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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第二十二話「タリバン」


 準備は、てきぱきと進んだ。

 農民たちは覆面をかぶり、壁にタリバンの黒い旗を貼った。「只簑の聖戦・桜花特別攻撃隊」という波打った書体の白い文字が書いてある。

 大淀は、みている。ビデオを撮ることになったらしい。

「犯行声明ビデオを作るんです」

 タリバンの志士に扮装した凛が、農民にスマホを渡し、ビデオの撮り方を説明している。大淀は手錠をかけられた。

「な、なにをするんです」

「さて、状況説明です」

 旗の前に大淀を引き据えながら、凛は手早く説明を始めた。

「姉さんの留守中、タリバン四百人が里を攻撃。でもわたしの指揮でみんなが戦い、残ったタリバンは保安官事務所を占拠、立てこもったのです。保安官は人質になり、打ち首にされたんだけど、それは嘘だったから生き返った」

「凛さま。その部分は単に、人質になった、だけでよいのでは」

「えーっ、それじゃ首は斬らないの? 首斬りがないタリバンのビデオなんてある?」

「まあ多少クオリティは落ちますが、生き返ったのがあとで説明できませぬ」

「ああ、それもそうだ。しょうがない、首を斬るのは無し」

 ジェイソンがチェーンソーのエンジンを切った。だらだらと出ていた大淀の汗も止まった。

「じゃ、保安官さん。目隠しをしますので、ここで座っててください」

「り、凛」

 目隠しをされるまえに、大淀は背後に立っている凛に振り返り、たずねた。

「座ってるだけでいいんですね? 撃たれたり、刺されたり、斬られたりはないんですよね」

「あはは、やだなあ、そんなことするわけないじゃないですか。ただ姉さんに見せるだけの証拠作りのビデオですよ。カメラが回ったら犯行声明をしゃべってください」

「はあ? あの、わたしは保安官で、人質なんですよね。人質が犯行声明をいうんですか」

 凛は、自主制作のビデオだから、一人で何役もやらなきゃいけないのはしょうがない、と大淀にいった。

「むずかしい言葉を知っているひとが言うほうが、クオリティが上がるじゃないですか」

「はあ。まあ、いいけどね」

 大淀も捨て鉢な気持ちになっている。もうなんでもいい。

 目隠しをされ、手錠をかけられた大淀が真ん中に座り、タリバンの旗を背にした農民と、カラシニコフを持った凛がその周囲に立った。凛ももちろん、覆面をしている。

 ――開始。

 の合図を凛が手で送った。カメラ回った、とスマホを持った農民が言う。ややあって、縛られた状態の大淀がおずおずと口を開いた。

「わ、われわれは、その……た、タリバンだ!」

 すべてアドリブである。声がうわずっている。

「か、神のちからによって、その、聖戦、聖戦を行って、行っていって、神州の民が、尊王攘夷の決戦に集い、勝利するその日、米英の帝国主義者は、笑うべき野望を粉砕され、自らの血におぼれるであろう!」

 そのとき、凛が耳打ちをした。

 ――今度は、人質になった保安官役で。

「わ、わたしはこの里の保安官、大淀つかさです。む、陸奥国・只簑郡、橘ノ庄です。この人たちは、タリバンです。彼らは脅威で、あの、一揆とかではなくて、こわいです。武器もいっぱい持っていて……」

「大量破壊兵器がある!」

 突然、凛が大声を出した。

「ワシントンを木っ端みじんにできる。古い二十ドル紙幣で六十億ドル用意しろ。さもないと大変なことになる。喧嘩売るならファックオフ。ご視聴ありがとうございました」

 凛は首を切るサインをし、カメラを止めさせた。農民が覆面をとり、大淀の手錠と目隠しをとった。

「凛。最後のはなんですか」

「だって、保安官さんばっかり喋っててずるいじゃないですか。おっ、見てください、もう再生数が百人いきましたよ」

「当初の目的をわすれていませんか? 凛、もういいでしょう。楓はそれを見て信じるわけですね。あなたは一揆を招いた無能な統治者ではなく、タリバンから里を救った英雄だと」

「あたりまえですよ。もう完璧です」

 二人は、農民たちと一緒にぞろぞろ歩いて、保安官事務所を出ていった。

「あっ、凛さまじゃ」

「保安官もいるぞ」

 表の一揆勢はざわついた。凛はカラシニコフを、大淀はショットガンを持ち、降伏した農民たちを後ろから追い立てるような格好で外に出てくる。弾薬が切れていることは、一揆勢にはわからない。

 ――凛か。

 広場の中央で竹槍に囲まれていた楓は、妹の姿を認めると、四方の農民がそれによって気をのまれた一瞬の隙を見逃さず、脇差の鯉口を切り、腰を低めて空中に一閃、二閃、三閃、四閃させて、ぱちん、と鞘に納めた。二十人の農民たちの持っていた竹槍が、その穂先を空高く切り飛ばされ、ばらばらと地面に落ちてきたときには、二百本の割り箸になっていた。

「ひええっ」

「降参いたしまする、お許しを」

「わかればよい」

 農民たちは、稲穂が垂れるように平伏し、楓は襟の乱れをもどした。

 凛は、カラシニコフを水平に構え、楓のいるところに向かって捕虜たちを歩かせた。歩かせつつ、

「おまえたち、武器を捨てろ。抵抗する者があると、こいつら全部が死ぬ」

 一揆勢全員に向かい、親切な説得をした。彼らは顔を見合わせ、手にしていた竹槍、熊手、備中ぐわを、ばたばたと捨てた。

「御用だっ、神妙にしろ。手をあたまの後ろで組んでひざまずきなさいっ」

 大淀はショットガンの銃口を周囲に向け、全員がそうするようにさせた。凛は捕虜たちを大淀に任せると、カラシニコフを肩に掛け直し、楓にいった。

「やあ、姉さん、お帰りなさい。いや大変だったですねえ、長旅お疲れさまでした!」

「……………」

 楓は、無言。じっと凛を睨み、その視線の強さだけで凛を殺せそうだった。

 凛、弁解する。

「ちょ、ちょっと騒ぎがありましたけど、いや、だいたい平穏でしたよっ。ちゃんと留守番できたでしょう?」

 凛がそういったとき、保安官事務所の二階部分が、突如、大爆発を起こした。

 ドカ――ンッ! ばらばらばらばら、どっどっどっど……。

 凛と楓の立っているあいだの空間に、ドスッ、と二尺ばかりの焦げた棟木が、煙をたてて突き刺さった。あとでわかったのだが、凛が使ったジェリ缶のキャップが閉め忘れられていて、気化したガソリンがなんらかの拍子に発火したものらしい。

 楓は、憮然とした表情のまま、だまって立っている。

 炎のかたまりとなった保安官事務所は、給湯機のディーゼル燃料も誘爆させ、火柱がボ――ンッという音とともに立ちのぼり、給湯機のボンベが屋根を突き破って飛んでった。

 数秒以内に、事務所の建物すべてが倒壊した。完全に。

「長い人生、いろんなことがあるじゃないですか」

 凛は言葉を重ねた。

「毎日が奇跡の連続です。たとえば、わたしたちが今日、こうして生きているのもひとつの奇跡、地球という緑の星が、豊かな自然のなかで、多くの生命を育み、たいせつな命を与えてくれたのです。これぞまさしく奇跡といえることですよね、そう、この世のすべては偶然で成り立っていると言えるんです」

「あぶない、逃げろーっ」

「火を消せ、早くしろ!」

「うわあっ、消してくれ、たのむ!」

 身振りを交えて長口舌をふるう凛のうしろで、火の玉がごおーっと燃え盛り、逃げまどう群衆が右往左往している。身体に火が移り、燃えながら叫んでいる農民の姿も点々とみえた。

「だからですね、全部は偶然の産物だったんです。なので、わたしはなにも悪くないわけです。怒られることもないですし、殴られるとか、蹴られるとか、埋められるとかのこともありません。わたしたち、宇宙船地球号の仲間として、南極のシロクマやペンギンとともに、手に手を取り合って、たすけあい精神のもと、仲良く暮らすわけです。暴力は何もうまない」

「あーっ! あつい、た、助けてくださいっ、水を、水をはやく、あああああ」

「たいへんだ、保安官が燃えてるぞーっ」

「こっちだ、ポンプ車を持ってこいっ」

 ミニバンを改造した消防団の車が、サイレンを鳴らしながらやってきた。凛は胸に手をあて、

「それでも時には、武器を取って戦わなければいけないときがあります。実は、姉さんの留守中、四千人のテロリストが、この平和な里に牙をむき、邪悪な目的のため、占領しようとしました。しかし、わたしたちはテロには屈しません。彼らは、あの保安官事務所に立てこもり、保安官を人質にしました。ですがわたしは、姉さんに教え込まれた武術の技を生かすときは今と、単身、事務所に乗り込み、次々と襲いくるタリバンをちぎっては投げちぎっては投げ(略)そして保安官の命を助けたのです。だからこれはお手柄だということになり、大統領に表彰され、姉さんに褒められたりして……」

「ご領主、保安官が死にましたーっ」

「うるさいなっ、今わたしが話をしてるんです。これが証拠のビデオ」

 凛はスマホを出し、さっき撮ったタリバンのビデオを楓にみせた。われわれはタリバンだ。

 ビデオが、おわった。

「これでおわりか?」

 楓がはじめて、口を利いた。凛はうなずき、

「はいっ、そしてわたしがそいつらを倒しまして、保安官を……」

「ばかやろー、このやろー、くそやろーっ」

 凛はぶん殴られ、蹴られ、踏んづけられ、埋められた。









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