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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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一路、王都へ

明日11日月曜日は更新をお休みさせていただきます。代わりとして、登場人物の紹介を割り込み投稿で二話目に差し込みたいと思います。

 レオンハルトを捕縛してから、氷海上を全力疾走したソリが港に戻ってきたのは、出発から半刻程経った頃だった。



 青銀(せいぎん)の月明かりが照す中、港で事の成り行きを見守っていた人々も、やがて牛よりも巨大な狼が歯を剥き出しにして猛スピードで迫り来る様を見てわっと逃げ出した。



 ハリーの制御は大したもので、本来なら雪狼(せつろう)を繋ぐようにはなっていないソリも自在に操っていた。



「とうちゃ~く!! チャッピー、お疲れ様!」


「おい、勝手に変な名前を付けるな」


「だって、チャッピーって顔してるんですよ。ねー、チャッピー。あはは、くすぐったぁい!」



 チャッピーと呼ばれた雪狼の親は、その大き過ぎる舌でハリーの頬を舐めた。本人が喜んでいなければ、少年が食べられそうになっていると勘違いされそうだ。



「アウグスト様、わんちゃんたち、もう返しちゃうんですか?」


「犬じゃなくて狼だ。もう時間だ、すぐに消える」


「そっかぁ、残念! またね、チャッピー」


『クォン』



 挨拶を一つして、雪狼たちは氷海の奥へと消えていった。大きな魔物が去り、男たちはようやくソリから降りて撤収し始める。イスダールの役人たちも咎人を専用の馬車へ詰めるために動き出した。



 夜明けの一番の鐘まであと一刻半もない。鐘と共に開門し、アウグストは馬車で王都に戻る予定だ。火の小座しょうざ(※)から馬を飛ばし、すでに地の小座に日が変わった。途中で一泊し、開門を待つ必要があるため、王都に着くのは金の小座になるだろう。イスダールに来るのにどれだけ無茶をしたかが分かるというものだ。



「ハリー、支度をしておけよ」


「はい、アウグスト様」



 体の、というよりは精神に疲れを感じ、アウグストは後の処理をイスダールの役人に任せて休むことにした。馬車に乗り込み、関門まで送ってもらう。長官の屋敷まで戻っても、初めの鐘までに関門へ行くなら休む暇などあまり無かったからだ。





◇◆◇





 一方、ダントンは帰りのソリの揺れのせいでなかなか動けずにいた。アウグストは薄情だし、ハリーの助けは期待できない。大人しく従者の迎えを待つことにした。



 と、下を向くダントンに差し出された手があった。



「手をお貸ししましょうか、次期ご当主サマ」


「…………」



 ダントンはノロノロと顔を上げ、手の持ち主を見留めた。

 ニヤリと楽しげに笑うのはハリー・リズボンだ。だが、ダントンと目が合うとその笑いは引っ込み、気遣わしげな表情に変わった。



「あれ……? まさか、本当に具合悪いんですか? 立てますか?」


「……うぅ」


「無理しないで、さあ、肩につかまってくださいよ、っと! さ、馬車まで行きましょう。ったく、ダントン様は昔からどっか弱いですよね~」


「……ハリー」


「何です? あ、もしかして恨んでるとか? やめてくださいよ、お互い様みたいなもんじゃないですか~。後でちゃんと謝るので許してほしいです」


「みず……」


「えっ!? ……困ったなぁ。僕の手ずからで良ければ黒術ですぐに出せますけど……?」



 その言葉に小さく首肯が返ってきたので、ハリーは肩に抱えていたダントンを近くのソリの座席に下ろした。ちゃんと座らせて、後ろに倒れたりしないのを確認してから毛皮の防寒手袋を脱ぎ、左手に意識を集中させる。



「さて、久しぶり過ぎて……うまくいくかな? 【結露】……」



 魔術(アーツ)とは先人の智恵の結晶である。大きな代償を伴わずに便利な効果だけを得る。黒術の「切り離す」力でこういった事も可能なのだ。ハリーは両手を清めてからダントンに差し出した。



「さあ、どうぞ。うくく、貴方が当主になられたら、僕、これ自慢話に出来ますね」

「…………」



 悪戯が成功した子どもみたいに上機嫌なハリーだったが、ダントンが左手首を掴んで掌に口を付けると、くすぐったそうに身動ぎした。



 いつもなら憎まれ口が出ているだろうに、ダントンは黙ったままである。ハリーはからかい過ぎたかと反省し、水を飲むダントンの背をさすってやった。



「大丈夫ですか? 今、お付きの騎士を呼んできますよ」


「ハリー……」


「はい?」


「……【対価を受け取りたまえ】」

「あ……ああああ!?」



 ペロリと舌舐めずりをして、ダントンはハリーの左手に填まった指輪に口づけた。ハリーはいきなり襲ってきた全身の痛みに耐えかね、まだ氷の張る砂浜にどうっと倒れ込む。


「……なあ、代償を伴わない魔法なんて無いんだぜ? 活力の指輪の代償はなぁ、まあ、言ってみれば筋肉痛だな。無茶をしたんだから当たり前だよな、何回使った? まさか、よく知りもしない道具を限界いっぱいまで使ったりしないよなあ? うん?」


「……っ、うぅっ! だ、んとん……っ!」


「うりうり」


「痛っ! いた、いたいぃ! あああっ!」



 痛みにのたうち回るハリーの腹をブーツで踏みつけ、ダントンは笑った。



「はっはぁ! このまま置き去りにしてやろう。大丈夫、誰か拾ってくれるって。アウグストには俺がついてるから心配すんなよ、ハリーちゃん」


「ゆ、ゆるさな……っ、うぅ……。アウ、グスト、さま……」


「はははっ、許さない? 涙でべしょべしょのくせに。さぁて、そろそろ行くか。じゃあな~」


「ん、ぐぐ……、ま、て……!」


「ん~?」


「ぜ……ったい、しかえし、してや……っ〜〜〜!」


「……楽しみに待ってるぜぇ」



(謝ったら許してやるのに。強情だなぁ……!)



 ダントンは振り返らずに手を振ると、口笛を吹きながら悠々とハリーを置き去りにして歩いていった。





◇◆◇





 結局、合図の鐘までにアウグストの支度を整えたのも、ハリーの世話をしたのも、ダントンの従者であった。ハリーは気絶しているところを救出され、王都行きの馬車に乗せられている。仕事を増やされた従者はたまったものではない。



「ダントン、またハリーにちょっかいをかけたのか……」


「だあって、可愛いんだもんよ~。いっしょうけんめいンなっちまってよぉ」


「全く……。まあ、気持ちは分からんでもない」


「だろ?」



 アウグストの脳裏に浮かんだのは、ルベリアに庇護されていた黄金の姫だった。きゃんきゃん吠えるその姿は、ダントンに対するハリーの態度と重なる。



 アウグストは自分でも驚いたことに、最初は何とも思っていなかったギュゼルに好意らしきものを抱いているようなのだ。どうしたことだろう……。自問してみても答えは出ない。トマスの訳知り顔が思い浮かんでイラッとした。



「おい、寝とけよ、アウグスト。そうだ、お前も指輪の代償を払っておきな。そうしたら、また使えるようになるさ」


「…………」


「こっからしばらく、馬車に揺られるしかねぇんだ、時間は有効に使えよ。いつかは支払う代償なんだぜ」


「ぐ……!」



 嫌だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 使ってしまったものは、仕方がない……。仕方がないが……。



「俺がやってやろうか?」


「結構だ! ……さっさと合言葉を教えろ」



 覚悟を決めて、苦行に挑むアウグストだった。

小座しょうざ


この世界での曜日のようなもの。間違えて「曜日」や「一週間」という表現をしていないか全話読み直しました…。


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