第二十話「ゴールデンハンマー」
「どういうことになったのよ」
銃眼の隙間からなりゆきを見守っていた大淀は、眼下の争闘を眺めながら独語した。とんとわからない。
まず、パトカーに乗った女がきて、ロケットランチャーを撃ち込んだ。そこまではわかる。わからないけど、わかることにする。
女はおそらく、橘かえで。情報によれば、この里の農民指導者である。留守にしていた彼女がもどり、一揆を鎮静させるのだ、と最初思った。だが、ちがった。戦闘を勃発させた。
――ものすごい腕だ。
戦いの様子をみて、大淀はあきれた。一尺あまりの鉄扇ひとつが、農民百五十人を片っ端から叩き伏せていく。
楓は、敏捷に動いた。
前線を作らない。
側面や後方へ自在にまわりこみ、戦意の低い者を狙って、ひとりずつ倒していく。
士気旺盛な者は、先鋒に集まる。
「ご領主、覚悟なされ!」
めいめいの道具を手に、打ちかかってくる。が、それはたくみにかわし、相手にしない。一箇所で戦えば、戦意の鈍い者も奮い立ち、数で圧倒され、やがて負けてしまう。
攻撃はかわし、足を払い、つかんでひねり上げ、拳打を見舞う。勢いを削いだところで、迅速に脱出、中軍や後詰に乱入し、手あたり次第に鉄扇を打つ。
打ち込む箇所は、肩口、のど、額、首筋である。
一揆は、ばたばたと倒された。
大半のものが逃げだし、それでも逃げないものは、立ち向かってきた。
「ご領主、覚悟!」
六尺棒をかい込んだ猟師の猪助は、正面から鋭い突きを入れてきた。楓がそれをかわすと、棒の後端に握りを持ちかえ、面をねらって打ちおろす。風が、楓の肩先をひゅんと掠めた。
すると、再び突き。
はし、と楓は受けた。つかんだ。
楓は左手一本。
猪助は腰を落とし、両腕を力ませて、楓の胸板を突こうとする。攻防。ぎりぎり、という猪助の歯ぎしりの音が聞こえた。
「ご領主、パイゼロ中間子の対であるアイソスピン一重項の中間子は?」
猪助の黒々とした目が、楓をじっと睨んでいた。腕の筋肉が小山のように盛り上がり、名前通りの動物に似た顔が上気して赤くなっている。
楓は身体を右に引いて突きを避け、足元を崩した猪助が倒れ込むところを、逆に突いた。
「エータ中間子だ」
「うっ、お見事……」
みぞおちに食らった相手は昏倒し、泡を吹いた。ばたっ。
「うおおおっ」
両手にナタを持った木こり・金七は、それをぶんぶん振り回しながら駆けてくると、そのままの勢いで鋭角に切りつけてきた。ぶうん、ぶうん、と二回、楓の首筋から紙一重の空間を、左、右と刃が鈍く風を切る。金七が次になたを頭上に振りあげたのと同時に、楓のまわし蹴りが胸に入り、重心がずれた金七はどうと倒れた。
が、すぐに起きあがる。
腰を落とし、ナタを二天に構えた。すなわち、左のナタは正眼に、右のナタは上段に。
楓は、八双の構え。
鉄扇を水平に、左手側へ引き付け、柄尻にあたる部分を金七に向ける。
そのまま動かない。待つ――。
金七は、動かざるを得ない。
両手に持った得物が重く、疲労が、楓より早く来る。
動いた。
正面へ突きだした左手の切っ先で楓の動きを縛りつつ、右上段からの一撃で首を打つ。
楓も、その手は予測している。難なくかわし、金七の左手首をとって、鉄扇で丁と打った。
「うぎゃあっ!」
激痛が走り、左手のナタが地面に落ちた。楓の得物が鉄扇でなく、なんらかの刃物であったら、腕が鮮血を噴いて飛んでいる。そうでなくても、充分に痛い。金七は身悶えして、その場に一旦うずくまった。
勝負はそれでついたかに思えたが――金七は粘った。
去りかけた楓のわき腹に頭突きを入れた。
「うっ」
二人とも、その場にどっと倒れた。
たがいに転がりながら、組み打ちになった。こうなると、どうあっても腕の力の強いほうが有利になる。
楓は、下になった。
「ご領主、観念せえっ」
ナタを振りあげた金七の右腕を左手で止めながら、のど首を押さえようとしてくるもう一方の腕をも相手にしなければならない。
――これは、落ちたかな。
まわりの者はふとそう思い、不安にかられる者もいた。
が、楓。
平静な顔である。呼吸も乱れていない。
「水槽の上に、船がある」
楓はそのままの状態で、ナタを持って馬乗りになっている金七にいった。歌うような美しい声である。
「船には一個の巨岩がのっている。この岩を水中へ落とした場合、水位はどうなるか?」
「な、なにっ。それは……」
金七の眼球が一瞬動いたとき、楓は金七の腹へ足をかけ、巴投げにした。投げ飛ばされた身体は広場に積んであった水桶の山にぶち当たり、ボウリングならストライクになる派手さで桶の山が崩れた。
「答えは下がる。岩自体の体積より、岩を浮かべる体積が大きいからだ」
「ぐっ、なるほど……」
金七は握っていたナタを手放し、気絶した。がくっ。
「ご領主っ、一五二九年トルデシリャス条約のとき……」
爆弾ベストを身体にまきつけた鉱山夫・赤兵衛が、起爆装置を手に持って突進してきた。だが、赤兵衛はそのあたりにごろごろと転がっている気絶者の身体に蹴つまずき、倒れた拍子に起爆装置を押してしまった。爆弾ベストが爆発し、楓のはるか手前で赤兵衛は自爆した。
「トルデシリャス条約は一四九四年、おまえの言ったのはサラゴサ条約だ」
「はい、まちがえました……」
黒こげになった赤兵衛は救急車にのせられていった。ばたっ、ぴーぽーぴーぽー。
精鋭多数が討たれたことで、一揆勢の動揺は高まった。農民たちは方針転換を余儀なくされた。
「このまんまでは全滅すっぺ。どうするがや」
「くっ、ご領主とまともに戦ってもむだじゃ。みな、楓さまは相手にするな、とにかく凛さまを生け捕れっ」
「ようし!」
一揆勢は、楓が来たことで一時中止していた保安官事務所への攻撃を再開した。ともかく凛を捕まえれば、楓も矛を納めざるを得ないはずである。
「うわっ、ま、また来たっ」
おどろいたのは、大淀である。再び、こちらが農民たちの標的になってしまった。
しかも、表戸はすでに壊され、ブルドーザーのあけた巨大な穴がぽっかりと開いている。
そこから、備中ぐわや熊手をもった、汗と垢まみれの農民が、濁流のように入ってきた。
「しねーっ、保安官。往生せえや!」
「クソポリ観念せえ、ぶち殺しちゃるーっ」
「わあああ!」
大淀は、すでに銃弾も尽きている。階段を駆け上がってくる農民にむけ、そのあたりのものを手当たり次第に拾い、投げつけて防ぐしかない。
楓は、外にいる。
――凛は、あの中か。
と知ったが、密集隊形をとった竹槍の槍ぶすまに阻まれ、近寄れない。
「保安官!」
と、よく通る声で呼ばわった。
――ん?
突撃してきた農民のあたまに花瓶をぶん投げ、かち割ってやったとき、外からの呼び声に大淀は気付いた。
椅子を引ッつかみ、階下へ投げ落としたあと、大淀は窓のところに行った。
「なんですかっ」
半身を乗りだし、声に向かって答える。すると闇のなかから、なにか銀色の棒状の物体が、ひゅっひゅっと回転しながら飛んでくるのが見えた。
「わあっ!」
とっさに、大淀は手でそれを受けた。右手の中に、赤い下げ緒のついた十手と手錠が握られている。この橘ノ庄にきたとき、地元民に没収されていたものだ。
「返しておく」
広場の真ん中あたりで、竹槍に囲まれた楓がいった。
「身を守れ」
「え……。は、はいっ」
そう言うしかないではないか。




