101.いざ鎌倉
その日、チャンドリカの店でバイトを終えた鉄郎が屋敷に戻ると白い塊がいきなり突っ込んできた。
「鉄郎く〜ん!!」
ドガッ
「げふっ」
貴子ちゃんが凄い勢いで抱きついてくる、その勢いは抱きつくと言うより頭突きに近かったが。
貴子は京香と鉄郎の衝撃映像のショックからはすでに立ち直っていた、最近では鉄郎の顔を見ても赤面することなく話をすることが出来るようになっている。進化した加藤貴子バーション3.0である? いや4.0かもしれない。
「てててっ、どうしたの貴子ちゃん」
「鉄郎くん、明日は暇?」
「えっ、明日? とりあえず学校とバイトはあるけど」
「じゃあ、学校とアルバイトはお休みね」
「なにゆえ?」
「ああ、ちょっと各国集めてタイまで行って首脳会議するから、鉄郎くんには国王として出席して欲しいんだよ」
「パードン?」
「だから首脳会議だよ、あと何故にフランス語?」
「いや、そんなお偉いさんの会議に僕なんかが出席していいの」
「やだなぁ、鉄郎君だってそのお偉いさんの一人じゃないか、しっかりしてくれたまえよ」
「はあ」
立場上はそうかもしれないが、首脳会議って何すればいいんだ、名刺とか作った方がいいのかな、それとも菓子折りのひとつでも持って行けばいいのかな。
武田邸での夕食を済ませると鉄郎達はグリーンノアに向かう、明日の朝ここから会場に行くので今晩はここに泊まることになったのだ。
会議に出席するのは鉄郎、貴子、児島、春子、夏子、黒夢の6名となった、住之江やリカなどは一緒に行くと言い張ったが人数制限を掛けられている上に、護衛対象が増えると面倒だと春子に止められ泣く泣く留守番組となっている。麗華は夏子にジャンケンで負けたためお留守番だ。
シャワールームで汗を流し短パンにTシャツ姿で扉を開けると、メイド服姿の児島さんがトレイに冷たい牛乳が入ったグラスを持って立っていた。何か前にもあったなこんなシュチュエーション。
「どうぞ、鉄郎さま」
「あ、ありがとうございます。ちょうど喉がかわいてたんですよ」
ゴクゴクと風呂上がりの冷たい牛乳を堪能すると、児島さんが目の前に近づいてくる。
「鉄郎さま、ほら、ちゃんと髪を乾かさないと」
児島さんが僕の首にかけていたタオルでまだ濡れていた頭を丁寧に拭いてくれる、この歳にもなって誰かに頭を拭いてもらう行為になにやらくすぐったい気持ちになる、しかもそれがいつも凛々しい児島さんにともなると恥ずかしくもあり照れくさいったらありゃしない。
「さ、もういいですよ、鉄郎さんは放っとくといつも自然乾燥なんですから」
「ありがとうございました、短髪だといつのまにか乾いちゃうから、すみません」
「そうそう、貴子様がお呼びですよ、なんでも明日のお召し物に関してとか」
「会議の衣裳か、学校の制服じゃ駄目ですかね?」
「一応、世界的な会議ですので学校の制服と言うのは……」
「そうですね、じゃ貴子ちゃんの所に行って相談してみますね」
「はい、私も後から参りますので先に行っていて頂けますか」
そう言って児島さんは僕の飲んだグラスと髪を拭いたタオルを持って去って行った、はて?そう言えば何で僕がいつも風呂上がりに牛乳飲んでる事とか髪の毛乾かさない事知ってるんだ?
応接室に行くと、貴子ちゃんだけでなく婆ちゃんとお母さんまでいた、相変わらず酒盛りをしていたらしい。
「おっ、鉄郎くんお風呂上がりで色っぽいね、生足がセクシーだよ! 超エロいよ!」
「貴子ちゃん、セクハラ」
「まあまあ、それより明日の衣裳を選んでもらおうと思ってね」
そう言って貴子ちゃんは部屋の奥で仕切られていたカーテンを勢い良く開けた。
「さぁ、どれでも好きに選んでくれたまえ」
ズラリと並ぶきらびやかな衣装、勲章が一杯付いた元帥さんみたいな白い軍服、紋付袴に、ラメの入った金のタキシード、マイケルさんが着てたような羽付きコート、振袖はネタだと思いたい。
「鉄、私としてはその白い軍服がおすすめだねぇ、鉄ならきっと凛々しくて似合うはずだよ」
婆ちゃんが軍服を推してくる、もしかして現役の時にこう言うの着ていたのかな。
「鉄君、お母さん振袖とかもありだと思うの、帯をクルクル〜ってしてあ〜れ〜みたいのやってみよ!」
「誰がやるか!! にしてももうちょっと普通のないの、派手なのばっかりで恥ずかしいんだけど」
「鉄郎くんの国王お披露目も兼ねてるからね、ここは派手にやらないと」
「ええ〜何それ、大体何の会議なのさ」
「私達のお願いを各国のお偉いさんに聞いてもらうだけの、至極簡単な会議だよ」
さらっと貴子ちゃんが僕の質問に答える、そこに婆ちゃんとお母さんが割り込んできた。
「うちのシマを荒らしたんだ、しっかりナシつけないとまずいだろ」
「そうよね、この世界舐められたらお終いだからね」
「いやいや、どこの極道ですか」
貴子ちゃんの説明によればマイケルさんの入国の際、政府の人達と一悶着あったらしいのだが、考え方がヤーさんのそれだな。なんか会議に出るのやめたくなってきた。
「貴子ちゃん、その会議でよからぬ事企んでないでしょうね」
「おっ、私テロとか得意なタイプだよ」
「「「知ってるわ!!」」」
ドヤ顔の貴子に皆が一斉に突っ込む、笑えない冗談だ。
結局、児島さんが持って来た高そうなスーツを選んで出席することとなった。こういうの着るとなんか大人になった気分だ。
明けて早朝、滑走路横で皆で待っていると発進のサイレンがけたたましく鳴りだす。
ジリリリリリリリリリ、ゴンゴンゴン
サイレンが大きく鳴り響くと滑走路が左右に開き、下の格納庫からリフトアップされた黒い機体が現れる。
「うえっ、B-2!! ねえ、流石に爆撃機で会議場行っちゃ駄目なんじゃない、皆んな逃げ出すわよ」
夏子がB-2を見て驚きながら貴子に文句を言う。
「B787 (ジャンボジェット)もあるけど地味だから嫌いなんだよ、それに私の機体はステルス増し増しだから、目視で見える距離まで気付かれないから逃げる暇は与えないよ」
「でもこれって二人乗りじゃなかった」
「ああ、色々いじってあるから10人は乗れるよ、と言うか私が設計し直したからそもそも大きさが違う」
「んん、よく見れば形は同じだけど随分と大きいわね」
「黒夢センヨウ、徹夜でセッティングしタ」
グラマンB-2スピリット、空飛ぶエイとも称される機体は水平尾翼や垂直尾翼を持たない全翼機だ、ターボファンエンジンながら飛行機雲が出ない特殊な加工がされたステルス機で、1機2000億円と世界一値段の高い飛行機としてギネスブックにも載っている、だが生産台数が数十台と少ないので貴子は自分でハッキングした設計図を元に大型化し黒夢専用機として作り上げた。
キュイイイイイイイイイイイイイイ
左右のターボファンエンジンに火がはいると、タービンの硬質な音が大きくなる、腹部下のハッチが開かれるととタラップが降りてきた、そこから中に乗り込むらしい。
「ほへ〜、凄く平べったい飛行機だね、本当にエイみたいだ、こんな形で本当に飛ぶの?」
「ふふ、本来のB-2の2倍近い大きさだけど、エンジン出力は3倍だから速いよ、角つけて赤く塗りたいぐらいだよ、黒夢に止められたけど」
「コレハ、黒夢の機体だから黒でイイ」
「へぇ〜、専用機って格好良いね、いいな黒夢」
「尾翼を持たないから空中での姿勢制御が難しいんだよ、だから黒夢のAIと組み合わせれば完璧なのさ」
「貴子、今度私にも専用機作ってよ、スッゴク速い奴」
「何に使うんだいそんなもの、危なっかしい」
コクピットに入ると前方に操縦席が2席、無数の計器やモニターに囲まれている、黒夢がその右側の席に座った。いつものゴスロリ服だから違和感が半端ない、僕達は増設された後部座席に腰をおろし発進を待つ。
「デハ、発進スル」
グリーンノアの滑走路を加速して行く、フワリと重力から解き放たれると大きな機体が澄んだ青空に舞い上がった。
「ありゃ、翼しか見えない。案外見晴らし悪いなこの飛行機」
こうして僕達は一路会議場のあるタイに向かって旅立つのだった。
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