第8章 深まる絆と雄太の誓い 181話
12月27日夜
「春香、見ててくれた?」
『うん。雄太くん格好良かったよ。あんな所から一着になっちゃうんだもん』
12月27日(日曜日)阪神競馬場11Rのサンスポ阪神牝馬特別G3。1987年最後の重賞を雄太は一着になり、ウキウキと電話をしていた。
「やっぱり重賞を勝つとテンション上がるんだよなぁ〜」
『今年最後だし見に行きたかったんだけどなぁ〜』
「仕事優先、だろ?」
二人でした約束をきっちり守っていた。
『うん。予約もらえてるのはありがたいって思ってるんだぁ〜』
「そうだな。春香の予約は俺の騎乗依頼……だもんな」
『そんな感じだね』
雄太が勝つとやっぱり話が弾む。春香の嬉しそうな声を聞くのが一番のご褒美だと思っている。
(春香が一緒に喜んでくれるのが嬉しい……。たまに俺以上に喜んでくれるのが可愛いんだよな)
年が明けて2月になると出会って一年になる。
あの日、雪が降っていなかったら、こんな幸せな日々はなかっただろうなと思っていた。
「明日、会えないのは残念だな」
『仕方ないよ。お家の大掃除なんでしょ?』
せっかくの休みだと言うのに『大掃除をするから手伝って』と理保に言われ手伝う事になってしまった。
『綺麗にして新年を迎えないとね』
「東雲は大掃除あるのか? 春香の家は?」
『店は業者さんが来てくれるの。だから31日は午前中だけ営業で、お正月はお休み。家の方は11月から少しずつしてたから、もう直ぐ終わるんだぁ〜』
1月1日はトレセンも休み。馬の世話があるから全員と言う訳ではない。馬は生き物なのだから。
基本休みは月曜日なのだが、1月1日だけは固定の休みになっている。
「正月は休みなんだ。会いたいな」
『うん。マスコミの人達の目があるから外デートは出来ないけど会いたいな』
付き合うようになって、これだけ長く会わなかったのは初めてだった。
『雄太くんが大掃除してる日はお買い物に行って来るね。たくさん買わないといけない物があるから』
「たくさん? 何を買うんだ?」
『御節料理とお雑煮の準備だよ』
男の雄太にしたらその準備がどれ程のものか分からなかった。
(俺、春香の家に行くようになってから家事が大変だって気付いたんだよな……。今回、母さんから手伝ってって言われたの初めてだったけど、手伝う気になったのは春香が居てくれたからだ)
小学生、中学生の頃は自分の部屋を片付けたりする程度だった。
競馬学校に入ってからは、年に数回しか帰れなかったので部屋も綺麗なままだった。
(母さんがたまに空気の入れ替えをしたりしてたって言ってたのを当たり前って思ってたけど、これからは母さんに親孝行しなきゃな)
そして、ふと思い出した。
「春香ぁ……。春香の作るお雑煮って人参入ってる?」
『プッ』
「笑うなよぉ〜」
『ごめん、ごめん。真剣な声で人参の話をするんだもん』
春香と一緒に過ごせる初めての正月。どう過ごそうかと色々考えている。
『雄太くんが食べる分には人参入れないから』
「なら良いけど」
マスコミの目があるから初詣は無理だろうかと考えていた時、つい本音が漏れた。
「春香と一緒に新年を迎えられたらな……」
『え?』
「あっ‼ ごめん」
思っていた事を声にしてしまったと慌てて謝った。
『えっとぉ……』
「ごめん。気にしなくて良いから」
『良い……よ』
耳に届いた言葉に雄太は固まった。
「え……。良いのか……?」
『うん……。うちにお泊り……って事だよね……?』
心臓がバクバクと暴走を始める。
『お泊りの準備はして来てね……? うち、お客様用の物なんてないし……。その……男の人の下着とか買いに行くの恥ずかしいし……』
「あ……うん。分かった……」
春香の家に泊まる。一緒に新年を迎える。
(春香と……)
いかにして大晦日から春香の家に泊まりに行くかを雄太は必死で考え始めた。




