168話
簪を買った店から少し歩いた店先にキーホルダーを売っている大型の回転式ラックがあった。
「あ。これ蹄鉄だよね?」
春香がラックを指差した。そこには銀色の蹄鉄の形をした物と誕生石を模したプラスチックのビーズが付いたキーホルダーがあった。
「本当だ。こんなのあるんだな」
「ねぇ、これぐらいならプレゼントしても良い?」
「え?」
雄太は値札を見た。観光地だからと言って高くはない。高い物は駄目と言っていたが、何が何でも駄目とは言ってはいなかった。
(この程度なら良いよな。そうだ)
「良いよ」
雄太が笑いながら言うと春香は満面の笑みで三月と書いたシールが貼ってあるキーホルダーを手に取った。
(キーホルダー買うだけで、そんなに喜ばなくても。本当、可愛いんだから)
雄太はラックから九月と書いてあるキーホルダーを手に取った。
「じゃあ、これは俺からな?」
「え?」
「お揃いのを持とう」
「うんっ‼」
お互いの誕生月のキーホルダーを買い交換をする。
「ありがとう、春香」
「雄太くん、ありがとう」
数百円のキーホルダーを交換している雄太達を見て、誰が年収が一般サラリーマンをはるかに超えていると想像するだろう。
飾らない服装もあって、普通の十代後半のカップルにしか見えない二人だ。春香は二十代だが。
「蹄鉄って幸運のお守りなんだって。前に店に置いてある雑誌に書いてあったよ」
「幸運の?」
「うん。上向きと下向きでも意味が違うんだって。指輪とかネックレスも載ってたよ」
手を繋ぎながら商店街を北に向かって歩く。楽しそうに笑っている春香をチラッと見た。アクセサリーも着けてないし、化粧もしていない。
(ん〜。いつか春香と結婚するとして……。婚約指輪は贈りたいよなぁ……。婚約指輪なら着けてくれるよな?)
チラチラと春香の左手の薬指を見る。華奢な指。華奢だけど、しっかりとマッサージしてくれる頼りになる指。
(いっぱい助けてくれてる春香の指に似合う指輪を贈りたいな)
商店街の中程にある広場のベンチに腰掛けて休憩をする。春香はキーホルダーを紙袋から取り出した。
「家の鍵に付けようっと」
嬉しそうにキーケースを取り出して、その中の鍵の一つにキーホルダーを付けた。
「初めてのお揃いだね」
「ああ」
春香は目線の高さにキーホルダーを上げてニコニコと笑っている。
「俺も、家の鍵に付けるよ」
雄太もポケットから鍵を取り出してキーホルダーを付けた。
(お揃いの物を持つだけでこんなに嬉しいんだ)
チラッと春香を見るとリュックにキーケースをしまいながら、前の店をジッと見ていた。
(何を見てるんだろ?)
春香の視線の先にはソフトクリームの店があった。
「春香、ソフトクリーム食べたいのか?」
「え? あ……」
春香が苦笑いを浮かべながら雄太を見上げる。
(宇治はお茶の産地だもんな。前に抹茶パフェがどうとか言ってたっけ?)
「抹茶で良い?」
そう言って雄太は立ち上がる。
「え……あの……」
「良いから。ワッフルのが良いんだよな?」
体重管理をしないといけない自分を気遣って遠慮しているのだろうなと思うと愛しいと思ってしまう。
抹茶ソフトを一つだけ買って春香に差し出し隣に座る。
「はい。溶けない内に……って、この寒さなら溶けないか」
「ありがとう。私一人だけ食べるのは悪いかなって思って……」
「じゃあ、一口だけ」
春香がプラスチックのスプーンで抹茶ソフトを掬うと雄太はパクっと食べた。
「うん。美味いな」
春香も一口食べる。
「美味しいね〜」
「俺、11月に外でソフトクリーム食べるとか思わなかったぞ」
「あはは」
二人だと寒さを感じないくらいにぽかぽかした気持ちになる。
「もう一口」
「うん。はい、あ〜ん」
仲睦まじく一つのソフトクリームを食べている姿は幸せそのものだった。




