33話
(うん。確かに、汗流れてたもんな。そんなに暖房強くないのに)
雄太は、昨夜も今日も真冬なのに 汗を流していた春香を思い出す。
(昨日なんて雪降ってたのにな……。神の手使うと熱くなるのかな? それとも施術する事で汗かくのかな……?)
ふと、春香が右足のジャージの裾を捲り上げ靴下に手を掛けたのに気付く。
「あ、靴下 邪魔ですよね。脱ぎます」
そう言って、スッと右足を上げて 靴下を脱ぎ車椅子の座面にポイっと投げた。
「ありがとうございます。騎手の方って、本当に体が柔らかいですね。初めて騎手の方を施術した時はビックリしました」
「体が固いと騎乗姿勢とるのも大変だし、落馬した時に危ないですから」
春香は、ジェルを手に取ると ゆっくりと解していく。
「乗馬体験って、騎手の方みたいな体の柔らかさ求められます? 私に出来るかなぁ~?」
春香は無言になる前の会話の続きを始めた。
「市村さんは体が固いんですか?」
「前屈は20㎝位かな? 開脚は130度ぐらい? 開脚はしっかり計った事ないから適当ですけど。前屈は床に手の平が楽に着きます」
一生懸命に説明する春香に、雄太は 思わず吹き出した。
「えぇ~? 笑うぐらいに固いですか?」
春香が拗ねたように言う。
(本当に可愛いな……。この人が『東雲の神子』とか『蒼炎の神子』とか呼ばれてるって本当なのか? って思ってしまうな)
「大丈夫ですよ。固くない方だと思います。じゃあ、俺と市村さんの行ける時間が合ったら乗馬体験行きましょうか? 俺、教えますよ」
「はい。じゃあ その時は……鷹羽先生って呼びますね」
「先生は、やめてください」
「じゃあ……師匠?」
「それ、絶対に違いますから」
二人で顔を見合わせて笑う。
(楽しい……。なんて楽しいんだろう……。市村さんって、こんなに楽しく話せる人なんだ……)
昨夜の焦りや不安は何だったのかと思うぐらいに、穏やかで楽しい時間だと雄太は思った。
その時
「お~い。入って良いのぉ〜?」
とカーテンの外から梅野の声がした。
「あ、梅野さん。どうぞ」
春香が答えると、梅野がカーテンを開けて入って来た。
「珍しいねぇ~。カーテンにしてるのってぇ~」
そう言ってカーテンを閉じると、梅野は施術用ベッドに腰かけた。
雄太は、カーテンにする事になった経緯を思い出して顔を赤くした。




