110.住之江2
「ボートレースGOGO!! ハ〜イッ!本日はここ大阪住之江ボートレース場から放送をおとどけします!!」
テンション高くボートレース中継の番組が始まる。
「そしてなんと今日はピットリポーターにスペシャルなゲストをお迎えしてるんですよ、えっ早く映せ、しょうがないなぁ〜、ではまずは私が一曲歌って」
ドゲシッ
目の前でカメラを構える女性がリポーターに蹴りを入れると、僕に向かってカメラの向きを変える、おぉ〜これが大阪のノリか。僕もテンション上げないと駄目なのか。
「どうも〜武田鉄郎です、今日は選手の方々のインタビュアーを務めさせていただきますね」ペコリ
鉄郎の映像が対岸の大型スクリーンに映し出されると会場にどよめきが起こる、いきなり男性のそれも美少年が画面一杯に現れたのだからその衝撃たるや相当なものである、その歓声は離れているピットにまで聞こえてくる。
「どうだぁ!ビックリしたか!なんと今日は16歳の美少年がレポーターだぞ!! では早速今日のファイナル12レース、見事1号艇をゲットした毒島選手にインタビューしてもらっちゃいます、鉄郎君どうぞ」パチパチパチ
なんかもう主役がどっちだかわからない状態になりつつある、本来レース前で忙しいはずの選手達も全員が集まって鉄郎に注目していた。
予選トップ通過は1号艇の毒島真琴、続いて峰、井口、菊池、篠崎、茅原と続いている、最近では世代交代の波が来てるのか若手の台頭がいちじるしく、ベテラン勢は苦戦を強いられているのが今期の現状だ。
コホンと咳払い一つ。
「では、予選で1等賞の毒島選手にお話を聞きますね、毒島選手、今日の調子はいかがですか?」
「はははは、はい、しゅ、趣味は映画鑑賞とオナ、ど、ど、読書です!!」
「毒島選手? レース前でかなり緊張しているようですね、えっと」
ガチガチに固まってる毒島を前に、対応に困った鉄郎がカメラマンの方を見るとその横で夏子がホワイトボードにカンペを出している。何してんだこいつ。
(今日の下着の色は何か聞け?)
「ぶっ、そんなの聞けるわけないでしょ」
「今日は1号艇なのでゲンを担いで白です!!」
「いや毒島選手も答えなくていいから!」
毒島真琴30歳、今期は前回のオーシャンカップで優勝し現在賞金ランキング3位につけている、ターンスピードと小動物を思わせる愛くるしい笑顔で人気の若手実力者の一人だ。そんな彼女だが青春の全てをボートの練習に捧げてきたせいで、男性への免疫がまるでなかった、この時代のアスリートに多い事ではあるのだが。(男性欠乏による現実逃避症と言われる)
そして今、彼女の前には今まで見たこともない美少年が自分にマイクを向けている、正直テンパっていた。
「そうそう、毒島選手といえば家のお婆ちゃんがファンなんですよ、ぜひ頑張ってくださいね」
「ファ、こ、光栄であります!! 今日のレース貴方の為に絶対勝ちます!!」
今度は婆ちゃんが手でバッテンを作って苦い顔をしていた、あれ、なんかまずい事言った? えっ、僕が特定の選手を応援するのはNG、オッズが変わる、先に言ってよ。おかげで後の5人にも励ましの言葉をかけることになったじゃないか。
鉄郎による選手インタビュー、いつもの放送ならエンジンの調子、何コースで行くのか、スタートは合っているか等を聞く所なのだが、所詮なんの知識ももたない素人である、しかもどの選手達も皆舞い上がっていてまともな返答が出来ない、はっきり言ってグダグダである、だが観客達は鉄郎の一語一句聞き逃すものかとスクリーンに釘付けだった。
「うん、1は白で2は黒、3は赤で4は青、5番が黄色で6番は緑ってのは覚えました。選手の皆さんは頑張ってほしいですね、ではスタジオにお返ししま〜す!」ニコリ
鉄郎のインタビューが終わり画面がスタジオの司会者に変わると、会場から一斉にブーイングが起こり、TV局では「スタジオなんかどうでもええから美少年レポーターを映さんかい」と苦情の電話が鳴り響いた。瞬間視聴率がBS放送にもかかわらず40%を超えたのだから凄まじい。
レース前のインタビューが終われば鉄郎たちは観戦のためにスタンドに移る、支配人から警備の問題から屋内個室のプラチナルームの使用を懇願されたが、春子が1階南スタンド1マーク前に陣取っため余計に会場は混乱していた。
「ガラス張りの部屋じゃTVで見てるのと変わらないじゃないか」とビール片手に春子は語る、最前列に鉄郎と貴子を挟むように春子と夏子、真後ろに児島が座っている、時々「ひぎぃ」だの「うぎゃ」だのと後ろから悲鳴が聞こえてくるので鉄郎は気になってしょうがなかった、児島さん何してんの?
「鉄郎君、鉄郎君こう言うデートも悪くないね」
「えっ、そう? あっ、始まるよ貴子ちゃん」
会場にファンファーレが鳴り響き一斉にピットから飛び出す6艇6色のボート達、大きな歓声が会場から上がる。
本日の決勝戦第12レースが始まる。
6名の選手達はコース取りで少しでもインにつこうとするが、誰もが自分のコースを主張して譲らない、どうやらスタートは枠なりになりそうだ。
大きく弧を描いてアウトコースの4番、5番、6番のボートが後方からのダッシュスタートの体制に入る、それに対してインコースの1番、2番、3番は前方からのスロースタートだ。
ブレーキなどないモーターボートはエンジンが回ってる限り常に前に進む、そのためボートレースのスタートは大時計の針が0になった時にちょうどスタートラインに達する方式でスタートを切る。0の時点でスタートラインより前に出てしまうとフライングで失格となるため合わせるのが非常に難しい。
後方からのダッシュスタート組が距離がある分先にスロットルレバーを握り加速を開始する、遅れて前方のスロースタート組が加速を開始する。
1号艇の毒島が大時計を横目にスタートラインに向けて猛然と加速する、遅くても早くても駄目、タイミングを合わせながらスロットルレバーを調整する。
「良しっいける! 今日は大時計がはっきりと見える」
コンマ0.0と抜群のスタートを決める毒島、だが他の艇も負けていない、横一線で第1マークに突っ込んでい行く。
バンッ、バンッ、ババンと硬い淡水面をボートの船底が叩く音が聞こえる、わずか70kgの船体は水の上を跳ねるように突き進む。スロットルレバーを握る左手に力を込めるとyamato製の400cc2サイクルエンジンが背後で唸りを上げる、超抜モーター(前節で勝率が高かったエンジン)こそ引けなかったが予選を通して充分に優勝を狙える状態に仕上がっている。
今日は絶対に負けられない、勝ってあの男の子に私の名前を刻んでもらうんだ。
内側に身を乗り出しての全速のモンキーターン、紅白のコーンを掠めるように最内を抜ける。2号艇の峰がさらに内側をこじ開けようと艇をぶつけてくるがここは譲るわけにはいかない、ボートレースはこの1周目1マークで勝負が決まるのだ。
3号艇の井口が外からマクリに入るがスピードを殺しきれなかったのか外に膨らむ、その隙間を見逃さず飛び込んできたのが6号艇の茅原だ、2マーク手前で毒島を捉える。
「やらせるか!! 絶対勝って勝利者インタビューを受けるんだ!!」
毒島気合いの全速モンキー、しかし進入ラインが厳しかったのか出口で膨らんでしまう、全艇が縺れるように2週目1マークまで進入する白熱した展開に会場はいやがおうにも盛り上がる。
今日のレースは各選手の執念を感じる、ここまでもつれるレースはなかなかお目にかかれない。
「行けーっ!! 刺せぇ!!」
「篠崎ぃ、まくれーーーっ!!そこだーーっ!!」
鉄郎の横では立ち上がった春子が拳を突き上げ大声を張り上げる、春子だけではないスタンドはすでに総立ち状態だ。
運命の3週目2マーク、かろうじて先頭を守っていた毒島が痛恨のオーバースピード、曲がりきれず消波堤に激突、つられた6号艇茅原も流れる艇を押さえ込む事が出来ない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴にも似た歓声が場内に木霊する。
結果ゴールラインを先頭で抜けたのは3号艇の井口、次いで5号艇篠崎、2号艇峰、まさかの3-5-2。配当が50,000を超える荒れたレースとなった。
「よっしゃー的中!!」
夏子が飛び上がってハイタッチしてくるどうやら当たったらしい、その反対では春子が床に膝を着いて呆然としていた。いくらつぎ込んだ?
スタンド前のお立ち台、表彰台の井口にマイクを向けるのは鉄郎だ。
「おめでとうございます、最後の最後まで迫力ある凄いレースでしたね、僕興奮しちゃいました!!」
「あ、ありがどぉござ……ぎょうば絶対勝ちだがったのでうでじぃでぇす……」
感極まった女泣きに、会場から大きな拍手と声援が飛ぶ。少しヤンキーっぽい感じの井口だがその勝利の涙に鉄郎がじ〜んと胸を熱くする、思わずもらい泣きするほどだ。
ここでテンションが上がった鉄郎が井口を抱きしめハグしてしまう。
「うんうん、頑張ったね、偉いね」
抱きしめられながらポンポンと背中を叩かれ呆然とする井口、一瞬の静寂、次の瞬間会場から先程とは比べ物にならない音量の悲鳴とブーイングが巻き起こった。まあ、当然と言えば当然である。
こうして今夜の住之江は、ボートレースファンにとって一生記憶に残るレースとなったのだった。
一方ピットでは、1号艇の毒島が魂の抜けた抜け殻のような状態で倒れていた。合掌。
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