11話
春香はスッと立ち上がると、着ていたカーディガンを脱いでデスクに置いた。
(は……半袖っ⁉ 2月だぞ……? しかも雪降ってるんだぞ?)
焦る雄太の足元に春香は再び膝を着き、床にバスタオルを広げ、ジェルの入った容器を自分の足元に寄せた。
「では始めます」
静かにそう言うとジェルを手に取り、ゆっくりと雄太の左足に触れていく。
足首からふくらはぎ。そしてまた 足首と、ただ指で触れているだけ。
(この人は……何をしているんだ……?)
雄太はジェルの付いた指で足をなぞっているだけの状態に 、段々と焦れて来ていた。
(こんなので治るのか……? こんな事をしてるくらいなら、氷で冷やしてほうが良いんじゃないのか?)
「あのっ‼」
『もう帰ります』と言う言葉は発せられなかった。
雄太の声に顔を上げた春香の目と雰囲気が先程とは全く違っていた。
雄太だけでなく、純也もゴクリと息を飲んだ。蒼い静かな炎が燃え立つのが見えるような強い瞳と雰囲気。
(こ……この人は……いったい……)
雄太は黙って春香を見詰めた。
「痛かったら遠慮なく言ってくださいね?」
春香の言葉に、雄太は何も言えず深く頷いた。
「す……鈴掛さん……。あの人……」
純也が小さな声で鈴掛に話し掛ける。
なぜか普通に声を出して話す事が許されない気がしたからだ。
「あれが本気になった時の……『神の手』を使ってる時の春香ちゃんだ」
鈴掛も小さな声で話す。
(スゲェ……。さっきまでの人と全く違って見える……。マジな時の雄太と似てる……)
鈴掛は壁際にある施術用ベッドに靴を脱いで上がり胡座をかく。
純也は鈴掛の隣に腰かけ、じっと 春香を見る。
雄太の左足を華奢な指が上下に動く。何かを探るように。
しばらくすると静かな室内に春香の力強い声が響いた。
「痛みが走ります。我慢出来なかったら言ってください」
「はい……」
雄太は短く答えた。
(この人は……信頼出来る気がする……。こんなプロの目が出来る人なら……。たとえどんなに痛くても、この人の邪魔はしない……)




