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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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トマス、暗躍す

七月に入りましたね。もう年の半分が過ぎたかと思うと、遠くを見詰めたくなります。もうすぐ、夏休みなんだ……orz


明日4日月曜日は更新をお休みさせていただきます。次回は「殿下のぶらり途中下馬の旅」です。お楽しみに!

 トマスはテオドールの部屋を早々に辞すと、城にあるアウグスト第二王子の私室にこっそりと入った。



 裁判で追い詰めきれていなかった典医長のこと、王太子の思惑、考えることはいくらでもあった。



 トマスにはルマイヤーズの背後にいる人間はセリーヌだろうということは分かっても、そこからどうするかについてはお手上げだ。また、セリーヌの後援者についてはアウグストに聞かなければ分からない。



 アウグストが頭を働かせて事件の首謀者や協力者を見当づけたとして、アウグストはそれを口にはしない。その方が面白いからだ。悪趣味である。



 トマスは推理するのは得意ではないが、その代わりに怪しい動きをする奴は見れば分かる。ダヴェンドリ、グラーバー、インヴェリオ……、手が届く順に殴って吐かせれば良い。それと平行して、チチュ族の密偵を放つことも怠らない。



「ゴーダ、居るか?」


「ハイ、ここに」



 声を掛けると、影から滑るようにして現れた獣人が応えた。真っ黒い毛並みの三フィート程の鼠によく似た種族の青年だ。密偵としては中堅どころで、トマスとしてはどんどん経験を積ませておきたい、最も成長を期待している有望株だ。



「セリーヌ姫の会った人物、交わした会話、全てをおれに伝えろ。交代は後から寄越す」


「はっ!」



 ゴーダは黒い影を走らせて消えた。

 さて、下準備はこのくらいだろうか。一刻も早くルベリアを見付けないと、アウグストの怒りで王都どころか国土全体が凍り付いてしまうだろう。トマスはささくれ立った心を抱えて隠れ屋敷に戻った。





◇◆◇





 屋敷にはアウグストもハリーも居なかった。トマスの部下の内で一番の腕前を持つピアスが出迎えて状況を説明する。ピアスは大陸の遥か北、聖火国から渡ってきた荒くれ者で、騎士ではないが対人戦闘ならトマスと同等にこなすことが出来る。ピアスの説明を受けたトマスは頷いた。


「……ルベリアは放っておいても大丈夫だ。むしろあちらに置いた方が危なくない。夜に様子を見に行く」


「そっすか。オレも見たかったな~」


「お前なんかに紹介したらアウグストの機嫌が悪くなる」


「ひでぇや」



 まるで堪えていない調子でピアスが笑う。パッとしない痩せ型の中背の男だが、笑うと驚くほど凶暴な御面相になる。トマスは相手にせずに変装を脱ぐと、いつもの騎士のお仕着せ(せいふく)ではなく、裏の仕事に用いる頑丈な服を据え付けの戸棚(クローゼット)から取り出した。



「昼食は軽めに済ませろ。ここの守りと車の制御に必要な者を残し、後は好きに組ませろ」


「おっ、押し入りですか?」


「殿下が戻られるまで、敵の中を掻き乱す。全員の支度が済んだら呼べ。作戦を伝える」


「ああ、急いだって明後日の夜かそん次の日のお帰りですからねぇ~。敵さんの邪魔しないといけないとこまで来てます?」


「かなり、な。王太子の動きの方がまずいが。王太子の護衛騎士を見たら殴って意識を奪え」


「そこまで……?」


 上司の無茶苦茶にピアスは半眼になった。



 だが、仕方がないのだ。ピアスに説明する気はないが、トマスらがルベリア捜索を打ち切ったらそれは「アウグストはルベリアを見つけた」とテオドールに伝わってしまう。するとテオドールは手駒にトマスや部下を尾行させてルベリアの居場所を突き止めるだろう。それは困る。



「ところで、医者はどうしてる?」


「餌を与えといたんで大人しくしてますよ。もう、ここに来るまでの間に教会っつう教会回って本を買い付けちまうんで、金庫番から預かったカネが尽きちまうんじゃないかと思いました」


「……寝食忘れてやしないだろうな?」


「見張ってるんで大丈夫です。それより、本当にあの人にも裏の仕事手伝わせるんです?」


「情報を得るのにおれとお前が分かれたら、お前のやり方じゃ誤って死なせるかもしれんだろ? 医者が居ればストップもかけられるし、いざとなったら療術も使える」


「あ、オレのためすか。レイヒさん、吐いちまわなきゃいいけど」


「あれで“凄惨”の下に居た奴だ。大丈夫だろう」


「あ~、あの何でも“開いちゃう”医師(せんせい)すか。そりゃ凄い」


「支度させておけ」


「は~い、わっかりました」


「…………」



 ピアスが行って、トマスは胸につかえていた息を吐き出した。



 アウグストの側に居られないことが、こんなに気が重いとは思わなかったのだ。これまで別行動することはあってもアウグスト一人を危険な場所へ行かせたことはなかった。ハリーがついているが、騎士見習いから文官へ転向したあの男ではかえってアウグストの足を引っ張ることにならないだろうか。アウグストがやり過ぎた場合にも上手く手綱を執れるかどうか……。



 ここまで考えて、トマスは己が子どもを過度に守ろうとする母親のように見えるのじゃないかと可笑しく思えた。



「アウグストも、子どもではない、か。そういえば、すっかりふてぶてしくなったしな」



 気持ちを切り替える。

 アウグストの仕事はアウグストにしか出来ない。最悪の場合、レオンハルトが凍り漬けになっているだろうが、それはトマスの責任ではない。



 今トマスがしなくてはならないのは、セリーヌ姫の手を潰すこと、そのための情報を集めることだ。



「さあ、狩りを始めるか……」





◇◆◇





 トマスが部下八名を集めて作戦会議をしていると、部屋へ駆け込んでくる者があった。黒い毛並みのゴーダである。フードを被り、マフラーで埋もれた様は子どものようだったが、深く覗き込まれてしまえばニンゲンではないことが一目で知れる、そんな危うい状態で町を駆け抜けてきたのだろう。興奮して上手く喋れないなりにゴーダは懸命に説明した。



「城を火の海にぃ? 石の城ですよ」


「基礎は石でも可燃物ならそれこそ腐るほどある。仕掛けがあるとすれば地下、か。そういえばルベリアを迎えに行ったとき、見張りの居た場所がいやに生活感があった」


「そんなら何かしらそこでやってたんっしょうね?」


「…………」



 何をやっていたのだろう。

 城内から物資を運び込むにしても、目に付きやすい。量は運べないだろう。



「あの~、いいですかね~」



 間延びした声で、学童よろしく挙手して発言の許可を求めているのは療術士のレイヒだった。新入りだから気にしているのだろうか、年齢だけは最年長の四十一の男だが。トマスが頷くと総白髪の痩せた療術士は似合わぬぶかぶかの戦闘服の首を直しながら笑って言った。


「抜け道を、使っているんじゃあないでしょうかね~。だから見張りが必要なのでは? ほら、仕掛けはまだ手付かずらしいですしね、話ではね。今から整備に向かわせるんじゃあないでしょうかね~」


「…………!」



 トマスは奥歯を噛み締めた。なんという事だ!



(王家の抜け道だと!? 知られてしまえば意味のないものだぞ! 目撃者は当然消しているんだろうな……!)



「とりあえず、皆殺しだな……」


「そっすね。しかたないっすね」


「え……それはちょっと……」



 困惑してるレイヒをよそに男たちは装備を確かめ、入れ替えていく。トマスとピアスは頷きあうと、ピアスがレイヒの首根っこを掴んで言った。



「作戦変更。全員で団長と一緒に突撃。刃向かうヤツ殺していいけど、情報持ってそうな毛並みのいいヤツは俺に寄越せ。尋問する」



 ピアスが取り出したのは穴あき藁(ストロー)そっくりの、金属製の道具だった。どこに突き刺す(ピアッシング)のかは明言しようがないが。それを見たレイヒの目が見開かれる。



「……ほどほどにしないと、それ、本当に死にますよ」

「いいんだよ。今から聞きに行くヤツは代わりがきくからさ。どうせ本人じゃなく手下の血ぃ抜いてびびらせるためのもんだし!」

「……聖典では、このような」

「関係ないね! 誓いは立ててねぇし。殿下のためだからヤるだけ。向こうが先に線を越えたんだ、だから殺す。そんだけ」



 ピアスの言葉に気弱そうな男は俯いた。トマスは嘆息しつつ、最終的な確認をした。



「嫌ならやめろ。聖典を捨てられないなら、辛くなるだけだろう」

「そうそう。今なら戻れるぜ?」

「……いいえ。共に行きましょう。貴方がたに死なれるのは、心苦しいですからね~」


 トマスは首肯し、ピアスは呆れたような声を出した。

 見守っていた他の男たちも安堵したように笑い合う。療術士(レイヒ)が居るのと居ないのとでは生存率に差が出るからだ。トマスの鬼のような訓練を経ても、実際に生きるか死ぬかの“仕事”に出るのは小数だ。これが初仕事の者も居る。レイヒもまたスカウトされて日が浅い、彼こそ生き残れるかは分からない。それでも向かうのだ。それが正しいことだと信じるから。



「よ~し、団長、頼んます」


「影の騎士団、出撃!」


「おおおおお!」

トマスの部下(=荒くれ者)のところにルベリアを一人にするとセクハラが発生するため、アウグストが後でブチ切れる…。うん、やはり会わせてはならない。


セクハラ(物理)は避けられても、セクハラ(言葉)はダイレクトアタックですもんね。

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