ではない。
それを見た梅野から
「女と付き合った事もない……とか……?」
とコッソリと訊かれた事があった。
その時
「中学の時に付き合っていた彼女が居ましたけど、競馬学校に入ったら遠距離になる事と騎手と言う仕事を理解してもらえなくて別れました」
と話した事があった。
その後、更に傷付く話もあったが、さすがに話せないままになっている。
「俺……俺は……」
「お前の昔の彼女と市村さんは違うだろ? それとも、まだ元カノに未練があったりすんのか?」
雄太は首を横に振った。
「未練なんて欠片もないですよ。たまに思い出してしまう事はありますけど」
「過去だってケリ付けてんなら、自分の気持ちに素直になっても良いんじゃないのか? 無理矢理気持ちを押し込めなきゃなんない理由なんてないんだろ?」
「そう……ですね……」
中学生の幼い恋愛は、自分の夢と傍にいて欲しいと言う彼女の願いを秤にかけられ儚く終わった。
その頃と何か変わったのかと訊かれ、はっきりと言えるのは『何があっても夢は絶対に諦めない』と言う強い意志がある事。
「俺……ちゃんと考えてみます」
雄太がしっかりとした口調で言うと、梅野は頷いた。
(あれ……? 梅野さん、いつもと感じが違った……?)
「そうしろぉ~。まぁ、若い内は盛大に失恋しとけぇ~」
「ちょっ‼ 何でフラれる前提なんですかっ⁉」
梅野のセリフに、雄太は大声でつっこむ。
「フラれたら 飯奢ってやるぞぉ~」
ゲラゲラ笑いながら梅野は更に続けた。




