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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第十九話「つむじ風」


 先にも述べたが、広場には、軽トラ四台が並んで停めてある。

 一揆勢の主立った者らがおり、いわば司令部であった。そのど真ん中に、突如、ロケット弾が打ち込まれた。

 ばしゅっ、どが――んっ!

 という音。

 大爆発が起こった。

「なにごとじゃーっ」

 群衆はわけがわからず、右へ左へと逃げまどった。

「たすけてくれえ!」

「あぶない、逃げろおっ」

 そのうち、燃え盛る火焔がダイナマイトに引火し、軽トラとそのまわりにいたやじうま数十人、犬二匹が消滅した。天高く吹っ飛んだタイヤが地面に落ちてくるまで、三十秒以上もかかった。

「やってくれたな、おまえたち」

 みんなが呆然とするなか、地の底から沸き起こるような低い声が聞こえてきた。大淀もそれを聞いた。澄んだ響きのなかに、鉄の芯を流し込んだような強さのある女性の声。

 ――だれだろう?

 と、大淀は思っただけだが、農民たちの反応はあきらかに違っていた。農民二百人、いや、ただいまの爆発事故で不幸にも死亡した四十三人を除いた百五十七人は、その場に顔色もなく立ち尽くし、おろおろとし始めていた。ついさっきまでの気勢はきれいに消え失せていた。

「私の留守中に一揆を起こすとは、ふざけた連中だ」

 ぱっ――。と、その声付近からフロントライトの光芒が走った。大淀が乗ってきた代官所のパトカーが、いつのまにか停まっている。そのルーフの上から、人影がひとつ、すたっと地面に飛び降りた。光を背にして立つと、すらりと背の高い、しなやかな細い影が闇に映じた。

 風が起きていた。

 ひとつに束ねた長い髪が、墨のように流れている。

「全員、その場を動くな」

 炎上している車列の火焔に照らされた両目が、炎の色に光ったように見えた。農民たちは得物を取り落とす者あり、ぶるぶる震えている者もあり、もう一揆どころではなくなった。彼女はいった。

「待たせたな。私は、もどった」

「ご、ご領主……」

 炎を背にしてゆっくりと歩いてくる彼女の姿は、すべての者を圧した。生まれついての涼やかな表情に火の色を映じさせ、濃厚な陰影をつくりだしつつ、切れ長の両目は、その場に立つ百数十人のうち、だれ一人として見逃さないというように、眼光するどく光り、睥睨している。

 ――楓か。あれが。

 大淀も、いまではそのことに気付いている。

 古武士のようだった。

 白の木綿に麻の袖なし羽織をあわせ、裁着袴と脚絆で足元を固めている。二尺ほどある長脇差を一本だけ帯に差し、髪はうしろに流し、高く結い上げていた。

 そんな、楓。

 肩に掛けていた弾頭発射済みのRPG7ロケットランチャーの発射筒を、農民たちに軽く放った。どさっ、と地面に砂を立てたそれは、まだ熱を持ち、白い煙のすじをうっすらとたなびかせている。

「おまえたち、なにか言いたいことはあるか」

 死ぬまえに、という言葉が言外に匂っている。農民たちは肝をつぶした。

 みな辞を低くして、めいめいに口上を述べはじめた。

「ご、ご領主さま。無事のお戻り、まずはなによりでございまして……」

「一揆など、めっそうもない。なんのことやら分かりませぬ」

「楓さまは、なにか、勘違いをされたのではございませぬか。わしらがしていたのは、その、う、運動会じゃ」

「みな、オリンピックが待ち遠しいあまり、こうしてたいまつを持ち、開会式の練習を……」

 などなど、いろいろなことをいった。楓はそのひとつひとつを聞いては、そうか、なるほど、とうなずいた。

「運動会、なるほどな。それで得心がいった。是吉っ」

「は、これに」

 禿頭白髭の家令・是吉が、闇のなかから進み出て膝をついた。楓は短く命じた。

「読め」

 是吉は群衆の前に立ち、幾重にも折り畳まれた和紙をさらさらと開いて、前置きの口上を述べた。

「ご一同さまに申しあげます。これより手前、読み上げまするものは、本日当家より盗み出だされましたる家財・物品の総覧にござります。では、お聞かせ申しあげます」

 是吉、読んだ。

「4K放送対応液晶プラズマテレビ、ノートパソコン、冷蔵庫、電子レンジ、乾燥機つきドラム洗濯機、ルームエアコン、農業コンバイン各一台、大根十本、トマト十七個、なす十二本、干し柿十六個……」

 農民たちは、ざわざわとなった。楓は右手を腰に当て、彼らを睨んでいる。口元は、笑っている。

 是吉、読み終わった。

「以上、合計点数百二十六点、被害総額、四十五両三分二朱十一文にございます。お嬢さま」

「ご苦労。ずいぶん熱の入った借り物競走をしたらしい」

 是吉は再びひざまづき、元の通りに畳んだ一覧表を楓に両手で差し出した。楓はそれを懐に差し入れると、群衆に一歩近づいた。彼らはその分、ざっとうしろに退いた。

「ば、ばかっ」

 農民の一人がとなりのやつを小突き、小声で難詰した。

「おまえら、ご本家の屋敷まで略奪したのか。このばかやろう」

「わしらは一揆だべ、家を襲うのは当たり前じゃ」

「このあほっ、他の家はともかく、ご領主のものを盗んで、あとでどんなことになるか分からんのかっ」

「ああ、盗んだものは元に戻せ、はやく行けっ」

 農民のうち数人が、他の連中に促され、略奪品を元に戻すために広場から駆け去っていった。楓、見えている。

 が、それらは捨てておいた。

 百五十五人の農民が、あとに残っている。

「運動会を続けよう」

 楓は笑顔でいった。

「次は、なにをするのかな」

「ご、ご領主」

 農民の一人・喜一郎が進み出て、叩頭して言上した。

「あのあの、実はもう、今日はお開きにしようかと。夜も更けて参りましたし……」

「続けるのだ」

 楓は目を細め、にっこり笑ってみせたあと、すっ、とその笑みを消し

「やれ。降伏はゆるさん」

 絶対零度の声でいった。里人の恐怖は頂点に達した。

「うわああっ!」

 農民の一人が叫びながら、水平二連ショットガンを楓に向け、ぶっ放した。

「げえっ!」

 散弾をもろに浴び、喜一郎のあたまが吹っ飛んだ。まったく不幸な事故だった。我々の平穏な日常は、このように尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。我々は事故を減らすため、最大限の努力をしています。

 楓は、いない。

「ど、どこだっ」

 探すまでもなく、宵闇から伸びた白い手が、ショットガンをもつ手首をつかんだ。楓はその手首をひねり上げ、掌底で背を打った。間接がはずれた。

「があああ!」

 まわりの農民が群がって、そのショットガンを奪い取る。銃口を空に向け、があん、と残弾を発射すると、地面に投げ捨てた。

「ばかもん、鉄砲は使うでねえ、ご領主を殺す気か」

「鉄砲は撃つな、鉄砲は撃つな」

 農民のあいだに指示が行き渡り、一揆のなかで銃を持っていた者は、弾を抜いて捨てた。そのかわり、農具、工具、角材、棒を持った。

 楓、腰を低く落とし、パッ、と鉄扇を抜いた。

「試合開始だ、おまえたち」

 乱闘になった。









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