第62話 ヨルド軍、北へ!
春の足音が少し遠くに聞こえる様な麗らかな日に、馬車に乗り込んだ騎士団と兵士団が北の戦地を目指して旅立つ…
街の警備は、緊急事態には頼りになる夢の狩人・鋼の肉体・暁の魔導書の先輩達が、
「指命依頼でやってやる!」
と申し出てくれた。
数日中にはフェルドナから騎士団も到着し、来月には到着する予定の帝国軍もいるので、街で暴れるアホもいないだろう…
そんな訳でヨルド軍の人間は全軍…といっても、俺の他は騎士団二十名に兵士団三十名に弓を手にした鬼娘〈ルル〉に御者としてオーガのドテと、兵士団の武術師範として助っ人に来てくれるパパチンのドドさんのみだが、
俺の従魔の城蟻のアリス軍団約三千と将軍ムカデのタンバ率いるヨルドの地下の非正規従魔軍約三千余り…
と、もう、ほぼ虫の大群である…
徒歩で列を作り移動するアリス達の速度に合わせる為に少しゆっくりな馬車での進軍だが、
あれだけ恐ろしかった虫の群れが、今は少し頼もしく感じる…俺も成長しているのかもしれないな…などと思いながら、来る日も来る日も、ヨルド軍は、北へ北へと進んで行く。
虫魔物達には少し厳しい、まだ寒い北の大地を突き進むこと一ヶ月…
ようやく魔王城が見える丘の裏に陣取り、アリス達が総出で丘の地下に大空間を掘り固め、
一夜城とはいかなかったが、3日で丘を改造し秘密の砦を完成させ、塹壕や落とし穴も丘の前方に配置してくれた。
掘り出した土を固めて壁を夜のうちに築き、一晩で見違えるように変わった草木もろくに生えていない荒れた平原の砦で、俺達は相手の出方を見る。
朝になり、流石に壁が建った事に気づいた魔王軍が城から出てきた。
偵察部隊であろう数十人の魔族達…デカイのや、小さいの、馬に乗ったのや顔だけ馬のヤツと、バリエーション豊富なヤツらだが、挨拶がわりに魔王城から良く見える位置で、第二ワイバーン騎士団による上空からの岩のシャワーですり潰し、敵にプレッシャーをかける。
すると、ワラワラと、武器を持ち陣を整え始める魔王軍が、拡声の魔法で、
「魔の森の軍勢か!?
こちらには、人質もいる…宰相の敵討ちなら諦めて、さっさと森へ帰り、我らが食糧を作っておけ!!」
と叫ぶ…
ヨルド軍、騎士団長アベルさんが、それに答える様に拡声魔法で、
「馬鹿か、我ら帝国軍だ
人質など無意味、大人しく武器を捨てて投降するなら、命だけは取らないでやる!!」
と返す。
約500の敵軍を城の外にあぶり出したのを確認した時点で、
隠密騎士団とタンバと闇の一族約千匹に指示を出し、魔王城に潜入し人質の解放に向かわせる。
すると、魔王軍から、
「帝国は我らと交わした平和協定を反故にするのか?それが、帝国のやり方か!」
と騒ぐ声が聞こえるが、
アベル団長は、
「馬鹿も休み休みにしろ、
協定はルキフグス宰相閣下と結ばれた約束、魔王陛下とも、ましてやお前達のようなテロリストと交わした覚えはさらさらない!!」
と言い返す。
すると、一人一人が強い魔族の軍勢500は、50程のヨルド軍を侮り進軍してくる。
俺は、魔法騎士団に合図を出して目隠し用のアースウォールを展開し、平原に追加で土壁の森をつくり彼らを一旦本陣まで退避させ、砦からの長距離攻撃の用意をしてもらう。
第二ワイバーン騎士団がアイテムボックスに岩などを充填させて戻ると、第一ワイバーン騎士団と合流し、空を飛ぶ敵兵と、後方で長距離攻撃を狙うヤツらに〈岩〉の雨を降らせ、空中戦で叩き落とせるるように準備をさせ、丘の上には俺と兵士団三十名だけの配置になる。
ますます舐めきった魔王軍が、勝利を確信し、
「うぉぉぉぉ!」
と雄叫びを上げて突っ込んできて、土壁の森をくぐり抜けるが、己の力を信じて突撃しか知らないアホ軍師しかいない魔王軍は、土壁の森の向こうで自軍の兵士が次々と穴に落ちたり、塹壕から現れた虫の軍勢に切り裂かれ、噛み千切られていることを知らないままだ。
アホ軍師と言えども、居ないよりはマシだが、既に後方でワイバーン騎士団からの第一目標となっている為に多分今ごろは岩の雨の餌食になりミンチになってしまった様で、なんの指示も出されずに右往左往する魔族達は丘に誰一人たどり着けないまま、屍や捕虜になっている。
あっけないと言えばあっけない…
しかし、次の瞬間
ドン!という破壊音がして、魔王城から黒い靄が立ち上る…
そして、崩れる魔王城から同じく黒い波がこちらに向かってくる…
俺は、ガタ郎を偵察に出して、マサヒロとミヤ子を召喚してから、
マサヒロとドッキングして、
「あの黒いのに向かって飛ぶよ!」
と指示をだして空に舞い上がる…
土壁の森を飛び越え、岩が散乱する戦場も過ぎた時に、
『ヤバイでやんす!人質を助けだしたけど、イナゴの群れに追われているみたいでやんす。』
とガタ郎が報告してくれた。
地面でうねる黒い波は、闇の一族と、それに担がれた人質のメイドやシシリーさんと隠密騎士団だが、かなり手酷くやられ、あの強い隠密騎乗の中には手足の無い隠密騎士団までいる!!
ゆっくりと余裕の雰囲気でこちらに飛んでくるイナゴの群れの先頭辺りには、余裕の雰囲気で馬に乗ったあの青白い顔のオッサンがいた。
『アイツらに襲われたのか…』
と思いながらも、メイドやシシリーさんは無傷のようなのを確認し、少しホッとする自分がいたが、それと同時にウチの騎士団をボロボロにした敵に更なる怒りが沸いてくる。
騎士団もタンバも闇の一族も良くやった!と心の中で労いつつ、
俺は、顔色の悪いオッサンとの戦いに向かう。
奴の周りのイナゴの大群に対抗するかの様に、俺の後ろにも殺気を帯びた数千の虫が付き従う。
既に、普通の戦争の風景で無くなった戦場に俺の背後まで逃げ切ったシシリーさんが、
「ポルタさまぁぁぁぁぁ…」
と泣きそうな声で俺の名を呼ぶ…
色んな意味が混じった切ない声を聞き、俺は、
「我が姫を守り闘え!!」
と虫達に指示を出して敵将との決戦に向かった。
イナゴの軍勢と、多種多様な虫の軍勢がにらみ合うなかで、
青白い顔のオッサンが、
余裕の表情で、
「これは、これは、特使殿、魔の森の奴らとだけ仲良くしておけば、わざわざ殺されに来る事もなかったのに…」
と馬上で杖を構えて、俺を睨んでいる。
俺は、
「シシリー嬢とデートの約束をしていましたが、なかなか戻られないので迎えに参上した次第です。」
と軽くあしらいながらイナゴに集中するが、
ナニかを話しているが、何を言っているのか解らない…まるでダンジョンの虫魔物の様な気配がする。
ガタ郎も
『アイツら話しが通じないでやんす。』
と言っている。
一瞬虫ならば何とかなるか?と思ったが…こちらに引き込めないならどうする?と並列思考で考えを巡らせながら、戦の前の舌戦にのぞんでいる。
顔色の悪いオッサンは、
「我が名は、ダーム。
ダーム・ファン・アバドン…
偉大なる魔王アバドンの末裔にして、魔王城の宝物庫の至宝(アバドンの杖)に認められた者で、
魔族を導く正統な魔王だ!」
と叫んでいる。
俺は、
「魔王さんでしたか…
てっきり、人質とって無理やりシシリーさんに求婚した、オツムの痛い奴かと思っていました。」
と煽ると、怒る訳でもなく、むしろ勝ち誇ったように、
「クーックククッ。
魔王に、覚醒しただけの運のいい女だが、あの女には利用価値があったから、優しくしてやったが、お前に一目惚れをして、国を出ようとしていたからな…」
と顎に手を当てて目を瞑るオッサンに、
俺は、
「だから、人質とって監禁か?
余り良い趣味とは言えないなぁ…」
と更に煽るが、奴は余裕な態度は崩さずに、目尻をイヤらしく下げたオッサンは、ゲスい表情で、
「あぁ、閉じ込めておくのも面倒になったので、奪ってヤったのだよ…
魔王の力の一部をな…知ってるかな?魔王の寵愛を受けた者は、己の祖たる者の力をより強く呼び覚ます…
まぁ、簡単いうと、つまり、魔王陛下を女にして差し上げたのさ!
人質をちらつかせたら簡単に体を差し出したぜぇ…
おかげで〈アバドンの杖〉を使い魔界のイナゴを呼び寄せ使役出来る様になったのだ!!」
と、高笑いするゲスに、
怒りを越えた憎悪しか起こらなかった…
「………もう喋るな………」
オッサンは、ゲスな笑みをこちらに向けて、俺に、
「どうした?何か言ったか?!
惚れた女が他のヤツにヤられて怒ったか?
残念だったな!あの女はベッ…」
と、何かを喋りかけたオッサンに俺は、並列思考で複数回、集束をかけて圧縮したファイアランスを放つ…
圧縮され速度が上がった炎の槍は、真っ赤な弾丸になって奴の眉間に飛んでゆく…
しかし、魔法はヤツの手前で掻き消えた。
顔色の悪いオッサンは更に満面の笑顔になり、
「やれやれ、戦場で煽られて手を出すとは恥ずかしいヤツだ、
魔法完全防御の腕輪が役に立ちましたね…
さて、完全に覚醒した魔王ならば、一度で万のイナゴの軍勢を出したそうですが…残念ながら私は半分の五千程ですが、十分でしょう…
イナゴ達よ、あの若造を食い殺せ!」
とオッサンは杖をふる、
俺は、並列思考で、戦いながら、
『タンバ、自軍の虫全てを指揮下に置いて、イナゴを着実に倒せ!
一人一匹目安で倒せば数は有利だ!!
ミヤ子初手は任せた、俺をターゲットにしているイナゴごと粉を撒け!!
大丈夫だ俺には、即死無効と毒無効がある!』
と指示を出して戦場の真ん中に降り立ちマサヒロを送喚して、イナゴの群れの前に一人立ち盾と雷鳴剣を構える。
龍鱗魔銀装備に魔力を流し、防御力を一時的に上げ、飛爪を使いイナゴを薙ぎ払い、襲い来る第一陣を叩き落とすが、しかし、すぐに数に勝るイナゴの群れが俺の周囲を包み込む。
だが、その時上空からキラキラと舞い落ちる粒子が体に触れる度に紫色の煙を上げて、
一匹、また一匹とイナゴが墜落していく…
鱗粉を撒き終えたミヤ子が丘を目指して退避するのを確認して、辺りに目をやると、戦場には、数百というイナゴが地面に落ちて、紫色の煙を上げている…
俺は、クリーンとクリアをかけながら、
「こっちも行くぞ!タンバ」
と声をかけてイナゴ狩りを開始した。
クマ五郎とクマ美にマサヒロ、セミ千代にコブンを戦いながら召喚し、
「クマ五郎はタンバ補佐!
クマ美はフルアーマークマ美になって撹乱攻撃!」
と指示をだす。
イナゴの魔物はデカイが、噛みつきさえ注意すればデカイのだけのバッタだ…
既に全員で千匹は倒しているが、まだまだ佃煮にする程いる…
倒しても倒しても、数は減らない様に見えて心が折れそうになる…
そんな弱気な俺に、一匹のイナゴが背中に張り付き、俺を噛ろうとする…すると、
『背中はアッシに任せるでやんすぅぅぅ!』
と一番古い相棒が背中を守ってくれる。
なんとも、心強い…仲間の存在を再確認した俺は、気持ちを立て直し、冷静に戦いはじめた俺の中に、もう一人烈火の如く怒りつつ、またシシリーさんの気持ちを思い涙を流す俺がいた。
暴れる感情を、並列思考で何とか保っている状態だ…、
何とも云えない感情のジェットコースターの中俺は雷鳴剣を振り、イナゴを倒していくのだった。
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