第51話:例えばこんなアイドルソング
「ポップピッポンピプポップン♪」
帝都の奇病に関しては終わった。何をどうしたわけでもないのだが、呪いを行使していたスターバーが死んだのだから、術式そのものが無かったことになった。もちろん死んでも持続する術式もあるが、今回に関してはスターバーは死ぬ直前に鬼化する誓約を課していたので、そっちにホロウボースは持っていかれた。結果、世界は平和になった……と言えるのかどうかはまた別の問題で。
銀行の運営はかなり順調。というかぶっちゃけ空恐ろしいほどだ。既に王国と帝国の財産の五割強を保有するに至り、王室、帝室ともに俺に対して機嫌を取る始末。銀行が融資すれば国としては軍備に大量の予算を投入でき、逆に銀行がしぶれば国力が衰退する。それほどまでに経済的に王国と帝国は銀行に依存している。結果、「どこかの国と戦争になった場合はどうかよろしくお願いします」とハンドベルとイグナイトが菓子折りをもって御機嫌伺いに来るくらいだ。というか、それは俺じゃなくてギルメートに言ってくれ。
キャッシュカードの利便性についても噂が尾ひれがついて広まり、盗賊に襲われても銀行が財産を保護するというギミックに、大陸中の商人が目の色を変えた。そんなわけで王国と帝国だけではなく、その近隣の国にも銀行を設立することになったのだが、俺はそこまで関わっていない。やるんなら好きにしてくれ、でファイナルアンサー。エデンガーデン連邦ではギルメートとイゲムントが経済的な金勘定について激論を交わしており、銀行支店の開設と、それに必要なマンパワーの確保に必死らしい。まさにどうでもいい。既にギルメートの晩秋には王国と帝国の五割強の財産が保護されていると考えれば驚異的ではあるが。
「十年前の君と私が十年後の今にこうして♪」
さて、で、俺も銀行の支配力そのものにはそこそこ決着がついて。このまま大陸の情勢がキャッシュカードに呑まれても文句はないのだが、そうするとギルメートって大陸の支配者になるのでは、みたいな危惧もないではない。危惧というか、実際にすでになりかけているのだが。まぁギルメートが、その技術力によって正当に報酬を受け取るシステムが確立されただけでも御の字だろう。このままだとギルメート頭取が世界の覇権を握るのだが、その本人からしてエデンガーデン連邦は住み心地がいいらしく。特に引き留めているわけではないが、あっさりと安住していた。いや、出ていくなら止めないのよ?
「それで次はアイドルですか」
そう言ったのはイゲムント。既にネットワークで放送が実現しており。俺も利権的にどうかと思っていたのだが、異世界に利権も何もないだろということで、冬本健先生のアイドルソングをダークエルフのアイドルグループに提供し、歌とダンスで盛り上げてもらっていた。ちなみにセンターはイゾルデだ。今更エルフに戻りたいとか言い出さない諦めの境地に達したイゾルデだが、アイドルへの熱は本物で。歌とダンスは練り上げられていた。
「寝具と美女の術式を、ガーネットに適応させて、アイドルの舞台を特定の端末に流す……ねぇ」
千事略決によって呪力による映像と歌をお届けするのは、それを開発した安倍晴明も凄いんだが。それをアイドルライブの放映に使おうとか思って実現したギルメートもそれはそれで異常。
「君が好き♪ 愛してる♪ アイラブユーでラブミードゥー♪」
エデンガーデン連邦で、アイドルの箱を作り、寝具の術式で音楽を生らす。それから美女の術式で映像化。それをマクロ化して王国と帝国のテレビというか端末に送って、国民にライブ映像を放映。まさにアイドル商売。
「本当にわしが総取りしてもよろしいんですか?」
既にダークエルフアイドルグループ『バーゴストライク』は王国と帝国で大人気を誇り、エデンガーデン連邦からの配信映像は齧りつくように国民が見ているとも言われている。非常に俺にはどうでもいいのだが、アイドル業界で握手会は必須だろうと、そのアイデアを提案すると、それもまた大波乱。握手券は飛ぶように売れ、元々愛らしい容姿のエルフ……というかダークエルフと直接握手されて言葉を交わせる機会に、世の喪男は飛びついた。ニコニコ笑顔で対応しろとは言ってあるが、アイドルマニュアルはイゲムントに伝えてあるので、実際にアイドルを運営しているのは彼である。和風の千事略決も使えるので、アイドルの地方ライブには彼の術式が凄く役に立っている。
ちなみに寝具と美女の術式はギルメートだ。どうやらギルメートは戦闘では役に立たない術式との相性がすこぶるいいらしく、銀行やアイドル家業の千事略決に関しては覚えがすこぶるいい。俺が凹門呪術、ルミナスが凸門呪術を専門にしているので、戦闘には使えない術式とギルメートの親和性は痒い所に手が届くというか。
「ああ、君を思うと夜の夢が♪ そのまま幻に沈みそうで♪」
冬本健先生のアイドルソングはまさに異世界でも通じることが理論的に証明され、この世界にもドルオタという概念が発生することになる。
可愛い服を着てキャピキャピと踊るバーゴストライク。その愛らしさと、神聖さと、パンチラの魔力に喪男の観念はあまりに無力だったろう。俺としては十字を切るしかない。
「さて、そうすると」
次なる商売を考えねば。別にエデンガーデン連邦は樹海として成立して、俺の眷属も順調に育ち、季節に関係なく果実や野菜、穀物がとれ、王国や帝国にも卸しているのだが。
「ふむ」
一番人気は酒。次点でコーヒー。これは喫茶店にも卸しており、エデンガーデン連邦の名物となっている。すでにブラックで飲める人間もそこそこ現れており、カフェインで意識がシャッキリするとご好評。いやカフェイン云々は俺しか知らんのだが。
「握手券だけでも一千万円とかそこら辺の金が動きますぞ」
戦慄しているイゲムントには悪いが。
「利益全取りしていいぞ。銀行ではお世話になっているし。ただバーゴストライクに給料は払ってくれ。それ以上は望まん」
「了解しました。そこは徹底します。しかしこんな商売があるとは……」
王国や帝国にも影響力を持つイゲムント商会。その会長であるイゲムントが、俺に尊敬の眼差しを向けているのだが、まさに勘違いだ。元の世界の商売を悉くパクっているだけである。ダークエルフって可愛い子多いよなぁ、とか思っただけ。もちろん一番可愛いのはルミナスなのだが、彼女をアイドルにするなんてとんでもない。俺と永久就職してくれれば世界は愛に満たされるのだ。ルミナスはまだロリというか、成長できてないところもあるし、ロリアイドルも需要はあるが、彼女を性的に男たちが見ると、その目をえぐり取らざるを得ない……とイゲムントに説明すると返答が難しそうだった。多分本音としてはドン引きなのだろうが、俺と面と向かってそれを言える男ではない。
「ポピポピポッピン私は好きよ♪ ポピポピポッピンあなたも好きね♪」
エデンガーデン連邦の箱でライブして、それをガーネットでお茶の間に。ソレを見つつ酒を飲んでいると。
「ダークエルフぅぅぅぅぅ!」
エデンガーデン連邦の領空侵犯。アバターの俺も聞こえはしたが、既に本体の俺が認識している。本体の俺は大樹故に動けないのだが、フィールフィールドを展開する技術に関しては常に鍛錬中。すでに樹海から王国と帝国の一部、東はドラゴンズピークまで反転領域を侵食していた。まさかそれで文句をつけようって話じゃないだろうな。
相手はドラゴンだった。俺は酒を飲みながら箱ライブを出て、上空を見る。もちろん本体が反転領域で知覚しているので知っている。ドラゴンだ。それもレッドドラゴン。多分超越種の一種だろうな。植物のエルフ。地面のドワーフ。さてドラゴンは?
「責任者を出すのじゃ!」
轟々と大きな翼を羽ばたかせて落下を制止しつつ降下。振動も無くゆっくりとホバーのように降りてドラゴンは地面に安置。さすがに驚いた。多分全高は二十メートルはあるだろう。頭から尻尾迄の全長となると三十メートルを楽々超える。つまり、デカい。エルフやドワーフでは一飲みにされてもおかしくない。
「何か御用で?」
エデンガーデン連邦の代表はもちろんパーフェクトプラントの俺なのだが、そもそもエルフ以外とは話せんのよな。となるとアバターの俺が代表代理になる。
「何か用……じゃないのじゃ!」
「お心を煩わせることをしましたでしょうか?」
術式があるから負ける気はしないが、それはそれとしてこの巨大ドラゴンにブレスを吐かれたらエデンガーデン連邦が荒野になってしまう。そのドラゴンは言った。
「王国と帝国にあんな美味い酒を提供するなぞズルいのじゃ! 余にも飲ませろ!」
あ、そういう話。構いませんけどね。今度は東のドラゴンズピークかぁ。
とりあえず第二章終わりということで。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




