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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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ギュゼルの成人の儀 2

 ギュゼル様の成人の儀式を是非とも見に行きたいと言うわたしに、最後まで反対したのはイザヨイだった。



「ダメダメ、絶っ対、ダメ!!」



 咬みつかんばかりに牙を剥き出しにしてイザヨイは吠えた。アデレードさんはそんなイザヨイの後頭部をペシンと叩いていたけれど、お勤めのお嬢さんたちは遠巻きにしていた。



 威勢は良いけれど、イザヨイの威嚇は本気で咬もうという気持ちが入ってないので怖くなんかない。



「どうか、行かせてください。ギュゼル様の身に何か起こったらと思うと……矢も盾もたまらないのです!」


「う、そりゃそうかもしれねぇけど……」


「こんなときに成人の儀式なんて、おかしすぎますよ! これは罠なんです、ギュゼル様と陛下が狙われているんですよ? 行かなくてはならないんです!」

「アンタだって危なくなるじゃねーか、一人でなんか行かせられねェ! 何かあったらトマスさんと殿下に殺されちまうよ!!」



 狼のような外見のイザヨイはおおっぴらに王都を歩けない、それは承知の上だ。わたしは護衛などしてもらうつもりは最初からなかった。むしろわたしがギュゼル様をお守りするのだ。



「イザヨイ、守られねばならない程にわたしは弱くはないつもりです。それに、今なら出来ることも……」


「だけど!」


「イザヨイ、おやめ。ルビーが行くと言うんなら誰にも止められないよ。大体、本気で閉じ込めておきたいならトマスが自分で見張ってるさ。アイツも期待してるのかもしれないよ、ルビーの働きにさ」



 アデレードさん……。

 優しい言葉に胸がじんわり熱くなる。



「ぐぅぅぅ! 分かったよ、オレも行く!」


「えっ?」


「イザヨイ、アンタ……」



 イザヨイの思いもよらない言葉にわたしもアデレードさんも驚いた。イザヨイは狼に似た外見の種族だ、ニンゲンの領域、しかも王都では姿を極力隠して生きているはず。パレードなど雑踏に紛れるとはいえ、見つかって騒ぎになったら辛い思いをするのはイザヨイだ。



「オレが守る……。殿下がアンタを任せるって、守れって言ったんだ。アンタが行くならオレも行く!」


「ならば……。お願いしましょう、イザヨイ、ついて来て下さい」


「ああ!」


「ならアタシも行くよ」


「アデレードさん!」


「アタシだって、足止め役くらいならこなせるさ」


「あ……、ありがとう、ございます……!」


 わたしはアデレードさんに深く頭を下げた。

 ギュゼル様が挨拶をなさる式典は四の鐘が鳴り終わってからすぐに始まる。わたしたちはそれまでに人混(ひとご)みに紛れるような格好に着替えるのだった。イザヨイの変装が一番大変だったのは言うまでもない。



「ルビー、髪は結い上げなくて構わないのかい?」


「はい。今の私の身分は騎士ではありませんし、結う資格はないです」


「そう? それならいいけどね」


「アデレードさんだって下ろしたままではないですか」


「アタシはこの仕事好きだしね~?」



 髪を結い上げることが出来るのは、公民と呼ばれる身分以上の女性の特権だ。未成年、外国人、公民として認められない夜の職業婦人たちは髪を結い上げたりは出来ないのだ。



 着慣れない派手な妓女の服に、黒髪の鬘を着けてもらい、これで外出用のフードつきマントを被ればわたしの変装はバッチリだ。ただし、いつものブーツではないので戦闘には注意を要する。



 黒く染めた絹靴下(ストッキング)に、丈だけは長いものを用意してもらった深い襟ぐりの薄物のドレスは黒と白の聖典色だ。袖がないので肩から剥き出しであること、丈が長いので踏んづけて破かないようにすることの二つが注意点だ。ローブは厚手のものでぶどう酒色をしており、黒い絹で刺繍が入っていた。裏地もしっかりしており高級品であることは間違いない。……気をつけよう、弁償できるか分からない。



 一方、アデレードさんはぶどう酒色の大胆に胸元が開かれたドレスで、しかもスカート部分が太ももを強調するような短さの、しかし前面から流れるようにくるぶしまで伸びた変型ドレスで大変眼福(がんぷく)……じゃなかった、目の毒だ。



 かかとの高いミュールに足を包み、紅茶色のマントをばさりと肩から背中へ流している。クセの強い黒髪には真珠をあしらった髪飾りが輝き、濃い色の唇がぷっくりと(なま)めかしかった。



「さあ、準備が出来たら行こうじゃないの」


「アデレードさん、一つだけお願いがあります……」



 それは、これから行おうとしている事には絶対に必要になるものだった。





◇◆◇





 広場には様々な職種の人々が集まっていた。老いも若いも、アウストラルの国章を縫い取った垂れ幕で飾られた木製の壇を見上げている。



 やがて重々しく厳めしい声がギュゼル様の名を呼び、壇上に鮮やかな赤に身を包んだギュゼル様が静々と姿をお見せになられた。



 日に輝く結い上げた髪は眩いばかりの黄金だ。白い肌を頬だけ薔薇色に染めたギュゼル様は、微笑みを浮かべながらゆっくりと挨拶をなさった。



 その声が、微笑みが、全く変わっていないことに涙が滲んでくる。飛ぶように過ぎていった温かく優しい日々が思い起こされる……。



 ギュゼル様……。

 貴女様の成人姿をこの目で見られて、わたしの心は望外の喜びに満ちています。どんな敵であろうとぶちのめせるくらいに力の高まりを感じます!



 声を上げて、「わたしはここです」と叫びたい。駆け寄って、抱き締めて、その大輪の花のような笑顔を間近で拝見したいのに……。



 祝いの言葉すら掛けられず、ただ貴女様を眺めているしか出来ないなんて。悔しい……。


 わたしの身分が低いから……、魔女として追われているから……、いえ、そもそもお側に居られたことが分不相応な幸せだったのでしょう。



「わたしの姫……」



 挨拶が済んで、ギュゼル様はパレードのために壇の脇にある天幕に入っていかれた。城へ向かうのだろう、敵が現れるなら城に違いない。



 可愛い、可愛い、わたしの姫様。

 絶対に、誰にも害させたりなんてしません! 戦いはこれからです!

次回ヤンデレ注意報…です!

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