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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第二十七話「空挺兵」


「多分、どこかの国の特殊部隊だと思います。でも不思議なことに、降下したのって四日前ですよね」

「ん? あ、そうだね。火事があった夜……」

「その間、日時があったわけですが、なにもなかったってのはちょっと変じゃないですか?」

 ふつう、特殊部隊とか空挺兵というのは、降下したあとすぐになんらかの軍事行動を起こす。

 彼らは多くの食料を持っていないし、降下後、一日二日ぐらいが全力を発揮できる期間である。

 だが、四日経っている。

「言われてみればそうですねえ」

 凛は、十五歳の女の子にしてはたくましい両腕を組み、考える顔をした。

「降下したあと、すぐに里を出て、よその国に行ったとか? お城のほうとか、越後に出たとか」

「それはないでしょうね」

 大淀は答えながら、カーブの続く山道を、上手に登ったり降りたりさせていく。

「会津若松にせよ、越後長岡にせよ、そういう大きな城下に出るには街道を通らないといけない。人通りも激しいし、目につくでしょう」

「なるほどね、そりゃあ道理だぜ」

 凛の口調が時々ヤクザ者めいたべらんめえ調になるのは、テレビのせいである。この世のなかの悪いことはすべてテレビかインターネットのせいにすればいい。

「ですから、遠くにはいけないはずです。まだこの里の近くにいる。降下後の目撃報告がないことからすると、山に行った可能性は高い」

「つまり……このあたりってことですか? でも何のために」

「それを調べに行くんでしょ。覚えてますか、例の帳簿のこと」

「はあ?」

 凛は、一人のばかのように聞き返した。大淀は顔をしかめて

「忘れたんですか。浅田保安官、いや元保安官が調べてた金銭記録があったでしょうが。レッド・シーは、どこかの列強のダミー会社です。百万石の大名の年収に相当するような大金を送っていた」

「それとこれとどういう関係があるんです?」

「まず、そんな大金がなんで必要ですか。会社自体もあやしいし、額も大きすぎるでしょ。もし、レッド・シーが特務機関の出先組織で、彼らのねらいが侵攻にあったとしたら……現にいまそれが起きているわけですが、話のつじつまが合う。多分だけど、戦争準備資金だと思う」

「えっ、戦争!」

 凛は、大淀の話の中身はほとんど聞いてなかったが、最後のだけはわかった。それじゃ、戦になるというのか。西洋の軍が攻めてくるのか。こんな草深い里に?

「戦争はもう始まってますよ。気づくのが遅すぎたんです」

 戦にはかならず予兆というものがある。それは金の動きだったり、人の動きだったり、物の動きだったりする。浅田保安官は、それに気づいたのだと思う。だから、特殊部隊が侵攻するような段階になる前に、逃げたのだ。

「でも、こんな里を占領して、どういう意味があるんですかね」

 凛は、どうにもぴんと来ない。首をかしげている。

 そもそも、国防という観念がうすいのだ。

 幕末というと、とかく、志士たちが熱狂した尊王攘夷運動とか、列強の脅威とかの話と結びつきやすいが、当時の大方の人間は、志士的な気分は別に持たず、興味がなかったらしい。特に内陸部では、凛みたいな人は多かったようだ。

 大淀も、軍事については当時の一般的なことを耳学問で知っているのみで、専門家ではないから、このような里を軍隊が占領してどうこうというのは言いにくい。

「分からないけど、なにか理由があるのではないですか。とりあえず、特殊部隊を無意味に送ったりはしないでしょう」

 三陸海岸は、艦船の停泊地にできるところがあると聞いたことがある。

 あるいは北日本沿岸の支配をねらう国があるのかもしれず、本作戦の前の囮的行動として、上陸地点から離れた内陸で騒ぎを起こし、防衛兵力の分散をねらっているのかもしれない。

「空挺部隊が山に立てこもり、空軍が空から援護するというのを、フランス軍の教本で見ましたよ」

「なんだか難しそうだな。うまくいかないんじゃないですか」

 余談だが、フランス帝国はこのころ、メキシコやインドシナでそういうようなことをやり、大失敗している。フランスの戦争下手というのはこのぐらいの時期に始まったものらしい。

 ともかく二人は、先を急いだ。

 推測に推測を重ねていてもしょうがない。理由はなにかあるはずだ。

 そのなにかを探しにゆく。


 山道。

 植物の緑が、徐々に無秩序になってきた。

 木の枝や草花のツタが、乱雑に伸びている。ゆきゆきて、さらにゆきゆく。

 道は細い。左側は山肌、右側は崖。

「ちょうど、あの谷の下あたりだと思います」

 例の村は、という意味である。凛が指さした谷底は、山特有の濃霧が発生していて、白くかすみ、なにも見えない。大淀はしばらくそのあたりに横目を向けていたが、霧が深いためあきらめ、正面に目線をもどした。

 道に、トラックがあった。

 大淀はパトカーを停止させ、ちょっとバックして、カーブしている山肌の影に車を停めた。

「あれですか?」

 凛に訊いた。なんとなく、声音が低くなる。シートベルトを外し、ちょっと身を屈めた。もし敵がいて、いきなり銃をぶっ放されたらたまらない。死んでしまう。

「うん、源さんのだね……。でもおかしいな、あんなボロボロじゃなかったと思う」

 源さんは、盗まれたトラックの持ち主である。

 彼のトラックは里でよく見る軽トラとはちがい、ボンネットの長い大きめのものだった。アメリカ製のピックアップトラックで、赤い塗料できれいに塗られていたのを凛は覚えている。

 目の前のものは、そうではない。

 形こそ同じだが、見ていると鳥肌が立つような錆の塊で、トラックというよりも、もはやそういう形をした鉄くずというほうが近い。

 全体が赤錆に覆われていて、タイヤはゴムがない。

 ガラスは白くなり、なかが見えないぐらい濁っている。

「廃車みたいですね……」

「ていうか、完全に廃車だよ」

 凛は言いながら、車を降りた。パトカーのトランクを開け、ショットガンを取り出す。

「凛、凛、どこ行くんです?」

 大淀は小声。びびっている。凛は銃を持ち、肝が据わった目をしている。

「様子をみてきます。保安官、ちょっと待ってて」

「えっ、見に行くんですか。あぶないですよ、撃たれますよ」

「そんときゃそんとき……。ここは凛ちゃんに任せなさい」

「待ちなさい、わたしは保安官ですよ。こ、ここはわたしが行かないと……」

 強がって言いかけたとき、凛は山肌の上のほうを見上げて縄をなげ、たったっと崖をよじ登って、鬱蒼たる木々のなかに飛び込んだ。やっぱり待っていよう……大淀は呟いた。

 大淀、待つ。

 しばらくして、ボロボロトラックの至近の道に、ショットガンを構えた凛が、すたっと飛び降りてきた。

 銃口を、周囲の道路、トラックのなか、荷台の上、車体の下と向けていき、手際よく点検する。

 ――どうやったら、ああいうのが生まれるのだろう。

 大淀は感じざるを得ない。

 姉の楓にしても、妹の凛にしても、身体能力が高すぎて、ちょっと通常の人間とは思われない。

 凛、歩いて戻ってきた。

 発砲も格闘もなし。

「だめだ、保安官」

 と手を振った。だめ、とは、なんのことだろう。

「死んでます、全員」










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