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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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黒太子と黄金の姫

 テオドールの部屋へ向かう途中の廊下を、二人は会話もなく歩いていた。ふいに、ギュゼルが前を向いたまま、ポソリと呟く。



「いつもこんなことを?」


「いや……そんなことは」



 まさか気付かれていたとは。

 テオドールは胸の内で苦笑していた。



 そういえば昔トマスにもやって、そのときは迷わずアウグストを選んでいたな、と思い出す。散々遊んでやったのに、あれは少し悔しかった。



 ギュゼルが気付き、しかもどちらも選ばなかったことに、テオドールは素直に感心していた。



「ルベリアもお兄様たちにとっては、そういうためのものですか?」


「そんな軽い気持ちじゃ」


「では、(わたくし)のことは軽い気持ちで試したのですね」

「……………」



 失言に口を閉じるがもう遅い。

 子ども(ギュゼル)相手に言質まで取られてしまうなんて……。妹姫の賢さにテオドールは内心舌を巻いた。



「それで、お話とは?」


「まずは部屋へ。お前たち、外へ」


「はっ!」



 ハリエットを除く全ての者が退室する。その様子を浮かない表情(かお)で見守るギュゼル。



 テオドールには彼女の気持ちが分からなかった。椅子を勧めても首を横に振り、ハリエットのお茶に目もくれない。それなのに泣きわめきも(なじ)りもせずにじっと佇んでいる。



「……話を済ませてしまおうか。本当に座らないのかい、ギュゼル」


「このままで結構です。それで、ルベリアについて(わたくし)に伝えなければならないこととはなんでしょうか? お兄様がなされたことなら大抵は存じております」


「……例えば?」

(わたくし)に見せてくださらなかった、油絵など……?」



 テオドールはハリエットを振り返った。

 従者は顔をそむけている。テオドールの心に苛立ちが波のように現れた。何故だろう、ギュゼルにだけは知られたくなかった。



「お兄様がたが騒ぎを起こし、(わたくし)がご典医を告発した日、ルベリアは帰りませんでした。騒ぎの原因については誰もが知っていたのです、ハリエットのせいではありません。


 一晩明けて、他の者からの話しを聞いて、(わたくし)はルベリアがお兄様がたの子どもっぽい(いさか)いに巻き込まれているのだと結論づけました」


「手厳しいね……。ルベリアの愛を得ようと心を砕いているというのに、それが子どもっぽい諍いだと言うのかい?」


「違いますか?」



 兄を見上げるギュゼルの瞳には、いたずらをした子どもを叱るような色が浮かんでいた。髪を結い上げて正装に身を包んだ彼女は、見た目の幼さを気にしなければ既に立派な淑女であった。



 テオドールはギュゼルの足元に身を投げ出して許しを乞いたい気持ちを心の隅に追いやった。



「……僕は本気でルベリアを愛しているんだ、ギュゼル。アウグストと勝ち負けを競っているわけじゃないんだよ。分かってくれるかな?

 例えアウグストから奪うことになろうと、僕はルベリアを自分のものにするつもりだ」


「ルベリアは誰のものでもありません。強いて言うなら(わたくし)の騎士ですわ」


「誰のものでも、ない?」


「そうです。ルベリアは、ルベリア自身のものです」


「……………?」



 テオドールは呆気に取られ、開けっぱなしになってしまった口に左手で蓋をした。ひどく間抜けなことをしてしまったと羞恥心に頬が上気する。



「テオドールお兄様ったら……まさか、本気でわからないんですの?」


「何が……?」


(わたくし)たちと違って、ルベリアは自由なんですのよ」


「自由……」


「誰にも縛られないということです」


「だけど……、だって……。アウグストの命令には従っているじゃないか。ギュゼルの身の安全を確保するために、命令だから仕方なく従っているんじゃないのかい……?」


「その話は聞きました……。でも、ルベリアは嫌々従っていたわけではなさそうでしたわ。アウグストお兄様は最低のお方ですけど!」


「…………。いや、時間さえかければ僕だって、ルベリアに愛させてみせるとも」



 ギュゼルはテオドールのすぐ側まで歩み寄ってきた。

 そっと小さな手がテオドールの握りしめられていた右の拳に乗せられると、温かさに飢えていた青年はビクリと震えた。



「どちらが本当のお兄様なんでしょう」


「え……」


「ひとの生命を軽く奪ってしまう冷たいお兄様と、こんな風に愛を求めて苦しんでいらっしゃるお兄様……。(わたくし)には優しい、笑顔のお兄様も、本当のお兄様に思えるのですけれど……」


「僕は……」


「お兄様、ルベリアが欲しければ、愛を乞うべきです。ね、そうなさって? ルベリアをどこへ隠してしまったのかわかりませんけど、出してあげてください」



 テオドールは首を振ってギュゼルの勘違いを正した。

 ルベリアは、まだ公にはなっていないが、魔女としてセリーヌに告発され、地下牢に閉じ込められていたところを一人抜け出し行方が知れないのだ。



「そんな! ルベリア……」


「ルベリアはどこかに隠れているんだ。ギュゼル、ルベリアを見つけるのに協力してくれないか」


「え、ええ。わたくしにできることでしたら、協力致しますわ」


「ありがとう……!」


「きゃっ、お兄様!?」



 テオドールはギュゼルを抱き上げて頭上に掲げた。初めてであろう体験に大人びた姫も年相応の驚きと恥じらいを見せる。



 とはいえ、テオドールの体力ではずっとそうしては居られない。ぐるんと一回りしてギュゼルの細い体を下ろした。



(可愛い僕の(ギュゼル)、どうか役に立っておくれよ……)



 手駒に利用しようとしているのも事実だが、守りたいのもまた事実。出来れば傷ついてほしくはない。けれども、とテオドールは思う。



(ルベリアを手に入れるためには手段など、選んだりするものか……)

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