第34話 トラウマと虫の王
故郷に帰って、孤児院で目覚めた朝、ノーラさんと、お手伝い担当の9歳でお姉ちゃんポジションのシェラと三人で近くの市場に当面の食糧の買い出しにやって来た。
孤児院を卒業前に何度も見た朝の光景…
荷物持ちでノーラさんと訪れた朝の市場のノーラ母さん越しの風景…俺は、懐かしさと共に松葉杖で買い物をしているノーラさんへの感謝が、こみ上げて来る。
泣きそうに成りながら買い物を済ませ、ノーラさんが、
「マジックバッグって便利ね!」
と喜んでくれているのに満足しながら孤児院へもどる。
アゼルとメリザも素泊まり宿を引き払い孤児院で寝泊まりしすることにしてもらった。
母屋が出来て、引っ越しする予定の2ヶ月の間に、アゼルとメリザを鍛えて、あのブラッドブルを倒す為に初級ダンジョンに潜らせる予定だ。
しかし、それには二人の武器がショボいし、皮の部分鎧もクタクタの中古品だった。
こんな中古装備を何とか整えて、獲物も全てを売り払わずに一部を皆に届けていたんだな…
『偉いぞ。』
と、心のなかで弟と妹を誉めた。
だが、俺が装備を整えて初級ダンジョンを踏破するまで1ヶ月以上がかった上に(燻製)などというあだ名まで付けられる羽目になったが、スキルもろくに使えなかった俺と違い、2ヶ月あれば、アゼルとメリザなら結構稼げるし、装備も整えられるであろう。
孤児院の引っ越し準備は、アゼルとメリザを初級ダンジョンのザナの村に移動して、稼げる様にしてからにするべく、ノーラさんに、
「少し二人と稼ぎに行く」
と告げて、子供組には、
「ノーラ母さんのお手伝いを頑張る様に!」
と言って、
「はーい!」
という返事を聞いてから、二人の新米冒険者を連れて、歩いてエマの町の冒険者ギルドを目指した。
先ずは、二人の実力を見てから、すぐにダンジョンに向かえる様であれば、クマ五郎馬車でザナまで移動する予定である。
俺が新米の二人とエマの冒険者ギルドに入ると、
「ポルタくん?!」
と、スライム騒動の時にお世話になったギルド職員のお姉さんがガタリと立ち上がり驚いている。
「お久しぶりです。」
と、ニコリと微笑む俺に、
「良かったぁ~、生きてたのね…」
と…まぁ、あの底辺冒険者を急に見なくなったら死んだと思うわなぁ…と、彼女の反応に納得しながらも、俺は職員のお姉さんに、
「近場で何か稼げる魔物って居ます?」
と聞くと、お姉さんは、
「アゼルくんとメリザちゃんのコンビなら大丈夫かも知れないけど…水トカゲが多いのよ今年…でも、ポルタくんは…」
と、あからさまに俺の心配をする職員のお姉さんに、Cランクのギルドカードを見せると、職員のお姉さんは驚くと同時に、ギルドカードをヒョイと俺から取り上げて、カウンター内の何かしらの魔道具で確認していた。
「ほ、本物だ…」
と、呟くお姉さん…
『疑い過ぎじゃない?…少し傷ついちゃう。』
と、少し悲しくなるが、しかし、それ程までに俺があの時しっかり底辺だったことを痛感した。
職員のお姉さんは、
「水トカゲは町の側の池に居るわよ、尻尾の攻撃と噛みつきに注意してね。
兎に角皮膚が固いから…武器は?」
と心配してくれるので、腰から下げたミスリル製の〈雷鳴剣〉を腰をひねり見せると、職員のお姉さんは、
「ミスリル?!って、ポルタくん…頑張ったのねぇぇ…」
と泣き出してしまった。
俺の評価がそれほど駄目な子だった事に軽いショックと心配してもらえていた嬉しさで何とも言えない気持ちに成りながら、アゼルとメリザと一緒に池に向かった。
道中、アゼルは、
「新人贔屓で有名なサラサさんにあれほど心配されていたポルタ兄ぃって…」
と間接的に心配してくるし、メリザは、
「ポルタ兄ぃは、虫すら怖いビビりだよ…誰でも心配だよ。」
と、二人して俺に精神攻撃を仕掛けてくる。
『ちげ~し!虫すらビビるんじゃなくて、虫にビビるんだし!!』
と、心の中でささやかな抵抗をしつつ池に着いた。
水トカゲは魚を主食とする大型のトカゲで、固い皮がそこそこの値段で買い取って貰えるらしい。
しかし、固い皮から倒すのが大変で値段の割には厄介な魔物だが、冒険者ギルドのお姉さん的には、三人でボコしたらイケる!と判断したみたいだ。
試しに新米二人に殺らせてみたが、木の弓と鉄の槍では苦戦している様だが、動きは悪くない…むしろFランクの頃の俺とは比べ物にならないくらい良い。
一匹倒した二人に、俺はアイテムボックスからゴング爺さん作の魔鉱鉄の槍と、魔鉱鉄の弓を取り出して、
「クレストの町まで貸しておいてやるから、使いこなしてみろ」
と渡すと、二人は、
「いいの?こんな凄い武器を借りて」
と、驚いていた。
そして、武器を手にした二人は次々と水トカゲを倒していく…
まぁ、ヒノキの棒の頃の俺とは比べ物にならないのは当たり前にしても、今の二人の強さは、武器が良くなっただけで見違える程になっている。
『初期スキルに恵まれると駆け出しと言えど、ここまで違うのか…』
と驚く俺に、こっそり虫達にお引き取り頂く為に召喚しているガタ郎が、
『旦那様、どんだけ弱かったんでやんすか?…』
と呆れていた。
何ヵ月もパン一個を噛って野宿とは言えない…言えないよ…と、思いながら俺は遠い目をするしかなかった。
それから月日は流れ、
俺達は現在、アルトワ王国の街クレストを目指し、クマ五郎馬車に揺られている。
結果から言うと、アゼルとメリザは、あっという間に強くなり、何の問題も無くDランク冒険者になった。
俺的には認めたくないが、コレが普通のペースらしい…
水トカゲの買い取り金で少しましな防具を揃えた二人を連れて、初級ダンジョンの村まで移動し、ダンジョンに一緒に潜ってみると、スキルと武器が少し良いだけで、サクサク敵を倒していく二人、危なく成ったら手助けをしようと同行したが、結局、アイテムボックスを使った荷物持ちと化していた。
暇をもて余した俺は、前回倒せなかった走りキノコを倒すのだけが楽しみにダンジョンで過ごしていたぐらいである。
二人はその日の内に10階層のボス部屋前のセーフティーエリアに到達し、一週間のレベル上げ兼素材集めをやってのけた。
二人は、10階層を拠点に狩りを続け、あの時の俺が倒せなかった走りキノコすらも倒して、パッシュンと、傘の部分のみと極小の魔石をドロップさせていた。
一旦戻るのも面倒なので、そのままブラッドブルを倒すと言い出した二人を少し心配しながら、ボス部屋へと送り出す。
俺が居ると、初回踏破のご褒美が無くなるので、心配だが仕方なく見送る。
ガチャンと鍵が閉まる扉を睨みながら、
『頼む、扉まで開け…』
と祈る俺の心配をよそに、十分程で扉が開いて、部屋の中でガッツポーズを見せる二卵性の双子が見えて、『良かったぁ~』という安堵感と、『いや、早すぎない?』というツッコミが同時にやってきたほどだ。
ご褒美宝箱からはナイフが出てきたので、
「解体用に売らずに持っときな。」
と告げて、転移陣で地上に戻った。
俺はもう慣れたが、転移陣の独特の感覚に二人は固まっている…するとそこに、アゼルとメリザの表情を確認した転移陣担当のギルド職員のお姉さんが、
「どうだった?マタヒュンだったでしょ!?」
と声をかけ、
『変わらないな…あのお姉さん…』
と、思いながらも久々の再会となるタマヒュンお姉さんを眺めながら、二人の手続きを待つ。
そんな感じで二人の初級ダンジョン踏破は、結局のところ移動の方に時間を取られたぐらいで、すんなりとクリアしてしまったのだった。
ちなみに、走りキノコは精力剤として一つ大銀貨三枚で買い取りしてもらった…買い取り金額よりも、自分で使う用でみんな狙ってたんだな…
あの時の兼業冒険者の先輩の、
「走りキノコも狩れたし、奥さんが待ってるからお先…」
みたいなセリフが急にエロく思えた。
アゼルとメリザは稼いだお金で何か買いたそうにしていたが、
「クレストの街でスキルを買った方が良いから貯めときなさい。」
と忠告して、エマの町まで戻り、その後は孤児院を拠点にアゼルとメリザは二人で狩りをしていた。
俺は、爺さんの墓参りやら、引っ越し準備に明け暮れ、定期的に召喚で伝言役になったマリーから、
「大工の親方が頑張ってくれて、あと1~2週間で母屋が完成します。
家具は全く無いので、何処かで購入してきてくださいね。」
というポプラさんからの伝言を受けて、
「移動にも二週間くらいかかるので、そろそろ出発しましょう」
と提案し、翌日から借金をしていた商会の会長さんに、今まで住まわせてもらった礼を述べて、最後にもう一度、爺さんの墓に出発の報告をしてから、俺のアイテムボックスに一切合切詰め込み、俺達全員がお世話になった孤児院に別れをつげて、クマ五郎の幌馬車に家族全員乗り込んで出発となった。
驚いたのは、商会などに住み込み職員や職人の弟子になったお兄ちゃんやお姉ちゃん達が見送りに来てくれた事だ。
数は少ないが、皆ノーラ母さんを心配していて、何とかしたかったが、毎月のお給料ではあまり力になれずに悔しかったらしい…
「偉いぞポルタ、頑張ったんだな…ノーラさんを頼んだぞ!」
と皆で、俺の頭をワシワシしながら誉めてくれた。
エマ町に残る孤児院出身の家族にも、新しい家の場所を告げて、クマ五郎の引っ張る幌馬車はユックリと新天地となる丘の上に立つ新築の我が家を目指す。
あの田舎で普通以上に虫が多いが…子供組は大丈夫だろうか?…見た目キモいが、悪い奴らではない…
可能ならば変なトラウマを心に刻まなければいいのだが…
俺みたいに、トラウマ持ちになると生まれ変わっても苦しむことになるかもしれない…
『それだけは避けなければ!』
と、固い決意の俺の後ろには今、守るべき家族がいる…
しかし、どうしても俺は、すんなり目的地に着けない呪いにかかってしまっているようだ。
あと1日でアルトワの国に入る山道で、盗賊に囲まれる羽目になってしまった…
最悪だ、虫の件以外で兄弟に要らぬトラウマを植え付けるかも知れない…と悩む。
そして、俺の大事なノーラ母さんは、すでに過去のトラウマから盗賊と言うだけでガタガタと震えているのだ。
『許さない!
俺らの大事な母さんを怖がらせる奴は許せない!!』
と怒りがこみ上げてくる。
俺は、前世で、潔癖症でだいぶアレな母親と、仕事バカな父親との間に生まれた…
ある日、虫を捕まえて母に見せたところ頬を打たれた…
汚い、汚らわしい!と散々罵られ、幼稚園の俺は、虫と、悲しい思い出が繋がったトラウマ持ちになってしまった。
小学生の時に両親が離婚し、父方の爺さんの家で育ったのだが、虫を悪と洗脳されて育った俺に爺さんは、
「虫が怖いのは、お前を怖がらせるためじゃないよ、たまたまそんな形や色に生まれただけだ。
虫が居ないと花は咲いても実もならない。
そしたら、鳥さんもお腹が空くし、皆困ってしまう…
だから、悪さする虫は仕方ないが、悪さするつもりじゃない虫を殺したりしては駄目だよ…」
と、優しく諭してくれた。
まぁ、辺り構わずに、母の教えで殺虫剤を振り撒いていた俺を心配しての言葉だったんだろうが…
あの時、何故か気持ちが楽になり、血を吸う奴を除き虫を無差別に殺さなくなったのだ…
しかし、今、目の前に下衆な笑顔を浮かべ、
「金目の物を置いてけや!」
「頭ぁ、ガキばかりですぜ!」
「全員売っぱらうか?」
等と勝手な事を言っているゴミ虫ども…
ノーラ母さんを怖がらせる、この敵意あるこのゴミ虫は殺すしかない…
俺は、怒りを覚えながらも、馬車の中の家族に、
「アゼルとメリザは皆を守れ!
皆は耳を塞いで、目をつむろうか…」
と、指示をだして馬車を降りる。
心の中で、クマ五郎に
『始まったら先に行け』
と指示を出して、馬車の中のミヤ子と影の中のガタ郎には怒りのままに、
「殺れ!」
と命令を出す。
十人ばかりの盗賊団に向かい飛び出すガタ郎とミヤ子を背中に感じつつ、
「ガキがやる気かよ!」
とヘラヘラしていた盗賊が、馬車の運転席から降りた俺に剣を振り上げた瞬間、ミヤ子でもガタ郎でもない虫達により、ゴミ虫達は食われ始めた。
走り出したクマ五郎を横目で見送り、俺は理解が追い付かない風景を眺めている。
周囲には盗賊の叫び声がこだましたが、直ぐに静かになった…
静かになった空には馬鹿デカいトンボの群れや目の前には、羊サイズのキリギリスが並び、
『王命により馳せ参じました。』
と平伏する…
俺は、少し驚きながらも
「うむ、ご苦労、各々の暮らしに戻るが良い…礼を云う…」
と頭を下げると虫達は散らばっていく…
残されたのは、一仕事終えたガタ郎とミヤ子と、呆然とする俺に、戦闘が有ったであろう地面の血だけだった。
一瞬頭に、虫の王というスキル名と共に魔王という文字が浮かんだが、それ以上はあえて考えない事にした。
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