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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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毒の華の微笑

 (ぜい)()らした豪華な部屋の中には、そこに相応しく飾り立てた男女の姿があった。



 美姫セリーヌは寝椅子に体を預けたまま憂い顔で扇を弄び、老いた美丈夫ダヴェンドリは窓際に一人立ちながら、強い酒を注いだグラスを手に静かに怒っていた。もう一人、セリーヌの生母にして国王コルネリウスの三番目の妃、エヴァンジュエルは先程からずっと白いレースのハンケチを当てて泣き臥していた。



「オルド……、ああっ……!」



 ダヴェンドリの腹心とも言うべき共犯者、オリヴィエ・シャイロック伯爵が血の海に沈めた典医の長はエヴァンジュエルの実の弟だったのである。



 国王暗殺のために早くから仕込んでいた部品がオルドであり、無能ではあったが血筋だけはまあまあ有望な男だった。小太りで汗っかきの冴えない中年男のオルドは、ともすれば十も歳上の姉よりも老けて見えた。いや、この場合はエヴァンジュエルが化け物なのだろう。



 セリーヌを産んでからもエヴァンジュエルの体は老いを受け付けないように見える。肌は白くしっとりとしており、細い腰はセリーヌと変わらないくらいだ。ただ痩せぎすな訳ではなく、盛り上げた胸から首までの滑らかな丘は男ならば誰でも触れたいと思わせる魅力を放っていた。それこそ、セリーヌにはまだない大人の女が持つ武器であろう。



 セリーヌの髪が巻きの強い蜂蜜色だとしたら、エヴァンジュエルの髪は金砂色の雲のようであり、セリーヌの唇が薔薇の蕾だとしたら、エヴァンジュエルの唇は満開の紅き薔薇の花びらだ。二人とも美しく、また共に毒を含んだ華である。



「テオドール……! 口惜しや、あのような死に損ないのために可愛いオルドが……! ああ、ああ! それに、オルドを殺した、あの女の腐ったような奴……、絶対に、絶対に許さぬ……」



 エヴァンジュエルの放つ呪詛(ずそ)がオリヴィエ・シャイロックにまで及び、ダヴェンドリの額に青筋が浮かんだ。この女はシャイロックが誰の下に就いていたのかを忘れているのか。見た目を裏切らぬ頭の軽さよ!



 若き日のシャイロックは美しさで鳴らした男で、国中の美女を侍らせられる程に金も地位も権力も武勇も、何もかもを持っていた。そして、ダヴェンドリの恋人でもあったのだ。彼は、このようなところで死ぬ男ではなかったというのに……。



 エヴァンジュエルの可愛い可愛い愚鈍なオルドのせいで、シャイロックは剣で胸を突いて死んだ。騎士でもあった彼にとって、聖典礼装を穢したことがその生涯の来歴最期の汚点になってしまったのは屈辱であったろう。罪人のように首を掻き切るのではなく、心臓を剣で貫き騎士として命を終わらせたのはダヴェンドリへのメッセージであろう。



『私は役目を果たしました。次は貴方様の番でございます』



 シャイロックの少し(かす)れた甘い声が聞こえてくるようだ。そうだ、次はダヴェンドリが動く番だ。裁判での印象は悪く、協力者たちは怖じ気付いた。だがまだ負けてはいない。まだ……。



「うふ、可哀想なお母様……。この仇は(わたくし)が討って差し上げますわ。ダヴェンドリの叔父様、もうこうなったら手は一つですわね」


「セリーヌ。……では、あれを?」


「それしかございませんもの。今さら病死や事故死を装ってどうなると言うのです? 裁判が凍りついた今ならまだ(わたくし)たちは自由に動けるんですのよ、国王、王太子、ギュゼルが揃い、邪魔な氷の魔人(アウグスト)が居ない今だから可能な大技で、(わたくし)たちの国を手に入れましょう」


「いつ……?」


「明日の、正午に。国王はまた裁判を開くでしょう。例えどうしようもなく停滞して、事実など埋もれていても犯人と理由をでっち上げなくてはなりませんものね。文官が頭をひねっているでしょうよ」


「……仕掛けの確認が必要だ。明日では早すぎる」


「では明後日に。何かしら理由をつけて皆を集めないといけませんわね。……ああ、裁判の場なら完璧ですのに!」


「拗ねるのじゃない、セリーヌ姫殿下。もしや儂が集めた協力者まで焼き殺すつもりじゃないだろうな?」


「うふ、必要ありまして? (わたくし)、顔色を窺うことでしか動けない弱者が大嫌いですの」



 そう言ってセリーヌは砂糖菓子のように甘い微笑みを浮かべた。夢見るようなうっとりした声音で、まるで今日の天気について話しているかのような口ぶりで。



 ダヴェンドリは何も言わなかった。セリーヌの指す一手で協力者が何人死のうが、レオンハルトがガイエンから代わりを連れてくるだろう。



「して、大火の原因を何とする?」


「ふふふ、幸運なことに、魔女が居るの。この国には魔女が居るのよ……! ああ、きっと来るわ……。ギュゼルのためにきっと。素敵! そのときにはギュゼルはもう心の臓を破られ死んでいる……!」



 セリーヌは己の細い体を抱き締めて、切なげな吐息を漏らした。頬は薔薇色に、アイスブルーの瞳は潤んできらきら輝いている。



「ああ……なんて、愉しいんでしょう!」 



(魔女、か……。何とも旧い響きだな。人心を操り、莫大な魔力を以て地形すら変えて見せる、為政者の側にありて男を蕩かすとも……)



「騒ぎの全ては魔女の所為、か」


「ええ。悪いのは全て、魔女よ……」



 セリーヌとダヴェンドリは互いの目を覗き込んだ。可憐に微笑む姫と、国を支える老いた美丈夫、二人は何とも誠実でひとの善さそうな笑みを浮かべていた。

今日は木曜日ですね。休載宣言をしておいて更新しているのは、決して昨日の更新の際に休載メッセージを入れ忘れたからというわけではなく、七月から月・木休載にするつもりだったからなのですよ…。ですよ!


次回はシリアスを吹き飛ばす、「ルベリアのゆったり遊郭暮らし」です。

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