渦中へ 1
ギュゼルはパレードを終え、控えの間に居た。緊張した面持ちのギュゼルが握りしめた手の上にハリエットが手を重ねる。
「ご安心ください。姫殿下の身は私と、宮廷騎士のユージェニアが守りますから」
「ルベリアが、来ているの」
「……ええ、そのようですね」
「私を助けに来てくれたのかしら」
「…………」
「ねぇ、私は命を狙われていると思う?」
「私には分かりかねます」
下を向いたままポツポツと語るギュゼルに、ハリエットは固い答えを返すだけだった。
「王太子殿下が全て善きように取り計らってくださいますよ」
「…………」
(でも、それは結局テオドールお兄様にとって善きようにであって、私やルベリアにとって善きようにとは限らないわ……。
セリーヌお姉様がアウストラルの転覆を望んでいるという話も、ご本人から聞いたわけではないのですもの、どこまでが真実かなんて私には分かりようがない)
ふと、ギュゼルはアウグストのことを考えた。意地悪なアウグスト、作り笑顔のアウグスト……。仔犬をくれた、ルベリアに無理を強いた、ルベリアが贈り物をしたいと頑張っていた……。
『ルべリア、ルべリアはアウグストお兄様のことをどう思っている……?』
ギュゼルの問いに、ルベリアは微笑んでこう答えた。
『あの方は、ギュゼル様とわたしのことを考えてくださっています。良い方ですよ』
それはそのとき質問した意味とは全く噛み合っていなかったけれど、今になってルベリアの言葉が心に染み入ってくる。
(アウグストお兄様は、今の状況を見たら何と仰るかしら? きっと高笑いなさるでしょう。けど……、けどきっと助けてくれるのではないかしら?)
そして魔女として追われているルベリアを救ってくれるのではないかしら、とギュゼルは考えた。どんな方法で成し遂げるのかなど、幼いギュゼルには分からない。しかし、アウグストならばルベリアの窮状を何とか出来るのではないかと期待した。
ルベリアが王都に留まっているのは、自分を助けるためだとギュゼルには思われた。ルベリアは捕まったら処刑されるのも覚悟の上で王都に居るのだ。
『ギュゼル様!』
ルベリアの声がギュゼルの胸の裡に響いた。かあっと心臓が熱くなる。
(来てはいけないわ、ルベリア)
城には危険が、そして城の外にはテオドールが手ぐすね引いて待ち構えているのだ。
「ギュゼル様、じきに入場です」
「え、ええ。分かったわ、ありがとう」
ハリエットの言葉にギュゼルは物思いをうち破られた。
王太子も第二王子も欠席の成人の儀なんて茶番劇だ。それでも舞台に上がらなければ真相はずっと黒い幕に覆い隠されたまま……。ずっと命を狙われ続けることになる。ならば。
「私は行きます。ハリエット、供を頼みます」
「勿論です。お任せを」
◇◆◇
成人の儀が行われるのは、「裁判の間」「大広間」「謁見の間」と様々に呼ばれているが、正式名称は「天秤の間」という場所であった。
天秤の間は二階部分まで吹き抜けで、天井がかなり高い。二階は高貴な人物が座る席と、ぐるりと囲む廊下、楽団の席しかない。一階は両開きの大扉から入り、左右に下級貴族や招待客の座る席が設けられた黒の絨毯を敷いた道を歩いていくと、中央に床から一段高い舞台がある。
弛く弧を描く、半円の両端を切り落としたようなそれは白地に精緻な模様織りが入った絨毯に覆われている。奥行きは十三フィートから最も突き出た半円の先が十三・五フィート、横幅は五十フィートあった。
舞台の左右からは階段が伸び、二階部分には入り口から向かって中央に王族の席、両翼に貴族席がある。それらの席からは出入り用の階段の他にも舞台に繋がる階段と、二階廊下に抜けられる。今日はどこにもかしこにも国王直属、国王とその家族だけを護る近衛騎士が配置されていた。
一階には騎士たちがひかえている。普段は下級騎士がその任を負う警護を、今日だけは城に勤務する上級騎士が行うことになっていた。しかしそれをトマスが自分の部下である影の騎士と入れ換えている。ユージェニアもまた同様に、ギュゼルにつけられた仮の騎士団を解体し入れ換わっているのだった。
敵側はと言えば、招かれた客の大半がダヴェンドリ公爵とセリーヌの用意した刺客に換わられており、貴族席の警護の騎士もまた、彼らの手駒である。
ギュゼルは一歩入ってその異様な気配を感じ取った。血の気が引き、足が震える。慣れない重みで取り落としそうになった杖がギュゼルを正気に戻した。
(いけない……。私が取り乱してもどうにもならないのに……)
ギュゼルは二階中央に座るコルネリウスを見た。
(お父様はどうお考えなのかしら……)
ギュゼルはセリーヌの反乱を知った際にこっそりとコルネリウスにだけ打ち明けたときのことを思い出した。コルネリウスは驚いたようでも悲痛そうでもなく、ただギュゼルの言葉に頷いたのだった。
それがどういう意味なのか、ギュゼルには理解できず、また、聞けもしなかった。
コルネリウス国王の側にはエヴァンジュエル、トリシア、セリーヌ、そして……沈痛な面持ちのオーリーヌの姿があった。
この中で本当に何も知らないのはトリシアくらいだろう。彼女は立派な支度のギュゼルを見て、誇らしさに顔を赤らめていた。彼女の中では、ギュゼルを飾り立てたことでギュゼルの、ひいてはコルネリウスの寵愛を買ったつもりなのだろう。
(トリシア様……。どうか、この儀式が酷いものになりませんように。アウグストお兄様、早く来て、滅茶苦茶になる前に助けてください)
ギュゼルは目を閉じて祈った。
キョロキョロと見回してアウグストやルベリアを探したい気持ちを押さえ込んで、ギュゼルはゆっくりと聖典色の道を歩き始めた。
キリが良いところで次回へ。アクションは守備範囲ではないので、……頑張ります。




