108.親子
スゥ〜と深呼吸を一つ。
「よしっ!」
大阪男性特区内、南大阪第2総合病院808号室のドアの前に僕達はいる。
この中に僕のお父さんが……、うわ〜なんかドキドキしてきた、会ったらまず何て言えばいいだ、とりあえず初めましてでいいのかな。
え〜いままよと、ドアの取っ手に手をかけた時だった。
「んっ、あっ、ダメよ松井さん、血圧が測れない、あっ、そんなとこ……」
「君にドキドキしてしまって今測ったら血圧が高くなってしまうかもしれないな」
「もう、あんまり遅くなると婦長におこられちゃう、あっ、ダメ……んっ」
「ほら、可愛い顔をもっと良く見せてごらん」
「……繁さん♡」
おかしい、お父さんはALS (筋萎縮性側索硬化症)と言う難病で寝たきりだと聞いていたんだが、この扉の向こうから聞こえてくる声は一体……。
なまじ経験を積んでしまった僕だけに、中の光景が鮮明に想像できてしまう、うん、出直そう。
キンッ!
気が付けば鬼の形相で隣に立っていたお母さん、その左手には愛刀である政宗の脇差しが握られている。
チンッと柄の部分を鞘に押し込む音? 次の瞬間目の前のドアはバラバラと崩れ落ち、僕の握った取っ手の部分だけが浮いて残っていた。
おわぁ!! 斬ったんかい、動きが見えなかったぞ。
そしてその向こう病室の中では、その音に驚いた男女が慌てて距離をとっていた。看護師さん、ナース服の前がはだけてますよ、病室でナニしてたんですかね?
「ななななななな、夏子ぉ!! どどど、どうしてここに!!」
ベッドに横になっている男の人が、お母さんの顔を見た途端に青い顔をしてガタガタ震えてる。
ボタンを止め直した看護師さんが誤魔化すように声を荒げた。
「ちょ、なんですか貴女達は!」
「元嫁よ。ちょ〜っと元旦那に用があってね、貴女は席を外してくれるかしら」ギロリ
お母さんが睨むと看護師さんは「は、はひぃ!」と小走りで病室を出て行った。ちょっと可哀想。
「相変わらず寝たきりで動けないくせに元気そうね〜、まだ生きててくれて安心したわ」
「いや、夏子の顔を見たら急に息苦しくなったんだが、で、どういった風の吹き回しだい、君が私を訪ねてくるなんて? も、もしかして殺しにきた?」
お母さんはその言葉にまるで虫けらにでも向けるような冷たい視線を返す。
「あなたの子供を連れてきたのよ、会ってあげて。ほら、鉄君」
お母さんに促されて緊張しながらもお父さんの前に立つ。
「は、はじめましてお父さん、貴方の息子武田鉄郎です」
僕が頭を下げて挨拶するとポカ〜ンとした表情で動かなくなった、それにしても格好いい人だな、寝たきりだからか手足が細っそりとしているが、少し垂れた優し気な瞳に口髭、髪の毛は歳のわりに白髪が多いが、それがまたダンディでよく似合っている。こう言う渋い感じは同じ男としてちょっと憧れる。
「…………」
「あ、あのお父さん?」
「お、おう、すまん。我が子には今まで何人も会ったが、男の子は初めてでな、なんて話しかけたらいいか分からなかった」
「いえ、僕も少し緊張しちゃって、会えてとても嬉しいです」
「夏子、本当に君の子か? なんか礼儀ただしくて凄い良い子なんだが」
「どう言う意味よ」
「いや、そうか、私も会えてうれしいよ、にしてもやっぱり私の子だけあっていい男じゃないか学校でモテるだろ」
それは遠回しに自分はモテると言う事だろうか?この人モテそうだもんな。
「はは、国王なんてやっているので、それなりには」
「えっ、国王?」
ここで貴子ちゃんが僕の隣にやって来て服の裾をクイクイ引っ張った。これは紹介しろって事ですね。
「お父さん、紹介します。こちら……」
「はじめまして御父様、鉄郎君の妻(自称)でケーティー貴子と申します、お見知り置きを」
猫かぶった貴子ちゃんが可愛く腰を落として一礼する、それをを見ていたお父さんがさらに驚いた顔をして僕を見る。
「君はロリコ◯なのか?」
「違いますよ!!」
「私の鉄君がロリ◯ンのわけないでしょ! 鉄君はお母さんみたいな大人の女性が大好きなんだもんね〜」
僕に抱きついて頬ずりしてくるお母さん、ええいやめんか。それを見たお父さんがとても憐れみを込めた目をした。
「君はちょっとストライクゾーンがおかしいぞ」
「「どう言う意味よ!!」」
「いや、僕にはちゃんとした婚約者が他にいますから!」
「ブーブー、鉄君、お母さんをほっといて浮気ばっかしてると、こいつみたいなクズ男になっちゃうよ」
うぐっ、やばい、今の言葉は京香さんと不倫してしまった僕としては胸に刺さるじゃないか、もしかしてだがお父さんの血が影響してるのか?ちょっと落ち込む。
「まあ、なんだ、頑張って生きるんだぞ、父さん影ながら応援するぞ」
しかも父さんに慰められた、なんか悲しい。
「ほら、いつまでダラダラしてんだい。とっとと用事をすましちまいな」
後ろにいた婆ちゃんが時計を見ながら何やら貴子ちゃんに催促してくる、あれ、用事ってお父さんに会う事じゃないの?
「ふむ、それもそうだな。では始めるか、児島」
貴子ちゃんがポケットから取り出した茶色い小瓶を高く掲げる、その小瓶の蓋を児島さんがカシュっと見事な回し蹴りで弾き飛ばした。その際、めくれたスカートから白く長い脚がチラリとのぞく、思わずお父さんと僕の目は釘付けになる、いや、凄いけど蓋ぐらい普通に開けろよ。
「えいっ!!」ゴボォ
そして蓋の開いた小瓶を貴子ちゃんが寝ているお父さんの口に強引に突っ込んだ。えっ、それってまさかあの薬、お、お父さん小ちゃくなっちゃうの!!
「大丈夫だよ!1000倍に薄めてあるから」
えっ、僕の時はそんなに濃かったの? いきなり怪しげな物を飲まされてむせるお父さん、ゴホゴホと胸を押さえている、だ、大丈夫なのか。
「な、何を飲ませた。……くっ、身体が熱い……ふぐうっ」
「ちょっと!! 大丈夫なの貴子ちゃん、お父さん苦しそうだよ」
「だ、大丈夫、私の計算に間違いは無い……はず」
こら、そこで目を逸らすな、こっちを見なさい!!
「ご安心ください鉄郎様、ほら」
児島さんの言葉でお父さんの方を慌てて振り返った。青白かった顔色が随分と血色が良くなっている、なにより。
「かはぁ、はぁ、はぁ、……なっ、えっ、足が動く、えっ?」
寝たきりだったお父さんが、ベッドの上で身体を起こしている、その表情は驚愕に満ちていた、自分でも何が起こったかわからないって感じだ。
良かった、小さくはなってないし身体の大きさは元のまんまだ、貴子ちゃんに再び視線を移す。
「せ、成功したの?」
「お、おう、私の手にかかればこんなもんよ! はーっははっは!!」
その割には随分自信無さげだったぞ、それにしても行動がいきなりすぎるよ、吃驚したじゃないか。
「一体何をしたんだ、動かなくなってた足も左手も動く、なによりこうして身体を起こせる、な、治ったのか?」
お父さんがまだ半信半疑で貴子ちゃんを見つめる、そりゃ何年も寝たきりだったのが一瞬で治ればこうなるよね。
良かったねお父さん、僕の経験から言って多分それ本当に治ってるよ。そうか、貴子ちゃんはお父さんの病気を治すためにわざわざ大阪に来てくれたのか、これは息子として感謝しなきゃいけないよね。
僕が感動しているとお母さんがお父さんの脈をとったり膝を曲げたりして診察を始めた、未だ呆然としているお父さんはされるがままだ。
「どうやら本当に成功したようね、これで一歩前進ね。それじゃあ児島、ちょっとこいつ押さえてて」
「「へっ?」」
お母さんの言葉で児島さんがお父さんの後ろに素早くまわって羽交い締めにする、お母さんは白衣の懐から注射器を取り出して右手に構えた、左手にはなんか筒状の赤い縞の入った機械を手にしている。な、何が始まるの?
「ちょ、夏子! なにを!!」
「ちょ〜っとチクッとするけど大人なんだから我慢なさい、大丈夫少〜し血と種を採取するだけだから〜♡」
ニタリと笑うお母さん、それに恐怖を浮かべるお父さん。わけもわからず見ていると婆ちゃんにポンと肩を叩かれる。
「さっ、鉄。後はこいつらに任せて外に出てるよ、ここから先は見ない方がいい」
「だ、大丈夫なのお父さん?」
「病気が治ったなら心配いらないさ、むしろ私より長生きするんじゃないかね」
婆ちゃんと一緒に廊下に出ると病室からは「うぎゃーーっ!」と言うお父さんのバリトンの悲鳴が聞こえる、中で一体何を?
廊下にいた尼崎さんが婆ちゃんに話しかけてくる。
「春さん、あの薬は一体? 松井さんってもう長くはないって言われてたんですよ、なのにあれは……」
「貴子達が開発中の新薬らしい、どうやら効果はあったらしいね」
「えっ、人体実験」
「科学に犠牲は付き物らしいぞ」
そうこうしていると廊下の向こうから病院の警備員さんやお医者さん達がやって来た、さっきの看護師さんが呼んだんだろう、しかし総理の尼崎さんが話をすると釈然としない顔をするも一緒に待ってくれた。僕もお礼を言うと看護師さん達が呆然となる。
「うそっ、美形親子、奇跡だわ……尊い」
「流石、繁さんの息子ね、どんな遺伝子してるのかしら、是非研究したいわ」
「この子も入院しないかしら、そしたら絶対私が担当になるのにぃ!」
しばらくするとお母さん達が部屋から出て来た、手には水筒のようなシルバーのケースが2本、その顔は非常に満足気だった。
「いや〜、なかなか良い結果が出たわ、ちゃんとしたデータは国に帰ってから調べるけど、初実験としては上出来ね」
貴子ちゃんも少し顔を赤くしながら興奮した様子だ。
「鉄郎君のよりちっちゃかったけどな!」
「あれが平均サイズですよ、貴子様」
「ナニが?」
お母さん達と入れ違いでお医者さんや看護師さん達がお父さんの病室に入って行くが、すぐに驚きの声が上がった。
「「「「「うそぉーーーーーっ、治ってるぅーーーっ!!」」」」」
ドアの無くなった病室の中を覗けば、嬉し涙を流す看護師さん達に抱きつかれてるちょっと虚ろな目をしたお父さんがいた、その暖かな光景に少し胸がじ〜んとなる。
「良し、鉄、長居は無用だ、色々騒がれる前にずらかるよ」
お父さんが生きてさえいれば、いつでも会えるもんね。
少し後ろ髪を引かれる思いもあったが、僕達は病院を後にした。
もともと松井繁はその子供の多さと容姿の良さから特別視されていた人物だった、今回の貴子の新薬により身体の自由を取り戻した彼が今後どんな活躍を見せるのか、彼に対する日本政府の期待はより大きいものとなる。
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