182話
12月28日
春香は朝から買い物に出掛け買い物カートに色々食材を入れていた。
(えっと……これも買っておこうかな)
毎年、直樹と里美と迎えていた元旦。今年は雄太と迎える。
食材は少し多めに買い込んでいた。
(雄太くんと初めてお正月を過ごせる……。雄太くんと……新年を迎える……)
それは、初めて雄太と夜を過ごす事になると言う事。やはりドキドキしてしまう。
(私……大丈夫なのかな……? どうしたら良いんだろう……?)
一般的に女の子の初めてはどうなのかと悩む。しかも、自分は初めてをお泊りでと言う事を了承したのだ。
御節料理とお雑煮の下拵えをしながらも、時折『雄太と初めてを迎えるにあたってどうするべきか』と言う重要かつ重大な問題に手が止まってしまっていた。
(駄目、駄目。集中しないと。変な味付けして食材を無駄にしちゃ、農家さんにも漁師さんにも申し訳ないんだから)
そうは思ったものの、しばらくするとマッサージする時に見た雄太の引き締まった体や力強く抱き締められた腕を思い出しては、一人でワチャワチャしていた。
✤✤✤
翌日12月29日
春香は予約客が帰った後、デスク周りの片付けをしていた。
(えっと……これは処分して良いよね。こっちは……)
新しいカレンダーの準備を終えて、一息ついた。そして、思いは雄太との夜の事へと向かう。
(まさか里美先生に相談する訳にもいかない……よね……)
「春香」
「うひゃははっ‼」
突然名前を呼ばれ変な声が出た。
「何を言ってるの? ノックしても返事しなかったし」
声の主は里美だった。
「な……何でもないです。大丈夫です」
「そう? なら、良いけど。お正月に着る着物の準備は終わってるの?」
雄太と京都でデートをした時に、お正月に着物を着る時にと新しい簪を買った事を思い出す。
(雄太くんと……初めての……)
そう思っただけで顔が熱くなる気がした。
「……えっと……お正月は雄太くんと過ごすから……今年は着物は着ないかと……」
「鷹羽くんが来るのね。そう。外に出かける訳に行かないわよね」
里美も春香がマスコミの餌食になる事は良しとはしていない。まだ、春香の身バレはしてないが、万が一マスコミに追いかけられる事を危惧していた。
「うん。その……お雑煮食べたりするし……」
目敏い里美は春香の頬がほんのり赤くなっている事に気付いた。
「春香。鷹羽くんは元日の何時に来るの?」
「え? あ……の……」
嘘が吐けない春香の目が泳ぐ。
「春香。鷹羽くんはいつ来るの?」
畳み掛けるように言われ春香は観念した。
「その……大晦日の夕方から……」
里美は、ふぅと息を吐いた。そして、座っていた春香の肩に手を置いた。
「私は反対はしないわ。春香だって大人なんだし。でも、無責任な事はしないでちょうだい。言ってる意味分かるわよね?」
子供を亡くした里美には無責任に子供を作り中絶をすると言う事は許し難かった。
「はい。分かっています」
「なら、良いわ。直樹には黙っていてあげる。でも、元旦にはバレるかも知れない覚悟はしてるのよね?」
元旦には三人でお雑煮を食べるのが東雲の家族としての決まり事。
一緒にお雑煮と御節料理を食べ、一緒に初詣に出掛け、一年の無事を祈っていた。
「あの……御節料理は作って雄太くんが来る前に持って行きます……。もう準備はしてるので……」
里美は少し笑って春香の頭を撫でた。
「そう、ありがとう。ありがたくいただくわ。ねぇ、春香。もし、その時になって決心が鈍ったら鷹羽くんに素直に言いなさいね? 鷹羽くんは断ったからといって春香を嫌いになったりする子じゃないわ」
「里美先生……」
春香は小さく頷いた。
「大好きな人なんでしょう? その気持ちがあれば大丈夫よ」
「はい」
春香は不安は少し薄れた気がした。




