第63話 虫の勇者
時間をかけてジワジワと数を減らすイナゴの群れだが、我らの義勇軍である虫軍団にも多くの犠牲を出している…
しかし、彼らの尊い犠牲のおかげで、優勢を保ちつつあと一歩の所まで来ていると思われる…
戦況を見て焦るゲス野郎が、何やら杖に魔力を込め始める…
イナゴのおかわりでも呼び出しているのか?と感じた俺は、
「させるか…来いっ!タリウス!!」
と、召喚で従軍しているタリウスを目の前に呼び出して、
「タリウス、敵将の杖を射抜け!!」
と指示すると、
「承知っ!」
と、駆け出し、弓を引き絞るタリウスは、敵味方入り乱れる戦場に居るのに、まるで静かな森の中でも駆け回るかの様に落ち着きながら風の様に走り抜け、
そして、ヒュンっと放たれた矢は、針の穴を通すかの様に、アバドンの杖とやらを粉砕した。
焦り散らかすゲス野郎と、あからさまに統率がとれなくなり、バラバラの行動をするイナゴ達は落ちている死体を食べはじめたり、中にはイナゴ同士で生きたままお互いを噛りあっている…
今がチャンスとばかりに、ワイバーン騎士団も兵士団も最前線に上がって来て、騎士団が残ったイナゴを叩き落として、兵士団が取り囲みトドメをさしている。
敵の群れを取り囲み、磨り潰すように前進するヨルドの精鋭と虫の軍は、戦場の四方から進軍し徐々に中心に近付く程にその速度を増して、
遂にゲス野郎を残すのみとなった…
ゲス野郎は既に愛馬も城蟻達の餌食となり肉塊に変わり、地面に尻餅をついている自称魔王様は、
「何故だ!何故、覚醒はしていないとはいえ、
魔王たる私が、何故ただの人間に…」
と、駄々っ子の様に喚いている。
俺は、雷鳴剣の切っ先をゲス野郎に突き付けながら、
「奇遇だな…俺も神様とやらにご指名してもらってないだけで、
虫の勇者らしいぜ…」
と言い、ゲス野郎の両手を斬り飛ばす。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
と叫ぶゲス野郎に、
「るっせー!」
と顎に蹴りを入れ、
「ウチのモンの手足奪った御礼だ!」
と怒鳴る…
折れた歯と血をダラダラと口からたらしながら、砕かれた顎で何かを言って泣きそうな目で見つめて来るゲス野郎に、
「さて、次は、シシリーさんを傷つけた代償だ…」
と言って、股間に切っ先を突き立てる。
すると、砕かれた顎で、
「オゥゥゥアウォォォォォ…」
と、叫び気絶した…
まだ、正直、怒りは納まらないが…俺は、
「ふん縛って、止血だけしておいて…」
と騎士団に頼む…
シルバ副団長がゲス野郎を睨み付けながら、
「ポルタ様、良いんですか?」
と聞くので、
「その、ゲス野郎には、罪を思い知らせて、その上で今代のクソな方の魔王としてキッチリ処刑されてもらう…」
とだけ告げた。
『今はそんなゲス野郎よりも大切な女性のもとへと行きたい!』
という気持ちでいっぱいな俺は、後方で城蟻達に守られているシシリーさんのもとへと走る…
毛布を羽織っていたシシリーさんは、俺が近付くのが見えた様で、毛布を手放し、救出されたままの下着姿で丘を駆け下りてくる…
そして、俺の胸に飛び込み、幼子のように泣きじゃくるシシリーさんを抱き止めて、俺は、アイテムボックスから毛皮の毛布を取り出して、シシリーさんごと包み、抱きしめた。
シシリーさんは、一瞬泣き止み、俺の目を見つめて、
「ごめんなさいィィィィィっ」
と謝りながら再び泣きだしてしまった…
俺は、シシリーさんのを強く抱きしめて、
「シシリーさんが謝る事なんて何もないよ。
良く頑張ったね…
直ぐに助けに来れなくてゴメンね…」
と頬を寄せあい…抱きしめ合った。
しばらくして、シシリーさんが泣き止んだ頃、
『旦那様、そろそろ勝どきを上げないと…皆、気まずそうに待ってるでやんすよぉ』
とガタ郎が教えてくれた。
俺もシシリーさんも辺りの様子にハッ!となりピョンと離れる。
俺は、見つめられていた恥ずかしさで、真っ赤な顔をしながら、
「おー」っと小さく拳を掲げる。
すると、
「おぉぉぉぉぉぉっ!!!」
っと地鳴りの様な歓声が上がり、ドンドンと大地を叩くような虫達の足踏みが鳴り響き、反乱魔王軍とヨルド軍との全面戦争に幕をおろされた。
それから丘の砦を拠点にし、魔王城の片付けと、瓦礫に埋もれた宝物の数々を回収していると、皇帝陛下御自ら指揮をとる、帝国軍数万が現れたが…既にお宝探検隊と化していた俺たちを見て拍子抜けしていた。
皇帝陛下に報告をして、
捕虜の魔族100足らずとゲス魔王を突き出して後の処分を皇帝陛下に任せた。
帝国軍と一緒に瓦礫の片付けを終わらせて、さて、帰ろうとした時に、帝国から大軍勢が来た事に便乗したからか?これだけの軍勢を警戒してか?魔王国の左右の帝国でない国の軍が現れたが、やはり極寒の地、国力も小さいのか、2つ合わせても数千の鎧に身を包んだ軍勢が現れ、魔王軍に奪われた土地を取り返す為とか、魔族を討ち滅ぼす為とか言っていたから、皇帝陛下達に丸投げしておいた。
二国とは会議をし、今までの流れを説明して、両国に納得の上でお帰り頂いたのだが、何故か知らないが、両国共に帝国に編入まですることになったのは意外だったが…
まぁ、ガッチリ全軍あげて来たけど、急ごしらえの帝国軍にすら、数や質共に勝てないと判断したのだろう…
無駄足になるかと思われていた皇帝陛下は、労せず二国を傘下に納めてホクホク顔で帰る事が出来た様だった。
こうして、ヨルド軍の初めての進軍は終わった…
帰る道すがら、皇帝陛下は虫の大軍勢を眺めながら、
「ポルタよ…なんでフェルド軍より大きい軍を扱って居るんだ?
カーベイルのヤツのでもやっつけて、国王にでもなるのか?」
と聞いて来たので、
「何を申されます皇帝陛下、
騎士団二十名に兵士団三十名…小領に丁度の数でしょ?」
と答えておいた。
皇帝陛下は、少し呆れながらも、
「ポルタよ、これからも余と仲良くしてくれ…頼む…」
と言っていたので、わざと暫く返事をせずにいると、少し青い顔で俺の事を切なそうに見つめてきたので、
「解ってますよ。」
と答えてあげると、皇帝陛下はかなりホッとしておられた。
あぁ、疲れた…帰ったら暫くはのんびりしたい…と思っていたのだが、結局、ユックリなど出来る筈も無く、現在、俺達は帝都をパレードしております。
シシリーさんは囚われていた魔族の姫として、
そして俺は、魔王を倒して姫を助けた虫の勇者として、
オープンカー的な馬車に乗せられて大通りを見せ物として練り歩いている…
沿道に並ぶ人に手を振り、
「勇者様バンザーイ!」
と言われている… 恥ずかしくて嫌だが、今後の俺の一番のお仕事は、まだ根強い魔族アレルギーのある人々に、
「魔族は怖くないよぉ~、噛まないよぉ~」
と教えて回る事だ。
少しでも魔族の側にいる姿を見せて、魔族との架け橋になる…
直ぐには無理だし、俺の世代だけでは無理だろうが…だからと言って先送りにはしたくない案件であるので頑張ってシシリーさんと仲良しな姿を皆に見てもらっているという公開処刑のような恥ずか死にそうな状況である。
そして、昨日アバドンのゲス魔王のほうは、本当に公開処刑となり刑場の露と消えた。
罪状が告げられた後に、多数の住民から、「この魔族が!」と石を投げられ罵倒されていたが、
それは、魔王に対してではなくて、魔族に対しての軽蔑の態度で有った…
刑の後で、皇帝陛下が、
「魔族が悪い訳ではない!魔王が悪いのだ!!」
と国民を叱ってくれたが、国民達が、頭ではなく、まだ心で魔族を嫌っている事を見せつけられただけだった…
辛かったのか、シシリーさんが俺の隣で、俺の袖口をキュっと掴んだのが解った。
それからも、俺たちは、皇帝陛下の計らいで、宮殿の客室で寝起きして、たまに会議に出たり、お茶会やパーティーに出席したりを繰り返しているが…正直うんざりしている。
早く帰ってユックリしたい…
そして、闘える者が皆無になった魔王国は、至宝と呼ばれる歴代魔王様達が愛した武器の数々を保管、警備する事すら難しく、代わりに帝都の宝物庫にて預かって貰うことになった。
これで、魔王がまた生まれても魔王様用の武器が無いので、脅威は減り、安心度は上がるだろう…
民衆の魔族アレルギーの治療に役立てばよいのだが…
それから、帝国会議の結果、
防衛力の落ちた魔王国は、何故かヨルドの街の傘下に入った…
いやいや、フェルド王国の傘下じゃないのかよ!と思ったが、
皇帝陛下の、
「お隣だし、妻の国になるのだろ?
男なら守ってやれ。」
との言葉に、俺は少し頬を赤らめて黙るしかなかった。
そう、帝都でのパーティーの中には、婚約披露パーティーも含まれており、
皇帝陛下公認の婚約と、俺の陞爵が発表されたのだ…
とりあえず伯爵になったが、
皇帝陛下が、
「何かにつけて陞爵してやる。
嫁さんが、女王で、おぬしが伯爵では…あれだろ?
余の力で無理やりにでも、
出世させてやるし、領地も増やしてやるから国でも興して国王を名乗ったら良い。」
と、無茶苦茶な事を言っていたが、俺は、
「領地を管理するのが面倒だし、最悪、魔王国に婿入りでも構わない。」
と伝えておいた。
何しろ家名等にサラサラ興味がないから…
そして、2ヶ月後にようやく解放されたので、ヨルドの街に帰ったのだが、
勇者と魔族の姫の話は、国中に広がり、魔族アレルギーが少ない方々を中心にヨルドの街は、観光地になっていた。
物語の聖地巡礼ツアーの為の宿屋が追加で建ち、ヨルドへの移住者も増えている様で、
ヨルドの街でユックリするつもりが、街の拡張事案に悩まされる事に成ってしまった…
旅芸人が来て、芝居小屋で〈虫の勇者と囚われの姫〉という演目をやっているのだが、何故か俺がデカいカブトムシに変身して魔王を倒す話になっていた…
訂正するのも馬鹿らしいし、鵜呑みにしたチビッ子の夢は壊したくないので、道端に集まってきたチビッ子の前で〈カブ太〉を召喚と同時にヨルドの入り口に転移して、さも変身したかの様に振る舞うというサービスも何度かやったのだが、
カブ太も馴れたモノで、チビッ子と握手をしたあとで空に舞い上がり消えていく演出をしてくれている。
まぁ、舞台で実際に俺のスキルを再現して、数千の虫を表現はムズいかな…
しかし、カブトムシに変身って、どっちが魔王か解らなくなりそうだな…と思っていたら、
終いには、俺個人よりも虫の勇者が一人歩きして、子供向けの本には、
『森で生まれたカブトムシのポルタくんは…』
みたいな書き出しで、魔王をやっつけて、神様に人間にして貰う話しになっていた…
もう、流石に止めさせるべきか?と、悩むが、『優しくて美しい魔族のお姫様』と書かれているシシリーさんは、子供達から大人気だ。
この子供達が大人に成って、次の世代に引き継ぐ時に、魔族にプラスのイメージがつくためには、俺は、あえて(虫出身)になろう!と決心した。
影の中からガタ郎が、
〈旦那様もアッシたちの虫仲間になったんでやんすね。〉
と、嬉しそうだから、もう諦めよう…
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