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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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ギュゼルの成人の儀 1

 告知の翌日に開かれたというのに、ギュゼルの成人の儀式には多くの民が集まった。主要な貴族はほとんど王都に居たこともあり、儀式は欠くものなく行われそうだ。



 城下町の広場は、お披露目の会場に早変わりしていた。ギュゼルはここで挨拶をし、大通りをパレードして城へ戻る。そして先日裁判を開いていたのと同じ、儀礼用の広間で成人の冠を授かるのだ。



 今日のギュゼルは深紅の絹織りの、布をたっぷりと使って美しいひだを作り出した、袖なしのドレスを身に着けていた。それにはまるで涙のように光る真珠の粒が散りばめられており、一歩動くたびにきらきらと虹を零すのだ。



 ふかふかの白い毛皮で縁取られた深紅のマントが背を覆い、ドレスと一体化してギュゼルの小柄な体をさらに華奢に見せている。



 結い上げた金の髪もまばゆくばかりで、まるでここ最近の暗い空気を(はら)うためにアウストラルに遣わされた太陽のようだった。



 ギュゼルは設置された壇上に立つと、ゆっくりとだが確かな良く通る声で聴衆へ向けて喋った。



「皆様、(わたくし)、三の姫ギュゼルは本日このアウストラルの正当な後継者の一人に加わることになりました。(わたくし)は本来ならばまだ成人として認められぬ歳ではありますが、冠を戴くのに早すぎるとは思っておりません。


 この体にはアウストラルの血が流れております。(わたくし)は持ち得るすべてを()って、この国の民のために尽くしたいと思います」



 ギュゼルの真摯な言葉に聴衆は深く耳を傾け、ギュゼルが(こうべ)を垂れると割れんばかりに沸き立った。好意的な拍手の中、三の姫はパレードの準備のために、一度天幕に入っていった。



 城下町はこれから祭りのような様相になるだろう。国王の指示で店々が祝いの品を配り、普段は決して値下がりしない品も安く提供される。国にとってはこれらの催しは民のためのガス抜きだ、民にとっても上から与えられる褒美のようなもので、成人の儀式などただの名目に過ぎない。そんな中、ギュゼルはこの短時間でよくぞ人心を掴んだと言えよう。



 テオドールは天幕に戻った妹を(ねぎら)った。



「ギュゼル、素晴らしい挨拶だったよ」


「テオドールお兄様、ありがとうございます。ちょっと、疲れました」



 小さく溜め息を吐いて、ギュゼルは笑顔を作った。

 まだ、挨拶が終わっただけだ。これから馬車でパレードをして、それから儀式を執り行う。それが終わっても国政にかかわる貴族たちとの顔合わせを兼ねた舞踏会がある。まともに食事する余裕も座って休む余裕もないだろう。



「昨日の今日でよくこんな大きな催しになりますわね。(わたくし)には信じられません」


「慣れさ。楽団は毎日城に詰めているし、今日より小規模な夕食会はずっと欠かさず行われてきた。人を増やせばこなせないことはない。そのための人員を城下町に確保しているのさ」


「まあ……」


「アウストラルは豊かな国だと内外にアピールするための、これも貴族の仕事だよ」


「…………」



 仕事だと言いながら、テオドールの口調は軽蔑しきっているものに聞こえた。ギュゼルはそれを見て複雑な気分だった。この兄は、黒を身に付けるようになってから笑顔の仮面を外している時がある……。



 そう、王太子殿下は今日も黒の礼服だった。闇夜のようなビロードのローブには刺繍を施した絹のリボンが縫い付けられている。足元の編み上げのサンダルまで隠れそうなほど、裾が長い。フードを被れば黒術士かと見紛うくらいだ。しかし、胸に下がった金のメダリオンで王家の正統だと一目で分かる。



 ギュゼルは自分に与えられた(じょう)を握り締めた。

 広場での挨拶に同行してくれたのは、護衛の騎士を除けばテオドールとハリエットだけだ、ここで礼を言わずにいつ言うのか。ギュゼルはテオドールの目的がルベリアを探すことだと分かっていても礼を言いたかった。



「お兄様、あの……」



 ギュゼルが勇気を振り絞った言葉を口にする前に、テオドールは抑えきれぬ興奮を宿した声で小さく呟いた。



「見つけた……」



 間違いない、あの瞳……、あの輝きを間違える筈がない。

 なぜかフードの内側は長い黒髪だったが、そんな変装ごときで誤魔化されるテオドールではなかった。



「ルベリア」


「えっ、ルベリアが? どこにです?」



 ギュゼルも天幕の隙間から聴衆を見渡すが見つからない。あの赤い髪はどこに居たって目を引くというのに……。ギュゼルは泣きそうになりながら探すが、やはり見つけられなかった。



「ギュゼル様、馬車の用意が出来ております。パレードの列へお進みください」


「待ってハリエット、待って……!」


「ギュゼル様……」



 ハリエットはテオドールを伺い、彼が顎で示した「連れて行け」との指示に従ってギュゼルの腕に触れて促した。



「お兄様、ルベリアはどこに? 見つからないの……、見つからない……!」


「ああ、泣かないでギュゼル。僕が必ず連れてきてあげるよ」


「でも……」


「何があってもハリエットから離れるんじゃないよ。いいね」


「……はい、お兄様」



 ギュゼルは不満を押し殺し、ハリエットに連れられてパレードに向かった。天幕と聴衆を名残惜しげに一度振り返ったが、幼い姫は心を殺して公務に戻った。白い(かんばせ)に笑顔を浮かべ、千切れんばかりに手を振って、黄金の姫は馬車で城まで運ばれていった。

王家が持つ象徴物について


剣:風の象徴、アウグストがかざしている。

杯:水の象徴、セリーヌが掲げ持つ。

金貨:土の象徴、テオドールが提げている。

杖:火の象徴、ギュゼルが構え持つ。


ちょうど四人いるので分けて持っているけれど、足りないときには王の配偶者が持つことになる。


因みに水=愛=ハートなので、プレイングカードのスートにすると順に、

スペード、ハート、ダイヤ、クラブ。これは「ナポレオン」で強い順か…。


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