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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第二十九話「マニフェスト・デスティニー」


「まったく、とんだ災難だ。ばかな保安官のせいだ。冗談じゃないですよ、わたしは十五歳の乙女ですよ? ばあさんになってたまるか」

 凛は伸びた髪を解き、しゅっしゅっと櫛といで、結わえ直した。若干長いポニーテールになっている。大淀は、毛先が背中までかかり、ロングヘアーになった。

「おどろいた、あの場所は時間が急速に流れるんですね。特異点というやつか」

「なにそれ」

「通常の物理法則とは異なる事象が生まれる場所で……寝るな、凛。あんたが訊いたんでしょ」

「えへへー、運動したらねむくなっちゃって。ラジオでも聞こっかなー」

 つまみをまわし、ラジオのスイッチを入れる。ばばっと雑音が鳴ったあと、幕府公共放送のチャイムが聞こえた。アナウンサーの声。

「そういうわけで、オリンピックがたのしみですね。敬愛する将軍様のもと、士民一丸となって目標を達成……おや、いま入ったニュースです。アメリカ合衆国公使、ハリス氏が声明を発表するようです。同時通訳でお送りします」

 空のかなたから、轟炸音が聞こえてきた。

 落雷のように一瞬でその音は膨れ上がり、戦闘機が正面の崖の影から現れた。

「うわああっ!」

 大淀はおもわず、身をかがめた。戦闘機は、ごおっ、ぎゅうう――ん、とエンジン音、風切り音を残して、あっというまに後方の空に消えていく。

「な、なんですか、あれはなんですか!」

「落ち着いてください、大淀さん。あれはね、戦闘機ですよ」

 凛がそう答えた。F35戦闘攻撃機。

「そういうことじゃない。ああもう、あなたと話してるとおかしくなりそうだ」

「むっ、それは心外です。だって保安官がいったんですよ?」

「はあ? 言ったって、なにを……」

「言ったじゃないですか、戦争だ、って。あれで終わりじゃないんでしょ?」

 そうだった……。

 ラジオ、米国公使の声明を同時通訳しはじめた。

「すでに周知の通り、わがアメリカ合衆国は、世界の平和と民主主義のため、海外のあらゆる地域で大活躍を行ってきた」

 大淀と凛、聞いている。

「我が国の国是は、自由と人権を世界に広め、いかなる人種も平等に、アメリカ人経営のプランテーション農園で、バナナ、パイナップル、サトウキビ、タバコ、コーヒー豆を作り、死ぬまで働く権利を与えようとするものであります。アメリカと人類の最大の敵は、アメリカン精神を理解せず、邪教を信じる無知で野蛮で強欲なテロリストどもであります」

 しかるに、と通訳者は続けた。

「われわれは、新たな友人国となった日本に、凶悪なテロリスト集団がはびこっていることを遺憾に思うものであります。我が国の優秀な情報機関の調べにより、われわれは、陸奥国会津地方に、大量破壊兵器があることを確信いたしました」

「………………」

 大淀、あたまから汗が出ている。だらだらだらだら。

「われわれアメリカ軍の力は、ものすごい。とにかく強い。最強だ。それはアメリカの敵に天罰を落とすため、神様がくださったのである。いまこそわれわれはその力を行使し、テロリストどもを磔にしてやるぞ。オリンピック作戦、発動! 神はお許しになる。どうもありがとう」

 神よ米国を守りたまえ、の演奏がはじまった。大淀はラジオをスイッチを切った。真顔。

「すごい、うちの里も有名になった。テロリストなんていたかな? 大淀さん」

「あの、えーっと……」

 大淀は目線そらしたまま、助手席の人を指さした。

「えっ、わたし?」


 二人はとりあえず、里に帰った。

 橘家屋敷。帰ったときには、夕方だった。

 空は、戦闘機がびゅんびゅん飛んでおり、空爆の音がときどき遠くから聞こえてくる。

「お城のほうですよ」

 風の具合で聞こえてくるのだ、と凛はいった。

 どん、どん、と対空砲火の弾幕の音も聞こえる。城下では会津藩兵が防戦しているのだろう。鶴ヶ城からほど近い、小田山と飯盛山に会津の高射砲陣地がある。

 日暮れ前に、鶴ヶ城炎上の報告が入った。

「会津藩、関係ないのに……」

 大淀は嘆じた。まったく関係ない。

「わるいのは凛です。凛を爆撃しろ」

 大淀は縁側に身を乗り出して、軒先を飛んでいく戦闘機に言った。

 凛は、めしを食っている。不満そうだった。ちなみに二人とも、髪や爪はもとの長さに整えた。

「なんでわたしが悪いんですか? 言いがかりです。イチャモンです。そういうばかなことはない」

「あのビデオを作ったでしょうが」

 大淀は、テレビでやっている映像を指さした。

 ちなみに、二人が帰ってくるとテレビは映るようになっていた。ただし内容は、アメリカ軍がテレビ電波を乗っ取ったため、アメリカのプロパガンダ放送になっている。

「われわれは、タリバンだ」

「大量破壊兵器がある!」

 炎上する前の保安官事務所で撮ったやつである。ビデオは短く編集され、上記の二つの台詞が繰り返し、繰り返し流されている。

「一人は保安官じゃないですか。わたしが一方的にわるいってことにはならないです」

「なるだろ! 常識的に考えて。ビデオ作ったのはあなたです、わたしは無関係」

「それはおかしいぞ、それはおかしいぞ。のりのりだったじゃないですか。アメリカ帝国主義を打破! と言っていたじゃないですか」

「自らの血におぼれるであろう!」

 そのとき、テレビがその部分を映した。凛、これですよ、という顔。

「そっそれはちがいます、わたしは脅されて無理やりやらされたので、むじつです。無効です。無罪です」

「一度いった言葉は決して取り返せない……。ていうかなに、こいつら? あたしが作ったビデオを勝手にテレビで流したりして。訴えてやるぞ。権利あるんだ」

 そのとき、空冷オートバイのぽんぽんというエンジン音が表から聞こえてきた。偵察に出ていた楓が帰ってきた。

「やってくれたな、おまえたち」

 楓は庭に単車を停め、エンジンを切った。

 ゴーグルをメットの位置に押し上げ、舶来のジャケットを脱ぐ。縁側にぽんと放ると、凛が拾って、衣紋掛けにかける。楓、どかっと尻を縁側に降ろし、編上靴の紐を解き始めた。多少、疲労の色がみえる。

「城のほうでは大変なさわぎだぞ。おまえ、大量破壊兵器を持ってるのか? 早く捨ててこい。そして死ね。わかったな」

「姉さん、ちがうんですよ、誤解なんです、あれは言葉のあやでして、ほんとうは持ってないけど持ってるぞっていうことあるじゃないですか、やる気とか環境への配慮とか。北極のシロクマやペンギンは氷がなくなっておぼれちゃうから今も不安で怯えててたいへんなんですよ、それに比べたら大量破壊兵器を持ってるぞなんてのは小さいことで……」

 うるさいので、楓は凛を畑のなかに埋めてきた。

「星崎に行ってきました」

 大淀がいうと、楓は立ち止まった。

「そうか」

 とだけ答え、土間に降りる。耳だらいに水を汲み、ざぶざぶと顔を洗う。

「盗まれたトラックを探しているうちに辿り着きました。米軍特殊部隊のチームをみかけましたよ。全員死んでましたけど。トラックは彼らが盗んだんです。星崎へ向かうために」

「骨になっていたか」

 楓、ちょっと笑っている。おかしいらしい。

 はい、と大淀。

「あそこは時間の流れ方が普通とは違うようですね。それに、あの幻のような都市」

「禁断の地だ」

 なにかは分からん。楓は手拭いで、ささっと顔の水気を拭いた。

「未来だとか異世界だとか、何かの門、神の国、宇宙の切れ目、いろんなことを言うやつがいる。私にはどうでもいい。そこにあるものはそこにある。気にしなければ何でもない。だが……」

 楓は大淀をみた。見つめ合うかたちになった。

 楓の眼光が、大淀の瞳のなかに入ってくる。

「気になるやつらが外からくる。さわらぬ神に祟りはないが、ばかが、ばかなことをして、災いを受けるのは土に生きる者たちだ。おまえは――何のために来た?」

 涼やかな鳶色の眼が、一瞬、赤く光ったような気がした。

 黄昏時の空の色が、屋敷の外を深紅に染めていた。

 期せずして、鴉が一斉に鳴き、羽音を立てて飛び立つのが聞こえた。

「わたしは、この里の保安官です」

 大淀、答える。

「だからここにいるんです。それだけですよ」

「……ふん」

 ややあって、楓の視線は大淀から外れた。束縛を解かれたように、大淀はひとまずほっとした。楓は縁側に腰を降ろした。

「どういうわけか、凛がおまえに懐いている」

 そういえば、と大淀は思った。心臓の音を聞かれたのだった。楓は軒先に吊してある干し柿を二つ取り、ひとつを大淀に投げ渡した。

「ひとまず信じよう。だが、妙な真似はするな。山で見たことは、凛に話すな」

「あの……」

 大淀はおずおずと、そのことを話した。凛は一緒に行った、というかそもそも、凛の案内がなければ行くことはなかった……。

「ったく、あのばかやろう」

 楓は、はじめて笑った。柱に背を預け、干し柿をぐいっと噛みきる。

 戦争がくる。









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