158話
「あ、そうだ。塩崎さんも雄太くんと一緒にマッサージに来ませんか? 今日だけでなくて時間がある時で良いですから」
「え?」
さっきまでのキリッとした顔ではないホワホワ春香がニッコリと笑いながら話す。
(あ、神子スイッチ切れてる。市村さんって切り替え上手いな。スゲーな、マジでプロだよな。見習いたいな……。初騎乗ん時の雄太程じゃないけど、俺もたまに引きずったりする事あるからなぁ……)
それよりも週に一回しか会えない二人の大事な時間を邪魔しても良いのかと思う。今回は緊急だから仕方ないとは思ったが。
「えっと……何でっすか?」
「塩崎さんは雄太くんの親友で良いライバルだからです。私は誰より雄太くんが大切ですけど、ライバルの塩崎さんにも頑張って欲しいんです」
「ライバルの俺にっすか?」
話しながら、春香は純也を支えて座らせた。純也はまくり上げられた服を整える。
「ライバルが居ないと張り合いがないですし、ライバルだからこそお互いを高め合えるんじゃないかなって思うんです。だから、塩崎さんにも頑張って欲しいんです」
(市村さんは雄太にライバルが居て欲しいんだ……? 普通、ライバルなんて居ない方が楽に勝てて嬉しいって思うんじゃないのか……?)
春香は純也の前にあった椅子に腰掛けてニッコリと笑う。
(市村さんは、そんなセコい事考えないんだな。雄太の事ライバルが居てからこそ強くなれるって分かってんだ)
「ソル。コートこれだよな?」
雄太が純也のベンチコートを手に食堂に戻って来た。
「あ、サンキュ。それだ、それ」
「じゃあ、行きましょう。ゆっくり立ってくださいね? 焦らなくても良いですから」
「手、貸そうか? 大丈夫か?」
優しい親友とその彼女に目一杯優しくされるとくすぐったい気持ちになった。
(市村さんって本当に良い人なんだな……。雄太が好きになったのマジ分かるぞ。そりゃ惚れるよなって感じだよな)
並んで話している二人を見ていると純也は羨ましい気持ちでいっぱいだった。
思い掛けず春香のベンツに乗せてもらう事になった純也は背中の違和感を忘れてワクワクしていた。
(おぉ……。マジ座り心地良いんだけど……)
「背中に負担がかからないようにリクライニング調整してくださいね?」
「はいっす」
助手席に乗って楽な体勢が取れるように微調整をする。春香は純也の調整が済むのを待っていてくれた。
(優し過ぎだろ、二人共……)
雄太は純也が座り易いように助手席に乗るように言って、ゲートを開けに行ったのだ。
(恋人の隣に親友とは言え、他の野郎なんて座らせたくないだろうに……)
「あ、こんくらいが良いかも」
「はい。じゃあ出しますね」
春香はゆっくりと車をスタートさせ、ゲートの外に出してハザードランプを点けて停まった。雄太はゲートを閉めて後部座席に乗り込む。
「塩崎さん、好き嫌いありますか?」
「え? あ〜。これと言ってないっすけど。どうしてっすか?」
「マッサージ終わったらご飯を一緒に食べるからですよ?」
ごくごく当たり前のように言われて純也は唖然とする。
「ちょっ‼ 俺、マッサージ終わったら帰ろうって思ってるっすよっ⁉」
「え? 私は一緒にご飯食べるつもりなんですけど?」
「何でそうなるんすかっ⁉ 俺、二人のお邪魔したくないっすよっ⁉」
先程と同じように純也はタジタジになって来ていた。
「もしかして、私が料理出来ないとか料理が下手とかの心配してます?」
「そんな事思ってないっす。クッキー美味かったし」
「じゃあ、一緒にご飯食べてくれますよね?」
「ちょっと待ってくださいっすっ‼ その『じゃあ』は、どこから出て来た『じゃあ』なんすかっ⁉」
「え? えっと……クッキー?」
「市村さん……。たまに会話がぶっ飛ぶんすね……。雄太に言われないっすか?」
「何か酷いです……」
雄太は後部座席で漫才のような二人の会話を聞いていて、笑いを堪えるのに必死だった。




