王宮の闇は深く
明日14日木曜日は更新をお休みさせていただきます。
「お父様、ギュゼルを成人させなさってはいかがかしら?」
裁判に無理やり判決をつけて、コルネリウス国王は家族と午餐を摂っていた。正妃オデッサの居ない今、その席にはギュゼルが座らされていたが、それに文句をつける者はいなかった。なぜなら、誰もコルネリウスの機嫌を損ねたくなかったからだった。
そんな中、セリーヌが思いがけないことを言った。
ギュゼルを、成人させると?
「それは良い! 僕は賛成だよ」
誰かが何か言う前に、王太子テオドールが立ち上がり手を打った。コルネリウスは無言で二人を見返したが、心中ではそれも已む無しと考えていた。
ギュゼルの成人にはまだ二年早い、しかし、今さら冠を脱いで元のようにしろとは言えないのだ。明日では性急に過ぎるが、あの裁判の惨事を慶事で塗り替えられるならそれは、ギュゼルの成人の儀をおいて無い。
(しかし、この二人からの提案とは……)
コルネリウスには、セリーヌとテオドールが妹への好意から言葉を発したとはどうしても思えなかった。
「急な話だ……」
「ええ、承知の上ですわ。しかし、今日の裁判の荒れようをご覧になったならば、早急に手を打たねばならないとお分かりの筈ですわ」
「そう、それに……、母がいつ戻ってくるか……」
テオドールの言葉にコルネリウスは渋面を作った。
その通り、オーリーヌとギュゼルを嫌い抜いているオデッサが戻れば、二年後ですら果たしてギュゼルの成人の儀がまともに行われるか危うい。
「私も、早い方が良いと思いますのよ」
一同は虚を突かれたように発言の主を見た。
それは誰もが気にかけていなかった人物、アウグストの生母であるトリシアだった。
「ドレスは私が揃えましょう。玉をあしらったとても良い品を持っておりますのよ。ドレスがあれば、後は何とかなりますでしょう?」
トリシアは自慢気に微笑んだ。
テオドールもセリーヌも、侮蔑を巧く隠してトリシアに微笑む。どうやらただのお追従らしい。だが、トリシアの後押しでコルネリウスの心は決まったようだった。
「ならば、明日執り行うとしよう。触れを出せ」
「はっ!」
近衛の一人がこの決定を文官に伝えに行くようだ。遅くとも最後の鐘には城下町以外にも触れが届くだろう。
(ふふ、これでお終いよ、お父様……)
セリーヌは毒の微笑を扇に隠した。
恋しいひとを待つかのようにアイスブルーの瞳が輝きを帯びて、頬が紅に染まる。その美しさは近衛の騎士たちを魅了した。
(さて、そう上手くいくかな、セリーヌ……? ルベリア、待っているよ)
テオドールは黒衣の袖に隠し持った太陽の意匠にこっそり口づけた。捕らえた女の衣を引き裂く様を思い浮かべて、その瞳が情欲の炎に煙る。
そんな二人の様子に勘づきはするものの、コルネリウスは詮索しようとは思わなかった。最終的には近衛の力で叩き潰すつもりだったからだ。
この男は外交によってアウストラルを富ませてきたが、そのやり口は慈悲のあるものではなかった。それがただ政治を執る上だけならば、賢王と呼ばれるに相応しい人物だったろう。しかしコルネリウスは、自分の家族に対しても同じく利益だけを求めたのだ。
無関心と放置。仕事だけは押し付け、褒美として与えるのは愛情ではなく金。政略としての結婚を支度し、地盤を固める……。
そして今、娘と息子が企む悪事も、ただ見守るだけだ。失敗すればコルネリウスの手中で飼い殺し、万が一コルネリウスを害することが出来たなら……そのときは好きにさせるつもりだった。
(こやつらに果たして何がどこまで出来る……? この年はまこと、試練の年よな。老いては子に喰われるというが、はてさて、どうなるやら……)
コルネリウスは銀杯に口を付けた。
試練は近い……もう一人の息子はどうしているだろうか、コルネリウスを一番嫌い抜いているアウグストは。
(まず真っ先に殺しに来るのがあやつだと思っておったが、このままではセリーヌに先を越されるぞ……?)
アウグストの鋭い紫水晶の瞳を思い出しながらコルネリウスは嗤う。
テオドールはもう長くない、いずれ心の臓が狂って死ぬ。セリーヌは欲が深い……今もコルネリウスの首を狙っているが武力に欠ける。アウグストの力は脅威だが、コルネリウスには対抗できる魔道具がある。
三人が死ねば、ギュゼルがアウストラルの王だ。
「ギュゼル……、明日の儀式が楽しみか?」
「……はい、お父様」
「浮かない顔だ」
「急なことで……。お父様、嫌な、予感がします、お気をつけになって」
「ああ……。ギュゼル、大丈夫だ、何もかも上手くいく。安心しなさい」
「……はい、お父様」
紛い物ばかりの中で、ただ一つの得難き本物である黄金は、小さな胸を痛めていた。彼女の心にあるのは、太陽の如く輝く、女騎士の瞳だった。




