18話
三人が店を後にすると、春香は 素早く後片付けを始めた。
【VIPルームは自分で管理をする】
【掃除や備品管理に至るまで 人任せにはしない】
それが、ここを造った時に直樹と里美に約束した事。
他の従業員との軋轢を生まない為にも、そう言う決まりは必要だと思ったからだ。
使った物を綺麗に拭きあげ、使い終わったタオルをバスケットに詰め込む。
そして デスクに戻り、雄太が記入した受付表を手に取った。
(鷹羽雄太くん、十七歳か……。学生って事は、これから騎手としてデビューするのよね。新人も新人……よね。まだ騎手としてデビューしてないんだから。騎手って職業を選ぶって事は、自分のやりたい仕事だとか、何か目的……ううん。騎手になるのが夢だったのかも。良いなぁ……。夢かぁ……)
将来の夢など持った事がない自分とは大違いだと思った。
(騎手のデビューって、いつなのかな? 普通の会社なら4月1日よね? 今日は2月19日だし、全治一ヶ月なら私が施術しなくても間に合いそうなのに、あの焦った感じは 何だったんだろう……? 何か理由があったのかな……)
焦ったように苛立ち怒鳴った雄太を思い出す。
今までも数人二十代の若い騎手の施術はした事があったが、デビュー前の騎手は施術した覚えがなかった。
(直樹先生が私の負担を減らす為だって言って、施術費を高額にしたから若い騎手の人の施術をする事すら稀だったし……)
いつの頃からか噂が噂を呼び、市内だけでなく県内外からも予約や問い合わせが来るようになった。
何度言われても、どう言われても、どれだけの金額を提示されても、一日に出来る施術回数にも一回の施術時間にも限界があった。だから敢えて『VIP』と言う括りを設けVIPルームを造った。
身元の確認をしっかりとするのは勿論、紹介がなければ駄目とし、施術回数を減らした。
頑なに断る事も増え『金の亡者』などと悪評もたった。
嫌がらせの電話も何度もあった。
何度もこの仕事を辞めようかとも思ったが、事情のある春香を雇ってくれる所があるはずもないし、何より 直樹と里美の元を離れがたく、今に至っている。




