ギュゼル、奮闘す
城は未曾有の騒動の最中だった。王太子と第二王子が一人の女騎士を巡り城中で剣を抜くや魔法を撃つやの大乱闘があったというのだ。その責を受けて二人の王子だけでなく正妃までが城を離れることになった。病を得ている国王陛下のお加減が懸念される。
その騒動を治めたのが大陸の強国ガイエンの王族と婚約が決まり、アウストラルにおいても今後一層の活躍を期待される、美姫セリーヌであった。兄二人を涙ながらに諭し、正気を取り戻させたという美談は彼女の名声をさらに高めるだろう。
その姫殿下が国政を論ずる大広間の壇上で、国王陛下ならびに大臣一同に今回の顛末を語り聞かせているときのことであった。大音声で邪魔が入る。
「だ、第三の姫、ギュゼル・マキシーム殿下のご入場で御座います! 皆様、ご起立ください!」
(ギュゼル、ですって!?)
セリーヌの目が厳しくなる。が、それも一瞬のこと。
女狐はいつもの仮面を再び着けた。
しかし、列席の貴族連中には驚きを隠せない者たちもあった。セリーヌの息がかかった要人たちである。排除する予定の姫が、成人前にもかかわらず王位継承権を現す冠と名を携えて乱入してきたのである。しかもまさに今セリーヌが、魔女を告発し、両王子を追い落とそうとしていた矢先に!
黄金の髪を持つ幼き姫は、背後に妙齢の侍女を一人連れていた。彼女の手から身分を示す杖を受け取り、完璧な所作で一礼する。
その洗練された仕草、強き意志を秘めた翠玉の瞳はまさしく彼女が国王の娘であることを、冠を戴くに値する資格の持ち主であることを示していた。
「ギュゼル……その格好はどうしたことだ?」
枯れ木のようにやせ細り震える体でありながら、なおも王者の威厳を喪わぬコルネリウス国王は、ぴんと背筋を伸ばして目を合わせてくる愛娘へ問いかけた。
許されない年齢でありながら冠を戴き、成人の儀で授けられる名を口にするのは、身分を偽っていると糾弾されてもおかしくないのだ。
「勝手なことをして申し訳ありません、国王陛下。しかし、私は今、ギュゼルとしてこの場に参ったのではございません。王太子殿下の名代として、また、国を担う者として重大な告発をしに参ったのでございます」
「なんと……」
大広間がざわつく。
堂々とした態度のギュゼルに、皆飲み込まれてしまっている。
セリーヌは愕然とした。
言葉を続けさせてはいけない! 何を言い出すつもりなのか、いや、何故誰もこの娘を追い出さないのだ…! 子どもの来る場所ではない、戯言もいい加減にしろと、冠を剥ぎ取って引きずり下ろさせないと!
「私、ギュゼル・マキシームの名において、王太子テオドール・グレゴリオ暗殺未遂の疑いで城の典医を告発いたします!」
「ぁ………」
セリーヌの喉から漏れ出たのは声ではなくただの音であった。それを皮切りに様々な言葉が辺りを飛び交う。
怒鳴る者、座り込む者、その反応はそれぞれ違ったがギュゼルの発言が大きな衝撃を与えたのは間違いない。その中に静かに歯噛みする男が居た。エイゼルバート・ダヴェンドリである。
(遅かった……)
王太子を消すのも、ギュゼルを消すのも遅きに失したのだ。
その思いはセリーヌも同じであった。
(テオドール……お兄様……!)
優しい言葉、柔らかな微笑み、決して誰かの敵にならず全てにおいて次席に甘んじていた……意志の弱い男だと思っていたのに、それは昼行灯だったというのか。しかし、いつから……?
アウグストと対峙していたときに一瞬だけ見えた侮蔑の笑み……まさかあちらが本性か!?
(愚かな兄だと思っていた。甘い男だと侮っていた。まさかこんな形で割り込んでこようとは……)
だが、目的が分からない。
自分が殺されかかっていると知って何故、行動を起こさなかったのか。どこまで知っていて、人形にどこまで教えたのか。全く、予測もつかない!
何故今なのだ? 何故この形で!?
(手を……次の手を打たなければ……!)
手を打ち続けなければ飲み込まれて潰される……!
「由々しき問題である。この件については明日、全ての者を呼び出して裁きにかけるとしよう」
「ありがとう存じます、国王陛下」
「お、お待ちくださいませ、国王陛下」
セリーヌの言葉に国王コルネリウスの目が彼女に移る。国王の首肯を待ってセリーヌは口を開いた。背筋を伸ばせ、優雅に微笑め、私こそがこの国の女王にふさわしいのだから!
「ギュゼルの告発についてですけれど、城にほとんど居なかったギュゼルに典医の何がわかるのでしょうか? 根拠あってのものとは思われませんわ」
壇上の姫二人を囲む貴族からセリーヌに賛同する声が上がった。セリーヌは自然と吊り上がる口許を扇で隠した。対してギュゼルは正装のため扇を持たない。敵に囲まれたこの状態でまだ泣き出していないのが不思議なくらいだ。
ギュゼルは白い顔をしているが、うつむくことなく声を張った。
「私は王太子殿下の名代だと申しました。私の言葉は王太子殿下のお言葉です。王太子殿下は聖典にも精通され、典医の知識もお持ちでいらっしゃいます。
また、先日は西方の医療の知識に触れ、こちらにない治療法を手に入れたと仰っておいででした」
「あら、貴女がいつ王太子殿下とお話しする機会を得たのだか!」
「毎朝、お話ししております。私と王太子殿下は、第二王子殿下に頂いた仔犬を一緒に散歩させているんですの」
「!!」
(わ、私にはそんなこと、一度もしてくださったこと無いですのに! そんなにこのギュゼルが可愛いの!?)
愕然とし、言葉もなかったセリーヌにコルネリウスの言葉がかかる。
「セリーヌ……?」
「い、いえ、それならば納得がいきますわ。ごめんなさいね、ギュゼル。貴女に嘘を教えた者がいるのではないかと心配になってしまって……」
「セリーヌ姫殿下の懸念は当然のことですもの、私は気にしておりません」
「では、この場は一度閉じる。皆の者、聖典に一礼を」
「聖典に、礼!」
「はっ!」
国王コルネリウスが広間を出ていくと、他の者は三々五々に散っていった。セリーヌとギュゼルも、表向きはにこやかに挨拶を交わし、それぞれ行くべき場所へ戻っていった。
別タイトル「追い詰められるセリーヌ」
仔犬がもらえなくて悔しくて泣いてるかもしれない。




