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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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渦中へ 4

「ルべリア!!」


「ギュゼル様、ご無事でいらっしゃいますか!?」



 ギュゼルの声に応えたのは確かにルべリアだった。しかし、二階廊下から身を乗り出してこちらを見ているのは長い黒髪を垂らした女性だった。思わずその膨らんだ胸元に注目してしまう。



「今、そちらへ参ります!」


「危ないわ、ルべリア!」



 しかし、白いドレスのルべリアは、ひらりと手摺を乗り越えて壇上に降り立った。靴はなく裸足で、裾から股まで引き裂かれたスリットから大胆に覗く太股(ふともも)(なまめ)かしい。



 いつの間にか乱戦は終わり、皆、降ってきた紅瞳の女を見ていた。



 トマスは取っ掛かりの少ない外壁から侵入してきたルべリアに称賛の目を向け、ハリエットは射殺すような視線を向ける。ユージェニアはようやく現れたルべリアが無事な様子で安堵していた。



「………」



 コルネリウスは、この騒ぎにも動じなかったが、僅かに、ルべリアの瞳を見留めて眉根を寄せた。


「えいっ!」

「あ……!」


 ギュゼルは、セリーヌの脱力した手から毒針を奪うと、壇に敷かれた白い絨毯にその尖端(せんたん)を深く刺し込んだ。


「魔女……」


「!」


「駄目よ、ルべリア」



 ポツリとセリーヌが呟いた言葉に身構えたルべリアだったが、セリーヌの前に身を呈す様にして立つギュゼルの姿に力を抜いた。脱け殻のように茫然と立つセリーヌにはもう誰かを害する力は無いだろうと思われたからだ。



「ぐあっ!」



 騎士の悲鳴が上がる。

 二階の貴族席右翼にて、転がっていた(ワンド)を手にした一人の男が囲んでいる騎士たちを振り切って身を乗り出し、その先をコルネリウスに向けた。



「【竜…咆(りゅう ほう)】…!」



 キンバリー伯爵が【障壁】の魔術が生み出した虹色の膜は、大も小もすでに失われていた。(ワンド)から噴き出た火球が壇上に熱波を散らす。ギュゼルは思わず両手で顔を覆った。



 コルネリウスも「これで終いか」と思ったが、火球は破裂することなく、差し伸べられたルべリアの右手に消えていった。同時に、ルべリアの背に蜻蛉(かげろう)の羽ような形の焔が六枚、花びらのように咲いた。



 目を見張るような光景に、誰もが言葉を失った。



(素晴らしい……! 無詠唱どころかトリガーさえ必要ないとは!)



 ただレイヒだけがこの幻想的な乙女の(わざ)が、常人には為し得ない奇蹟だと知っていた。うっとりとルべリアの羽を見詰める魔術師(レイヒ)の手は喜びに震えていた。



(可視化した魔力羽(まりょくう)なんて初めて見ました……しかも最大数の六枚。桁違いの魔力です……。やはり、わざわざここ(アウストラル)まで来た甲斐がありましたね)



「ば、かな……!」

「こいつめ!!」



 男が驚愕に声を詰まらす。(ワンド)を用いたその男は近衛騎士の槍で突き殺された。断末魔の悲鳴が長く尾を引く。



「コル……ネリウスに、死を……!」



 その最期の呪詛(ずそ)もコルネリウスの鉄面皮を崩すには至らなかった。これで騒動は終わりかと、ギュゼルが広間を見渡したその時、不自然に壁際に身を寄せたダヴェンドリ公爵を見留めた。そしてその側に倒れ伏すキンバリー伯爵の姿も。



「あぁっ!」



 小さな声だったが、それにより全員の視線がダヴェンドリに向いた。



「死なば諸共よ……燃え尽きろ!」



 ダヴェンドリの手元には仕掛けを操作するレバーがあった。それは既に動きはしない。だが、ダヴェンドリは仕掛けが動作しないと知るや、油が出てくる溝をこじ開けていたのだった。広間に油は広がらずとも、内部の仕掛けに火が点けば城は焼け落ちる。



「【発火】!」



 力ある言葉と共に、ダヴェンドリが()めていたもう一つの指輪が輝く。内側に回された紅玉ルビー、そこから炎が上がり、ダヴェンドリは掌を仕掛けに向けた。



「!!」



 ダヴェンドリを抑えようと飛び出すユージェニア、トマス、ピアス。



 だが距離がありすぎた。ダヴェンドリが嗤う。



「もう、終わりだ!」


「させません。わたしの前で炎を使うなんて……無駄と言うものですよ」


「なっ……!」



 ルベリアが右手を振るうまでもなく、魔道具から生み出された火は掻き消えた。



 どんなに優れた術士でも、術を用いるには集中が必要だというのに、この女はまたもや炎を操ってみせた。



 信じられないものを見る目でダヴェンドリは彼女を見、そして呻いた。



「魔女め……!」





◇◆◇





 ダヴェンドリは捕らえられ、それに従った者たちもまた拘束された。魔道具を所持していないかを念入りに調べられた上で連行されていく。セリーヌもハリエットによって検められたが、その場に留め置かれた。キンバリー伯爵は刺されていたがレイヒの術ですぐに治った。覚束ない足取りながら国王の側に控える。



「ルベリア、ありがとう……!」


「ギュゼル様……ギュゼル様!!」



 ルベリアはギュゼルをひしと抱き締めた。二人の頬を涙が伝う。



 離れている間に色んなことが起こりすぎて、隔たった距離を埋めるためにはこんな抱擁では足りもしない。



 だが、ルベリアは腕を緩めてギュゼルを離した。



「ルベリア?」


「すみません、ギュゼル様。これでお別れです」


「えっ……?」


「もう行かなければ。どうか、お元気で」


「そんな、駄目よ。行かないで! もう魔女だなんて呼ばせないから!」



 紅い瞳に優しい光をたたえたままルベリアはゆるゆると頭を左右に振った。



「わたしは災厄です。このままここに留まれば、王都を焼き尽くしてしまうでしょう」


「そんな……!」


「アウグスト殿下を待ちなさい、ルベリア。殿下ならばどうにかできるかもしれません」



 国王の前であることを考慮したトマスが固い言い方で口を挟んだ。彼としてはここでルベリアを行かせるわけにはいかなかった。遠くで狼の吠えるのが聞こえる。



「ああ……! もうお別れです。わたしを行かせてください」

「ルベリア! 別れるなんて嫌よ!」



 白いドレスをギュゼルの小さな手が掴む。

 困ったようにルベリアは微笑んだ。



「お姫様、我儘はいただけませんね。彼女の背中を見てごらんなさい、今にも爆発しそうに、(よう)()が羽になって揺れている。貴女が引き止めれば彼女自身も灰になるしかないのです」


「!!」



 人垣を割って入ってきた魔術師(レイヒ)の言葉に、ギュゼルはルベリアを見上げた。そしてそれが真実であると悟ると、ギュゼルは手を離して一歩下がった。



「帰ってきてね、ルベリア」


「……優しいお言葉、嬉しいです」


「約束、してちょうだいよ……」


「嘘は口には出来ません」


「嘘じゃない! 希望よ……。希望も口には出来ない?」


「ああ、ギュゼル様……。貴女様のお側に居たかった……!」


「ルベリア!」



 踏み出そうとするギュゼルをオーリーヌが引き止めた。



「お母様!」


「ルベリア、今までありがとうございました。タンジー婆やはここには来られなかったけれど、彼女も貴女の身を案じていました」


「……怒られてしまいますね、わたしは。奥様、さようなら。お元気で」



 ルベリアが身を翻す。



「ルベリア!!」



 ギュゼルが叫んだ。

 ルベリアは一度だけ足を止めたが、振り返らなかった。

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