第二十三話「幕間:日記」
橘ノ庄保安官日記・文久二年八月拾六日
保安官・大淀つかさ、記録。
わたしがこの里にきて二日目をむかえた。
昨日は、本当にたいへんな目にあった。
どうも記憶がはっきりしないのだが、二回くらい死んでいてもおかしくなかったと思う。
公儀より、只簑郡代官所勤務を命じられたわたしは、拾五日昼頃、この土地に赴任した。
話にならないぐらい山が深く、田舎だ。
住民も、おかしな人間ばかり。好戦的な野蛮人の集落が点々と存在している。こういうところだと、人間もほとんど動物と変わりない。
里の首長は、かえでという女性だ。
悪鬼のような武芸の持ちぬしで、武装した二百人の農民を、鉄扇ひとつで次々と倒していくのをみた。念のため言うと、これは一揆ではない。保安官のわたしが責任を問われることもない。
かえでの妹に、りんという娘があった。
こちらも姉ゆずりの古武術使いで、格闘にかけては非常に秀でていた。しかし性格が子どもで、とても身勝手である。
この姉妹の家は、橘という名字と帯刀を許されている。長年、この里の郷頭を出している家らしい。里の百姓は、かえでに従っているが、自分たちの待遇を良くするための機会をうかがっていることは確かだ。
本日昼前、かえでは代官のお召しを受け、外出した。
代官・牧野さまは、ご病気のため、薬物を服用して治療を受けている。里で栽培している薬草は特に効くようだ。
かえでが、その薬草をトラックに山積みにし、出かけていくのをみた。彼女は先日来多忙で、外出が多いらしい。なにをしているのだろう。
早くも江戸のことがなつかしい。利根屋さんは今ごろどうしているのか……。
追記。昨日の火事により、保安官事務所が焼けたため、仮の事務所を橘家の屋敷内に設けることになった。当面、かえで、りんの二人と同じ屋根の下で暮らさなくてはいけない。
最悪な気分だ。
橘家日記 壬戌葉月拾七日
楓之ヲ記ス
朝、来客有リ。代官所与力根来殿来ル。
四半刻滞在、余ト対談ス。
文書類一式ヲ持参シ有リ。昨日代官ノ談ニ有リシ諸々ノ事、詳細ニ聴ク。
前保安官浅田殿逐電ニ及ビシ経緯、共ニ推察ス。所見、大略ニ於テ一致セリ。
星ヶ崎一件、神速解決ヲ要ス。
午後、保安官大淀ヨリ電話有リ。
愚妹、施設改修用ニ与エタル金拾五両、賭場ニテ使用シ有リ。
余、赴テ成敗ス。
殴ルベシ、蹴ルベシ、打ツベシ、殺スベシ。
なつやすみの日記 八月十八日 はれ
名前 りん
すえぞうがあたらしいオノをかったから、にわのまつのきをきっていたら、ねえさんになぐられた。わたしはわるくない。
きのう、ぱちんこにいって、じゅうごりょうまけたので、ふくしゅうにいった。ていねいにはなしたら、わかってもらえたのでよかった。きんこのなかのおかねをぜんぶくれた。いいひとだ。
でも、また、ねえさんになぐられたので、かえしにいった。なんでだろう。わたしのことがきらいなんだ。
ほあんかんは、わたしにべんきょうをおしえるとかいっている。ほあんかんはあたまがいいけど、なにしにきたんだろう。
そういうひとって、ばくふのエライひとになるんじゃないのってきいたら、なんかおこった。ほあんかんは、おんなだからサベツされてるらしい。かわいそう。
ゆうがた、パトカーにのせてもらった。うちのトラックよりもはやいし、のりごこちがいいからむかついた。
ぼちしたのガソリンスタンドでかじだ。なにもしてないのにわたしがうたがわれたからむかついた。ひはすごくもえていて、やまかじになりそうだった。
みんな、やじうまをしにいったけど、はたけにひのこがとんできたらこまるから、わたしはいえにもどった。
ばんをしていたら、グライダーがとんできて、ふじちゃくをしたから、みにいった。
わたしはたすけにいったのに、なかのひとがいきなりマシンガンをうってきたので、かえりうちにしてやった。ぜんぶではちにんのっていた。
そんなグライダーが里のあっちこっちに落ちたらしい。
なんなんだろう。




