演奏会?ワールドツアー?拷問?
その日地球は一つのスピーカーと化した、地球を覆う大気が振動し誰もかれもがどこから聞こえて来るかわからない音楽に自らの聴覚をレイプされる。
音とは振動であり暴力だ。
強さ、高さ、音色、特定の周波数、それも強い音圧で放たれたそれは、男性特区の中に閉じ込められた人間・ゾンビに分け隔てなく平等に降り注ぐ。
高音は120,000Hz、下にいたっては10Hzの重低音と人類本来の可聴域を超えた音が織り交ぜれた特殊なメロディは、ゾンビウイルスに感染した人間だけに可聴出来る音域が有り、ゾンビの脳に作用し動きを止め仮死状態に追い込んで行く。
まぁ、男性特区内に取り残されたウイルスに感染してない人間には拷問とも言えるが。
「アァ、ヴァッ」
「うぷっ、吐き気が」
「ヴァァアアアアアアア」
「あ、頭ががが、ウゲェ」
「ヴァバババ」
頭や耳を押さえうずくまる若い女性、この辺りは聴力がよい若年層の反応が大きい、次々と倒れるゾンビと化した人々、倒れたゾンビを回収する為にワラワラと沸き出て来るルンバ改、そんなものは関係ないと恍惚の表情で楽器をかき鳴らす黒夢シリーズ達。
まさに天にも昇るような壮大なメロディで男性特区の中は阿鼻叫喚の地獄絵図が作り出されていた。
黒夢によって指揮され世界中に共振現象で増幅される演奏は2曲目に突入した。
タカタタ♪
タタ♪
大阪の通天閣にいる真紅のスネアドラムが手首のスナップを効かせ小さくリズムを刻み出す、少し遅れてパリのエッフェル塔で蒼天のアルトフルートの音色が静かに寄り添った。
ラヴェルのボレロだ。
デリーの亜金のシンセサイザー、ロシアの白雪のチェロ、世界中に散らばった黒夢シリーズが奏でる音がおり重なって行く。
コンサートマスターを任された翡翠のボレロにアレンジされた歪んだベースが止めとばかりに重低音を上乗せする。
ボン、ボン、ボンブ、ベキョベキョ
「あぁ、この歪んだベース音、好きだなぁ~」
イギリスの女王が満面の笑みでピアノをかき鳴らしセッションに参加する、そこまで好きならお前もう鉄郎王国に入れよ!と言いたい。
この後、R&B、ロック、ポップスと1時間以上演奏が続き、某音楽大好き女王様にはたまらない時間を過ごす、世界中が電波ジャックされているので視聴率はほぼ100%だ。それにしても犬の遠吠えがうるさいし、コウモリが群をなして乱れ飛んでいる。
翡翠がヘッドバンキングさせながら(弾いてるのはクラッシックだけど)緑の髪を揺らしてベースの弦をスラップしていると、何台かのルンバ改が並びながら小さな箱を掲げてカサカサと近づいて来た。
ピプッ、ピ
ルンバ改が電子音を鳴らしながら頭上に掲げて居た小箱を器用にアームを使って開封する、中には左右に2種類の液体が詰まったペットボトルに繋がった起爆装置がカチカチと時間を表示していた。
「ヒィッ」
それを後で見ていた警官が小さく悲鳴をあげる。
翡翠はズラリと並んだルンバ改を眠そうな目でスキャンするように一瞥すると面倒くさそうに演奏を中断する、そして一番右から起爆装置にポンポンと軽く触れて行く。
「フム、単純」パチィ
数こそあれ触れるだけでカウントを止める爆弾に、同行してしたFBIの武装警官が驚愕する、それでも安堵したのか深く息を吐いた。
尚、翡翠が演奏を止めてる間はカナダの空がベースを引き継いでいる。
これでニューヨークでゾンビやウイルスがこれ以上の拡散を阻止することに成功した、この光景は世界各地に散らばっている黒夢シリーズのもとでも同じように見られ、実質的にエボラ教授のウイルス拡散計画は失敗した事になる。
24体の黒夢シリーズに10億台以上のルンバ改、やはり戦は最後には数がものを言う。
シカゴのハイウェイで高速チェイスを続ける児島達のもとにも当然この音が届く。
ズドゥゥン!!ビリビリビリ
衝撃でフロントガラスがピシリとひび割れ、地面が揺れる、世界が揺れる、そして音楽がどこからともなく流れてくる。
いきなり車体が浮くような衝撃に児島はポルシェのハンドルを握る手に力を込めた、助手席のリカもキョロキョロと辺りを見渡す。
「始まりましたわ」
「凄い、理論はわかったつもりでしたが実際に聞くと驚きますね。大気が震えてる、これ、地球上のどこにいても聞こえますよ」
ガロォ…♪
「な、何!?この音楽?コーベットのエンジン音がかき消される!」
突然聞こえて来た音楽に気を取られるキャメロン、そのわずかな隙を児島は見逃さない。
ブレーキを強く踏み込むと後ろから追っていたキャメロンの左サイドにポルシェを素早く並べる。
「リカさん撃って!」
「は、ハイッ?」
いきなりの発砲指示に慌てたリカが目をつぶりながら「えいや!」とトリガーを素直に引いた。17発の9mmパラベラムバレットがミントグリーンに塗装されたグロッグ17から吐き出される。
「なっ!?」
一瞬の隙をつかれたキャメロンがブレーキをかけるも、リカの撃った1発がコルベットのフロントタイヤを貫く。
バシューーーーッ!!ズギャギャギャルルーーーーーッ!!
バーストするタイヤ、制御を失うコーベット、咄嗟にハンドルから手を離すも時速200kmからのスピンだとてもじゃないがすぐには止まれない、クルクルと何回転したのかわからないほどいつもより回って止まった。染之助染太郎も吃驚の回りっぷりだ。
キキュ!ガチャ
「よく、どこにもぶつからず止まりましたね、お見事です」
「ハハ、運だけはいいんだよ、ワタシ」
ドライバーズシートでぐったりしてるキャメロンにCZ75を片手に話しかける児島、いつの間にかルンバ改に包囲されてる状況に苦笑いで両手をあげるキャメロン。
チャリーズエンジェル(仮)が完全敗北した瞬間である。
「ウイルス爆弾は回収しますよ」
「そこまで往生際悪く無いわよ、好きになさい」
「へっ、爆弾ですの?」
キャメロンの後部座席を見てヒッと息を飲むリカ。
「そんなもん積んでバトルとかするなーーですわ!危ないでしょうが!!」
ネバダ州レイチェル。
地平線まで広がる澄み渡った青空を、白衣を翻しながら見上げるエボラ教授。
紫煙を吐き出すと小さく呟いた。
「あいつらは負けたか……」
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この中継で判明している黒夢シリーズ
シカゴ 黒夢(黒)
大阪 真紅(赤)
インドデリー 亜金(金)
ロシア 白雪(白)
ニューヨーク翡翠(緑)
パリ蒼天(青)
ブラジル桃香(ピンク)
中国 紫式部(紫)
ドイツ 夕陽(オレンジ)
イタリア 果香緒(茶)
エジプト 砂漠の薔薇(肌色)
カナダ 空(水色)
オーストラリア 若葉(黄緑)




