71.魔女
「綺麗……」
湯煙の中に立つ京香さんを見て、思わずそんな言葉が口から漏れる。
肌は透けるように白く、沁み一つ見当たらない、真澄先生や李姉ちゃんほどは大きくないが、形の良い双丘が谷間を作っている、いつも掛けている眼鏡は外していて、アップにしている髪から覗くうなじがなんとも艶かしい。
この人本当に高校生の娘がいる母親か? なんでこんなにエロ綺麗なの?(夏子も同レベルだが、鉄郎の評価は色々な意味で低くなっている)
って、そんなこと考えてる場合じゃなーーーーい!!
「きよ、京香さん。今日はこっち男湯になってるんですけど!!」
「あら〜、そうなの〜眼鏡が無いから間違えてしまいましたわ〜」
「伊達眼鏡だって前に言ってたじゃないですか」
「まぁ、まぁ、こんな素敵な露天風呂を独り占めは良くありませんわ、お隣お邪魔しますわね」
チャポ
一切躊躇することなくハラリとタオルを取り去ると、僕の隣で湯船にその裸体を沈めた。自宅松代の黄土色の濁り湯と違って佐渡の温泉は無色透明なアルカリ泉だ、したがって色々と見えちゃいけないものが見えてしまうわけで、鉄郎は慌てて首を反対方向にひねる。
「ちょ、タオルとったら見えちゃうんですけど!!」
「ふふ、見られて恥ずかしいような身体はしておりませんわ」
「そ、そりゃ、そうですけど……それはそれで問題が」
くぅ〜っ、これだけ堂々とされていると恥ずかしがってる僕の方が悪いような気になってくるから不思議だ、それにしても……ゴクリ。
やばいやばい、これ以上はやばい、会長のお母さんにそんな邪な目を……。
「ああぁ〜っ、やっぱり露天風呂は気持ちいいですわ、あら、あの遠くに見える明かりって漁船かしら?」
「そそ、そうだと思います!!」
「ふ〜ん、まぁいいわ。それより鉄ちゃん、こうしてせっかく裸同士なのだから私とお医者さんゴッコをしましょうか?」
「はぁ!?」
な、なにを言い出すの、きょ、京香さんとお医者さんゴッコって、うぇ〜〜〜っ!!
京香さんがピタリと身体を寄せて来た、ひぃいい、なんか柔らかいものが当たってるんですけどぉ〜!! そして白くて細い指が僕の胸を優しくなでて来る。京香さんの潤んだ瞳に見つめられて、身体が金縛りにあったように動かない。
「……やっぱり綺麗に直ってますわ、あんなにひどい怪我だったのに傷一つ残っていない」
「えっ?」
「鉄ちゃんは覚えていないかもしれないですけど、あの時左側の肺はもうほとんど機能していなかったんですのよ、弾が抜けた背中側なんて酷いものでした、夏子さんがいなければ命だって助かったかどうか」
ひぃーっ、聞いてるだけで痛い話だ、あの時は手術から目覚めてすぐに貴子ちゃんの薬で小ちゃくなって……えっ、そんな大怪我を一瞬で直す薬って凄くない。改めて考えると、貴子ちゃんて本当にとんでもない天才化学者なんだな、バカだけど。
「で、鉄ちゃん。今の大きい身体に戻ってから、以前とは違う所ってありますの?」
「う〜ん、身長が5cm伸びて、なんとなく前より元気になった気がするかな」
あ、あれ? これってガチの診察だったのかな、京香さんは本物のお医者さんだし。だとしたら、うわっ恥ずかしーーーっ!! 何、やらしい事想像しちゃってるんだ僕は、けど京香さんがあんなに色っぽく迫ってくるんだもの、男なんだからしょうがないじゃないか!!
「そう、前より元気に……やはり何かしらの変化が……でも…」
急に下を向いて考え込む京香さん、あっ、うなじ綺麗だなぁ〜、って「ぶっ!!」やばいバッチリ見えちゃった、先っちょピンク!!
(わーーーーーーっ、やばい、しずまれバカァーー、しずまれぇ!!)
「ねえ、鉄ちゃん、他には……あら? あらあらぁ〜、どうなさいましたのぉ〜、お顔が真っ赤ですわよ〜」
熱い温泉につかっているはずなのにゾクリと寒気がした、ペロリと舌なめずりをして、さらに身体を寄せて来る京香さん、うわぁー、こればれてますね、ごめんなさ〜い、こればっかりは生理現象と言うか不可抗力と言うか。
僕の胸を触っていた指がツツゥーっと下の方に下がる、いやぁーっ、そこは駄目ぇ!!
ガラガラッ
「て〜つ君、お姉ちゃんと一緒にお風呂に、ちょっと京香さん!! 家の鉄君に何してるんですかぁ!!」
「……チッ、酔い潰したと思いましたのに」
京香さん今舌打ちしませんでした? それにしても助かった、ギリギリのタイミングで李姉ちゃんが……って前くらい隠せよぉーーーーっ!!丸見えじゃねえか!!
ツカツカと歩いて来た李姉ちゃんが、僕の右隣にジャボンと飛び込んでくる。げげっ、挟まれた、全然助かってねぇーーっ!!
「全く、油断も隙もない。女湯は向こうですよ京香さん」
素早く僕の腕を取って文句を言う李姉ちゃん。おっきいのが当たってるんですけど勘弁してください。もうこれ以上刺激しないで!!
「嫌ですわ、今更リカと一緒に入ったってつまらないですもの、それに麗華さんだってコッチ (男湯)に来てるじゃないですの」
「私は家族風呂だからいいんですぅ〜、鉄君とは小ちゃい時から何度も一緒にお風呂に入ってますから〜」
「あら、小ちゃい鉄ちゃんとお風呂は羨ましいですわね」
「フフン、いいでしょ〜」
フフンじゃねえよ、李姉ちゃん結構酔ってやがるな、お酒飲んでお風呂はいっちゃ駄目なんだぞ。
……それにしても出られん、どうしよう、このままじゃ逆上せそうだ、この2人刺激が強すぎる。真澄先生〜、助けてぇ〜。
その時、眼下の海に視線を移すと沖の方で一筋の光が天に昇るのが見えた。その光はグングンとこちらに近づいて来ている、なにか嫌な予感がした瞬間だった。
長野市松代町、武田邸。
休みだと言うのに春子に呼び出された住之江が、プルプルと手にした細長い物を見つめながら春子に尋ねる。
「で、春子お婆さま、これはなんですのん?」
「和泉守兼定、打刀 (約60cm)だから取り回しもいい、重ねはちと薄いが実戦でも使える代物だ、真澄さんにぴったりだと思ってねぇ」
「はぁ?」
別に刀の説明を聞きたかったわけでは無いのだが、それなりに良い品らしい、しかし刀なんぞがピッタリなどと今日のラッキーアイテムみたいに言われても、どないせえっちゅうねん。
「武田の家に嫁ぐとなったら、武芸の一つも嗜んでもらわないとね、何、心配はいらないよ、これでも結構な数の弟子を育てて来たんだ、大船に乗ったつもりでいな」
まさか、いきなり日本刀をプレゼントされるとは思っていなかった住之江が困惑の表情を見せる、ロードレースで身体は鍛えていた住之江であるが、武芸というのは経験がないので戸惑うのも無理はない。しかし鉄郎の嫁の嗜みと言われては断るわけにもいかない、よくわかってないが了承の言葉を述べる。
「ははぁーーっ、この住之江真澄、春子お婆さまのご期待に沿えるよう精進いたします」
「よく言った!! それでこそ鉄の婚約者だよ。さしあたって、夏子の馬鹿に対抗出来るようにならないとね、忙しくなるよ〜」
「はい?」
ちょっと待て、夏子さんに対抗って無理じゃね。いや、せやけどいつまでも姑の存在に怯えているわけにもいかん、だがしかし……。
「まずは簡単な型を2、3教えるから今日から毎日素振り1000本はやってもらおうか」ニヤリ
この後近くの剣道場に連れていかれた住之江は、春子に1日中しごき倒される事になる。筋は悪くないのだが、いかんせん素人だ、まずは真剣の重さに慣れることから始めなくてはならなかった。
「ひーーーっ、鉄君〜、助けてぇ〜、腕がぁ、腕が上がらへん」
「ほら、真澄さん、まだ準備運動みたいなもんだよ、女なら根性見せな!!」
「ひぃーーーっ」
頑張れ住之江真澄、負けるな住之江真澄、いつか姑夏子に勝てるその日まで、輝ける未来が君をまっているかもしれない。
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