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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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One sided combative operation

トマスさんたち影の騎士団の活躍話。

ちょっとした拷問(!)がありますので、苦手な方は読み飛ばして本日同時更新の次話へお進みください。

 空が暗くなっていく。太陽に暖められた空気が段々と冷えていく頃、トマス率いる影の騎士団の実働部隊は幌馬車に揺られていた。



 城からの抜け道の出口にあたる部分、そこから侵入するのだ。トマスがアウグストから教わったのは、いくつかある道の一つで、かなり入り組んだ迷宮のような地下通路は、正解を知らぬ者を排斥する罠に充ちている。



 見張りの合図で通路へと突入していく。人の目が無い内にそれは速やかに行われ、馬車は去った。作戦遂行後は城へと抜けることになっている。



「ここからは、音を消しますから、合図は手でお願いしますね~。角灯(ランタン)も少し光を曲げますが、驚かないように……」


「そんなことも出来るのか」


「ええ。ぼくは療術士ですから、正・裏(せいうら)両属性持ちですよ、もちろん」


「…………」



 レイヒの言い方はどこかおかしい気がするのだが、それを指摘できる人物はここには居なかった。療術士が“力ある言葉”を口にすると、角灯の黄味を帯びた火影が歪み、照らされる範囲が狭まった。同時に靴音、衣擦れ、呼吸音……全てが薄闇に溶けた。



 角灯の明かりに照らされた白髪の療術士は、口の両端を吊り上げて笑っている。その瞳が闇より深い黒曜石のように見えて、ピアスは不意に訪れた吐き気を堪えた。何かがおかしい。





◇◆◇





 通路を進んでいくと、音が聞こえてきた。反響していてまだ場所は掴めないが、道を進めばどこかでかち合う筈だ。影の騎士たちは来たるべき戦闘に備えて身構えた。



 トマスとレイヒだけは自然体で、むしろ平素よりリラックスしているように見える。団長(トマス)がさっさと通路を進んでいってしまうので、部下たちは慌てて後を追うことになる。レイヒの魔術がなければ彼らなどとっくに敵に見つかっていたかもしれない。



 そこで作業していた男たちは全部で十人居た。

 トマスの大柄な体が俊敏に動き、的確に急所を抉って意識を刈り取っていく。誰何(すいか)(いとま)すら与えず男たちを全て一人で倒してしまったトマスを見てピアスは思わず口笛を鳴らしていた。



 聞こえぬ筈のそれが耳に入り、レイヒの魔術の効力が切れたことを知る。睨んでくるトマスに手振りで謝罪し、ピアスは転がっている男たちに目を向けた。



「おい、起きろお前」


「……ひっ!? な、何者だ、お前たちぃっ!?」



 ざっと石床を踏みにじったトマスの靴音に、その指揮官めいた男は喉を鳴らして黙り込んだ。自分を見下ろす(トマス)の無機質な目に、これから行われるであろう凄惨な行為を想像したからだ。



「そんなに物欲しそうな顔しなくてもくれてやる、よっ!!」


「ひぅ……ごぼっ、ご、おぇぇえええ!」



 トマスの容赦のないつま先が鳩尾に刺さり、男はのた打ち回って汚物を撒き散らした。空気が変わる。ピアスは汚れないように立ち位置を変えつつ、男が吐き終わるのを待った。襲撃の次は拷問、ピアスの領分だ。



「なぁ」


「……ぁ……ああ……ぐ……」


「なあ、って」


「ひぐ……おまえら……なんのづもり……」


「聞いてる?」



 ピアスが男の太ももにストローを突き刺した。

 えものはまるで子どものように大声を上げて泣き喚いた。怖くて自分で抜くことすら出来ないのだろう、大きく見開いた目に涙を浮かべて足を抱えている。ピアスは嗤う。



「まだ動脈は傷つけていねぇのに、大袈裟だなぁ、アンタ。まぁ、死にそうになってたら叫べねぇしな」


「おい、煩いぞ。これでは話が聞けん」


「すんません、すぐ黙らせるんで」


「おっと、ぼくがやりますよ。貴方のやりかたでは時間がかかりすぎる」


「あン……?」


 せっかくのお楽しみタイムを邪魔され、ピアスの目が剣呑な光を帯びる。だが、それも一瞬のことだった。ピアスもトマスも、背筋にざわりと這う悪寒を感じ、壁際まで一気に飛び退(ずさ)った。



「おや~、よく、分かりましたね? さすがです」



 のんきな療術士の声が部屋に響く。だが、その姿は陽炎のような(もや)に包まれていた。膨れ上がる威圧感に、ピアスも一瞬、体を強張らせる。



 扉など無い地下通路の小部屋だ、廊下と中を隔てるものなど存在しない。その、出入り口の近くでドシャッと、そこそこの重さがある軟らかいものが落ちた音が幾つか聞こえた。



(なんだ? 丁度、人間大の袋に肉を詰めたヤツ、みたいな……?)



 ズル……ズルズル……ズ……

 何かを引きずる音に、影の騎士たちは凍りついたように息を止めた。



(やべぇ、やべぇ、やべぇ!! 魔術師やっぱヤベェわ! ンだアレ!? 何が起こってる!?)



 ピアスは心臓が肋骨の間から逃げ出しそうなほど暴れ回っているのを右手で強く抑え込んだ。息が、苦しい。汗が止まらない……! 頭の中で警告をするようにドクンドクンと血が脈打つ。



「大丈夫、音を聞きつけてやってきた彼らの仲間を昏倒させただけですから。元々、貴方がたには触って(・ ・ ・)いなかったでしょう?」


「!!」



 ふと、思った。

 こいつは今ここで俺たち全員を殺してしまえるんじゃないかと。



 レイヒが足を一歩踏み出すと、トマスとピアス以外の騎士が全員抜剣した。魔術師に一番近い若い騎士など、もう今にも飛び掛らんばかりに構えた剣に力を籠めている。



「やめろ、味方だ」



 団長の制止にも、その手の剣を下ろすのに時間が必要だった。のろのろと仕舞われる突剣。しかしレイヒは気に掛けることなど何もないという素振りで剣の隙間を抜けると、ピアスによってストローを刺された男の横にしゃがみこんでその額に触れた。



「お邪魔しますね~」



 まるで誰かの私室に入るかのような気楽さで、レイヒは男の頭の中に意識を滑り込ませる。



「ぐげぇぇえ! おぐ、g、が、ぎぎぎぃいい!」



 男の体が跳ね、ビクンビクンと痙攣する。その様子を医者が患者を診るような冷静さで観察していたレイヒだったが、やがて意味の無い音を漏らすだけの男から指を離した。ようやく頭の中身を(まさぐ)られるという拷問から解放された犠牲者は、口から泡を吹いて気絶していた。



「なかなか面白いことを考えていたようですね」



 レイヒが得た情報は、城の内部に油を引くための管が(めぐ)らせてあること、その装置を使って何者かが放火をしようと企んでいること、男たちは皆、この装置を整備するために集められたこと、その程度のものだった。



「他に情報はないか。ならばこいつらを処分してここを出るぞ」


「ん~、この男たちは、本当に下っ()で詳しいことは知りませんよ。念のためにここ一年の記憶を奪えば、殺すことないと思いますけどね~?」


「絶対などない。思い出したらどうする」


「確かにそうですけど……。ぼくの記憶処理は特別でしてね、全く脈絡のない情報で上書きしてやるんです。そうするとね、思い出そうとしたときに、記憶が何も無くて真っ白な状態よりも、邪魔な情報で汚した方がより恐怖を感じやすくなるんですよ~。そうなったら、どんなに意思の強い者だとしても、思い出したくても、思い出せないものなんです」


「…………」


「ああ、大丈夫、実験は済ませてあるので効果は保証しますよ」



 意識ある者は皆、トマスに視線を注いだ。

 殺すのか、生かすのか、どちらが良いのか、命令に従うだけの下級騎士たちにはどちらとも判断がつかなかったのだ。



「殺すのは駄目で、人の記憶や感情をぐちゃぐちゃにするのは許されると?」


些事(さじ)、ですし…?」



 些事……。

 人間の生き方を、性格を、これまでの喜怒哀楽の積み重ねや約束や、その他諸々を左右する記憶をぐちゃぐちゃにされることが些細なことだと?



 使い捨てにされた兵隊の命を嘆願したその口で、あまりにもあっさりと、簡単に、その尊厳を踏みにじると宣言するのか。コイツは人間じゃない……ヒトと同じカタチをした、ヒトではない、異形のモノ。おぞましい…唾棄すべき存在だ……。


()? おねがい(・ ・ ・ ・)します(・ ・・)


 痩身の魔術師は虚ろな黒曜石の瞳を(めぐ)らし、骨ばった手をこちらへ差しのべて微笑(わら)った。



「ば、化け物っ……!」


「コイツ!」



 ピアスはレイヒに掴みかかろうとした部下の顔を張った。



「団長、どうすんですか!」


「…………」



 ピアスは今まで散々世話になったレイヒに手を上げたくはなかった。それに、命令されて挑んだとしておそらく勝てない……。



 トマスと挟み討ちしても、どちらか、いや、おそらくピアスの方が魔術で()られる。腹を破られて血の海に沈む己の姿を幻視して、ピアスの額を汗が伝った。



 レイヒがピアスに気を取られているうちに、トマスが倒すかもしれないし、倒されるかもしれない。分が悪すぎる賭けだ。



(俺は金で雇われてるだけで、命まではかけたくねぇよ……)



 トマスに知れたら消されそうなことを考えつつ、ピアスはいつでも動けるように体を整えた。いざ(・ ・)となったら、トマスに襲い掛かれるように……。



 その時、レイヒの首から血の霧が舞った。



「!!」



(速ぇ!)



 トマスの投擲によるものだった。

 全く初動が見えなかった。ピアスも、きちんとトマスの動きを警戒していたにも関わらず、だ。



(こっちも大概バケモンだよ……)



「……困りますね。案外壊れやすいんですから、あまり無茶をしないでいただきたいです」


「死なない、か……」


「ええ、まあ。ほら、この通りですよ……」



 レイヒが押さえていた手をどけると、そこには何の傷も無かった。それを見た騎士たちから嫌悪の呻き声が上がる。顔色を変えないどころではない、首を裂かれてなお微笑む魔術師に原始的な恐怖を掻き立てられたのだ。



「……良いだろう。お前は役に立つ。ここは譲ってやる、好きにしろ」


「ありがとうございます、団長。では、地下牢まで運んでいただきましょうかね~。ピアスくん、頼めますか~?」


「……チッ、しゃあねえな。お前ら、運ぶぞ」


「…………」


「おらっ、働け!」



 ピアスは固まったままの部下の背を蹴飛ばし、地下通路に倒れている男たちを連行させた。



「よろしくお願いします」


「で、アンタは何してんだ?」


「ああ、さっきの血がもったいなくて……」


「ばかたれ!」


「いたっ、痛いです……」



 傷を押さえていた右手をペロペロ舐めているレイヒに問えば、信じられないような答えが返ってきた、ので、後頭部に張り手をかましておく。魔術士は先程までの威圧感はどこへやら、元の冴えない男に戻っていた。





◇◆◇





 通路への出入り口が地下牢の房の一つなのでピアスが先行して牢番(ろうばん)の詰所に行って見張りの二人組の意識を奪う。そいつらも一緒に牢に放り込んでおこうとトマスの下へ連れていくと、すでに男たちは房の中に寝かされており、鍵を待たずに錠が閉じられていた。



「ありゃ、鍵は要らなかった……?」


「すみません、先に閉じてしまって。その二人も一緒に入れておきましょう」



 レイヒは錠前に手をかざし、まるで鍵を手にしているかのように回した。カチリと音がし、錠が外れる。ピアスは、「もう、なんでもアリだな……」と胸中で呟いた。



「アンタ、何者だよ……」


「ただの、通りすがりの学者ですよ」


「……なんで借金のカタに身売りされてたんだ?」


「あはは……」



 金貨にして二万枚以上の借金を持つ男は、へらっとした笑いで誤魔化した。

Yeah! It's my turn!!←

今回は長くなったので二話に分けようかと思いましたが、こんな話が続くのもアレなのでまとめてみました。書いてて楽しかったです。



今回のハイライト。トマスに会ってしまった無頼漢の心中。

「あ、これ触ったらアカン奴や…」←正解

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