表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
21/32

第二十一話「目覚め」


 大淀は愛用の十手を握り、防戦にもどった。不思議と勇気が出ていた。

「ポリ公、逃げるな。勝負せえ!」

 バリケードを乗り越え、二階に上がりつつあった農民の肩口と向こうずねに、大淀は鋭く、十手を叩き込んだ。ばしっ、ばしっ。

「ぎゃああっ」

 これにはたまらず、悲鳴があがった。先鋒一番槍をつけた勇敢な農民は、真っ逆さまに階段を転げ落ちた。

「くされ外道!」

 大淀は十手を空に一振りさせ、階下の者たちに講談調の啖呵を切った。生国の訛りが出た。

「おどれら、納税者だと思って甘い顔してりゃつけあがりやがって。警察を舐めとるとショーチしやせんぞ、こらーっ」

 声まで低く変わっているので、農民たちはびっくりした。大淀は長い鉄鎖のついた手錠を左手に垂らし、右手に十手を構え、腰を低くした。ぐっ、と階下を睨む。

「取り締まり本部の大淀じゃい。討ち取れちゅうて取れるもんならとってみい!」

「こんガキーっ!」

 血気の農民数人が、先を争って階段を駆けあがり、大淀に飛びかかってきた。が、それらはたちまち、額に十手を食らい、鎖に足を巻きとられ、または合気道の投げを食らって、いずれも転落した。

「凛、起きなさいっ」

 大淀は一揆勢の一人に十手を叩き込みながら、凛にむかって声をかけた。凛の返事は、ふがーっといういびき声だった。凛は依然、大の字になっている。

「賊が打ち込んできましたよ。楓も帰ってきましたし……」

「ばさっ」

 凛、それを聞いて飛び起きた。ばさっ。

「姉さんが? ど、どこに」

 気が動転した目で、あたりをきょろきょろと見回している。

「起きましたか。楓なら表に……くっ、ちょ、ちょっと凛、たすけてください!」

「しねーっ、しねーっ」

 チェーンソーを持った農民が、得物をブウウウンと振動させ、大淀に切りかかっている。凛は窓辺に立ち、広場の様子をみた。トラック四台が炎上、残骸が散らばっており、半死半生の人間百人以上がごろごろ転がっている。その中央部に、楓もいた。竹槍をもった集団と向かい合っている。凛がそうやって楓をみていると、楓も凛をみた。

 一瞬、目が合った。

 ――や、やばい。

 凛は、あわてて隠れた。吐く息と吸う息が、かなり荒くなっている。凛は数日前、出かける楓を見送ったときのことを思い出した。姉は、こういった。

「留守中、里の差配はおまえに任せておく。民には親切にし、公正を旨とするように。わかったな」

 凛は、こう答えた。

「あはは、わかってますよ姉さん、大丈夫ですって。騒ぎも起きないし、一揆なんかあるわけない。わたしだってもう大人ですし、留守番くらいちゃんとやれます。もしちゃんとできなかったら、木の下に埋めてもらってもいいですよ」

 なんてことだ。凛はぶるぶる震えた。こともあろうに、姉さんがこんなときに帰ってくるなんて。たいへんだ、このまんまでは埋められる。どうしよう。

「やばい、やばすぎる……!」

 凛は顔を覆って、ぶんぶん首を左右に振った。

 そのころ、奮戦むなしく組み伏せられ、回転するチェーンソーを胸に突き刺された大淀は、階段のところで腕を伸ばしてもがきつつ、

「凛っ、た、たすけっ、あっ、ああっ! はっ、はあっ、や、やめっ、凛、たすけ……あっ、ぐえーっ!」

 死んだ。最後まであらがっていた大淀の腕が力を失い、床の上に落ちた。ちゅい――ん、ぶしゅーっ! ばたっ。

「よおーし! 保安官は、くたばった!」

「今だ、凛さまを捕らえろーっ」

 農民たちは気勢をあげ、ばたばたと二階に駆け上がってきた。凛がいる。

「凛さま、縄をかけさせて頂きますだ……あれっ、起きている」

「凛さま、お眠りになられたんじゃねえので」

「ん? ああ、さっき起きちゃった。ジェイソン、わたしを捕まえにきたのか」

「はい」

 チェーンソーを持った農民・ジェイソンが、血がついた刃を回転させたまま答えた。

「そう」

 凛はその場に端座した状態から、脇差の鯉口を切り、瞬間、パチンと鞘に納めた。

「ふーっ……」

 凛が刀を抱くようにして息を吐くと、チェーンソーのベルトが両断され、登り竜のように飛んで天井に突き刺さった。農民たちは平伏した。

「参りました」

「んだな。戦略が破綻した」

「凛さまがお目覚めじゃあ、とっても縄は掛けらんねえでなあ」

「わかればいいです」

 凛は立ち上がり、脇差を帯にもどした。

「みんな怪我はありませんか」

「えーとな、権六が階段から落ちてな、足をくじいただ」

「アロエの皮をむいて貼っときなさい。ほかには?」

「あのな、ほかにはな、保安官が死んだーっ」

「は? あの人、死んじゃったの。なんで」

「しらねえ!」

「めんどくさいなあ。生き返らしといて」

「わかった」

 ということがあり、大淀が死んだのはなかったことになった。前近代、人はよく生き返った。明治になり、人は生き返らなくなった。


 凛は、考えている。

 ――どうやったら、姉さんに殺されずに出られるか。

 すべてを正直に話すという方法もある。その場合、

「あはは、姉さんすみません、一揆が起きちゃいました」

「ばかやろう、このやろう、くそやろう」

 埋められる。

 適当に嘘をついてごまかす、というのもある。

「あ、姉さんお帰りなさい。いまちょっとみんなで遊んでたんですよ。一揆はなかったです」

「そうなのか。私がすきなスポーツを知ってるか? 野球だよ」

 楓がバットを持ち、凛は死ぬ。カキーン、ぼかっぼかっぼかっ。

 やがて凛は、ふと思いついた。ポン、と手を打ち

「おっ、そうだ。タリバンだ」

 といった。タリバンのせいにする。

 大淀は、そのころ目を覚ました。

 なにがあったかを思い出す前に、凛がきて

「保安官さん、タリバンだ、タリバンだ」

 といったので、頭のほうを心配した。脳をやられたのではないか。

「なんのことですか」

「一揆が起きたなんて知られたら、まずいことになるんです。姉さんに怒られる」

「ああ、そうですか」

 大淀は、チェーンソーが突き刺さった記憶のある部分を手で確かめながら起きあがった。凛は多少怒られたほうがいいと思っているから、応答も淡白にならざるを得ない。

 凛は、説得した。目の色が黒い。

「ここにガソリンがあるんですよ」

 手に持ったジェリ缶を揺さぶって、なかに入ってるものの音を聞かせた。

「もし協力を断られたら、とてもショックですよね。まちがってこぼしたり、かけたりしてしまうかもしれない」

「はい、わかりました、やります、やりたいです」

「よかった!」

 凛は百パーセントの笑顔で笑い、ジェリ缶をそこに置き、ダンヒルのライターを懐にしまった。ガソリンを持ったサイコパスと地頭には勝てぬ、は道理の通じない相手と口論してもむだという意味の格言である。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ