身勝手な祈り
新しい章、スタートです。
「きみ……が…すぅき、だよ」
「私も!」
自分でもわかる少しぎこちない発音で愛の告白をした私に、君は満面の笑みで頷いて飛びついてきた。
まるで子猫のように小さくて華奢な君は、本当に子猫のように気まぐれで、まるで万華鏡のようにくるくると変わる感情と行動にずいぶん振り回されたっけ。
でも真っ直ぐに私だけに向けられる感情は、人の言葉の裏の裏まで読みあうような世界に生きていた私にとってはひどく新鮮に感じられたんだ。
最初はただの興味本位の暇つぶし。
母国から遠く離れた地で、自分たちとは違う人種を観察しているだけのつもりだった。
だけど。
悪夢にうなされる私を君が抱きしめて、側にいるよと囁いてくれた時。
頑なに見せなかった肌に刻まれた数多の傷を見て、痛かったねと泣いてくれた時。
少しずつ、少しずつ……。
君は私の心の中に入り込んできていたんだ。
嘘がつけない君は、ひとつひとつ自分の秘密を話してくれた。
大好きな人がいたけど、別れてしまったこと。
子供がいること。
いつかちゃんと出来たら、両親に謝りに行きたいこと。
ないしょ話をするように、小さな声で囁かれる言葉は、なぜか子守唄のように優しい響きで極上の眠りを連れてきた。
「きみの子供に会ってみたいな」
うとうとと眠りに誘われながらつぶやく私に、君はとてもうれしそうに笑ってくれた。
そこから始まったのは、まるでおままごとのような幸せな日々。
君の宝物はあまり君に似ていなかったけれど、笑った顔はよく似ていたっけ。
少し焦げた目玉焼きをトーストに乗せただけの朝食も、三人でくっついていないと落ちてしまう小さなベッドで眠る夜も。
夢にすら見たことがない穏やかで平凡な日々で……。
君のお腹に新たな命が宿ったと、少し不安そうな顔で告げられた時は、頭が真っ白になるほどうれしくて、生まれて初めて心の底から神に感謝の祈りをささげたよ。
あまりにも穏やかで平凡で、幸福に頭の中がふやけてしまっていた愚かな私は、なんのためにこの国に来ていたのかすっかり忘れてしまっていたんだ。
少しいびつなおにぎりと甘い卵焼き。赤いソーセージはタコやカニに化けて、フルーツはうさぎのリンゴ。
簡単な、でも幸福を詰め合わせたみたいなランチボックスを持って訪れた公園で、私は現実に向き合うことになった。
君たちを守るためとはいえ、さよならを直接伝えることもできなかった私の不甲斐なさを、君はどう感じただろうか。
自分自身を盾に引き出せた条件はあまり多くはなかったけれど、それでも、この平和な国で君たちが暮らしていけるくらいはできるはずだ。
私が突然姿を消して、君はきっとたくさん泣いただろう。
寂しがりの君が心配だけど、素直な君ならきっと新しい幸せを見つける事ができるはずと信じてる。
愚かな私は、ただ遠くから祈るしかできないけれど。
今でも目を閉じれば、君と過ごした日々を思い出す事ができる。
私の人生の中で唯一光輝いていた時間だったから。
あの思い出があれば、これからも私はこの地獄でも生きていけるはずだ。
あぁ、でも。
もしも願いが叶うなら、一度だけでもいいから、もう一つ増えたはずの僕たちの宝物に会いたかったよ。
お読みくださり、ありがとうございました。




