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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第十六話「交渉術」


 ライトをつけ、広場に入ってきた軽トラの数は、四台であった。もちろんそれぞれに多数の農民が乗っている。

 すっかり夜である。

 里の広場には、人工の明かりというのはほとんどなく、光源といえば保安官事務所の白い電気提灯と、二、三の商家から漏れる明かりだけだった。農民たちは軽トラのライトをつけっぱなしにして、保安官事務所を照らしだし、ぞろぞろと荷台や運転席、助手席から降りてきた。みんな、手に何かしらの道具をもっている。

「おいでなすったな。いよいよ幕切れ近いぜ」

 凛は一階の窓から目の高さまで顔を出し、外の様子をうかがっている。口調が股旅物の講談っぽくなっている。

「ど、どんな様子ですか」

 大淀はショットガンを握りしめ、文机のかげに隠れている。凛は答えて、

「喧嘩道具を一式持ったおあにいさんが二十人がとこ雁首揃えてやってきたら、まさか飲み屋の客じゃないです。正確には二十四人」

「だいぶ減ったじゃないですか……。みんな家に帰ったのかな」

「どうかなー。たぶん、これから増えると思う」

 トラックに乗り切らないのが、歩いたり走ったりして、あとから追いついてくるからである。

 農民一揆は、保安官事務所を正面にむかえて、半包囲の形勢をとった。裏にも人数を走らせたかもしれないが、裏手は切り込んだ谷になっているので、大勢は配置できない。

 事務所正面の一揆勢は、横隊である。

「おーい、凛さま」

 中央の農民がちょっと前に進み出ていった。

「保安官も聞きなされ。もう日も暮れたし、続きは明日にしとこうやあ」

 凛は大淀に振り返り、顔を見合わせた。農民は続けていった。

「鉄砲はそこへ置いといて、お二人とも出てきなせえ。家まで送っていきますでよ」

「おい、弥助っ」

 凛は窓を開け、カラシニコフを一発、がーんと農民の足元に撃ちこんだ。弥助、はあわてて列にもどった。

「バウアーちゃんをみて交渉術を勉強しろ。こっちには人質がいるんだ。へたなまねをしたら、ここにいる保安官を撃ち殺す。わかったか」

「ええっ」

 凛が弾の入ったカラシニコフを向けてきたので、大淀は肝をつぶした。

「ははは、単なるおどしですよ。これで連中もこちらの言うことを聞く」

「なわけないでしょう。農民が殺そうとしてるのはわたしなんですよ」

「あ、そうかまちがえた。じゃあ保安官以外のだれかを殺す! わかったかーっ」

「わかり申した、わかり申した」

 つい迫力に押されて弥助はいったものの、なんだか妙なことになってしまったことには気付いている。

「凛さまは、怒らしたらなにをするか分かんねえ人だ。興奮させちゃなんねえ」

「んだな、怪我のねえうちに終わらしたほうがよがんべ」

 農民たちの一人が、弥助に一揆の趣意書を渡した。

「凛さま、これからわしらの要求を言うだ。よう聞いてくりゃんせ」

 弥助、読む。

「まず、小作料の値下げだ。わしらはいま、日にチョコパイ二個の給与で暮らしてるが、これを四個にしてもらいたい」

「おい、弥助」

 となりの農民、文蔵が肘で弥助を軽くつついた。

「四個なんかだめだ。まっと現実的に考えなば」

「ああ……。じゃあ三個だ! それと、集会所にケーブルテレビのアンテナをとりつけること。週に一度、酒と味噌の特配を行うこと。以上じゃ、お分かりか」

「はい、よーく分かりました」

 凛がそういったので、農民たちはちょっと顔を見合わせた。受け入れるという意味だろうか。

「それじゃ今度はこっちの要求をいう」

 一度しかいわねえから耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ、と凛は講談で覚えた伝法な言葉遣いを、舌足らずな声でしゃべった。

「三十分以内ェに、焼きたてのピザ一枚、コカコーラ、アイスクリームを持ってこい。ペパロニとマッシュルームののったやつだぞ、パイナップルとかキムチとかチャーシューとか変なのはお断りだ。コーラはダイエットのやつだ。アイスはバニラにチョコチップをかけたのが食べたい」

「ちょっとちょっと、凛!」

 大淀は、いまどういう事態になっているのか、よく分からなくなってきた。

「なんであなたが要求するんです。彼らは一揆でしょ、これは百姓一揆……なんですよね?」

「だからなんですか。わたしにも言論の自由があるんです。要求を聞いてもらう権利がある。ふりーだむです。おーい、分かったのかー! ピザが来なけりゃ人質を殺す」

 凛は事務所に備え付けられていたスピーカーを使って、外の一揆勢にいった。

「ほかにもいろいろやってやる。核爆弾を起爆したり、ダムを決壊、ジャンボジェットを落としたり、隕石を地球に衝突させる」

 農民たちは、すっかり困ってしまった。

「ほんとに人質がいるのかな」

 もし居たとしたらたいへんだ、ということになった。関係ないものが巻き添えを食ったらかわいそうである。

「なあ、凛さまーっ。人質はほんとうにいるのかね」

 農民の一人が念を押してきいた。

「現在、八十六人の人質がいる」

 凛の答え。大淀はもうお手上げという感じで、文机に頬杖をついて見守っている。

「ピザが五分遅れるごとに、一人ずつ殺していく。猪吉、わかりましたか」

「へ、そりゃもう。わかりやした」

 人質は凛さまのそら言だ、というのが農民のあいだに伝わり、ほっとした空気が流れた。

「よかったよかった、いや、もし人をさらってたら、たとえ凛さまでもお仕置きは免れねえところだ」

 どういうわけだか、里の者はみんな凛がすきであった。なら一揆など起こさなければいいとも言えるが、そこはそれ、人間は矛盾した存在なのだ。一揆の要求は受け入れさせたいが、凛を傷つけたくはない。

 ゲームに勝ちたいのである。

「よし、だれかピザ屋に電話しろ。ペパロニとマッシュルーム、ダイエットコーラだ」

「三ノ吉、凛さまの要求をきくのけ?」

「うん、わしにいい考えがある。電話せい」

「宅配ならネット注文のがお得だべ」

 農民の一人がスマートフォンを取り出し、注文をしはじめた。三十分以上かかった場合は、五百円引きのクーポンがもらえるのだ。









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