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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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逃避行 2

 陽が落ちてからの通りは明暗がくっきり分かれている。わたしは帽子で顔を隠しながら例の店を探した。来たのは一度きりでも名前と外観は分かるのだから、見つかるに違いない……と思っていたのだがいささか甘かったようだ。



(み、見つからないっ……!)



 何度も通りを歩いてみても、さっぱり見つからない。

 ああ、一体どうすれば……。



「お兄さん、遊んでかな~い?」


「ああ、良いところに! すまないが『零れる花びら』亭を知らないか? どうしてもそこに行かないといけないんだ!」



 客引きの男が、地面に唾を吐きかけながら教えてくれたその場所に行くと、確かに以前訪れた娼館だった。今日は華やかな女性たちと裕福そうな紳士、待たされている馬車などで入口がごたついていたから分からなかったのだ。それなりに繁盛しているようである。



「お兄さん、初めてデショ?」


「ああ。勝手が分からないので適当に頼む。酒は要らないから個室を」


「うふふ、お兄さん男前だからいっぱいサービスしちゃう!」


「……ありがとう」



 複雑な胸を押さえつつ、わたしは案内されるがままに個室に入り、いきなり柔らかい寝椅子に押し倒された。一瞬、叩き伏せようと拳に力が入ったが、客はそんなことしないなあと思い直してやめた。危ない危ない。



 わたしより年上だろう女性はキツい香水を纏っており、うっかり吸い込んでしまってくしゃみが出そうになった。薄暗い部屋を薔薇色の照明が美しく幻想的に仕立てている。



 ここはおそらく、男女の営みとやらをする部屋か。……噂によるとひどく痛くて苦しく恥ずかしい思いをさせられるとか。かじられたりとかするのだろうか? わたしは御免被りたいものだ。



「お兄さん……名前、教えて?」


「あ、いや、その……。ええと、申し訳ないが、きちんと料金は払うからここの主人を呼んでもらえないか?」


「ええっ?」


「トマス・オブライエンの名に心当たりがあれば、会ってもらえると思うのだが」


「わっかんないけどわかった~。で、お兄さんの名前は?」


「……デイブレイク、だ」


「は~い、いってきま~す!」





◇◆◇





 ややあって、他の部屋に通された。暗い。明かりのない部屋だ。困った……。


 見えるけれど、見えすぎてしまう。赤い瞳が燃え上がり、相手に丸見えだ。わたしは急いで目を伏せた。



「その瞳ェ、アンタも獣人かァ? でも匂いはニンゲン、だな……」


「あなたは、獣人なのですか?」



 のそりと物陰から姿を現したのは、月に(さぶら)う眷族、シン族の男だった。見た目は二足歩行する狼で、飛び抜けた身体能力と嗅覚を持つ種族である。



 一人きり……。

 では、この男がここの主人だというのだろうか。そうは思えないが……。



「アンタ、オレが見えてるな」


「ええ、はっきりと」


「何故、平然としている? 獣人なんだぜ? 怖がったり、気持ち悪いとか、犬っころがニンゲンの真似して、とかねェのか?」


「聖典に忠実なシン族を何故そんな風に見るのです? あなた方は月の守護者でしょうに」


「驚いたな。ホンモノの聖典にゆかりのあるニンゲンか?」


「父が……聖堂騎士です」



 シン族の若者(?)は頷いた。



「オレはイザヨイ。トマスが何だって? アンタ一度ここへ来たことあるだろ?」


「先程はデイブレイクと名乗りましたが、トマス殿はわたしをルベリアと呼びます。一度、連れられてここへ来ました。わたしはアウグスト様に至急連絡を取らねばなりません。どうか、お取り継ぎをお願いします」


「……アウグスト様には恩がある。トマスに話をしよう。アンタ嘘ァ吐いてない」


「アウグスト様に?」



 驚いた。

 アウグスト様はシン族と交流があるのか。



 ニンゲン以外の少数種族はニンゲンと打ち解けない。交流も絶えて久しいと聞くのに。さすがアウグスト様だ。誇らしさに胸が熱い。



「ああ。群れを見失い、傷ついたオレを助けてくれた。あと、ここの用心棒の口も、な」


「そうですか。さすがアウグスト様、海のように懐の広い御方ですからね……!」


「えっ」


「何か?」


「お兄さんはちょっと……お人好し?」


「え? あの、わたしは女ですよ」


「ええっ? でも匂いも()(よう)のものだし……。あ、そういう趣味……?」


「違います」



 失礼な……。

 あ、そうか。彼はわたしに流れる陽の気を感じ取っているのか。確か、シン族は血を舐めた相手の状態を深く知ることが出来るとか。



「わたしの血を舐めて確かめてみてください。わたしはこんなですが、きちんと女です」

「良いのかァ? 短絡的って言われない?」



 言われたことありませんね!



 わたしが指を差し出すと、イザヨイはそれを口に運び、軽く噛んだ。ちくっと針で刺したような痛みが走るがそれだけだ。



「本当に女のヒトだっ!? びっくりした! オレの鼻は間違ったことないのにっ。本当に本当に女?」


「ちょっと……」


「あ、悪ィ。これでオレはアンタを忘れない。さて、ここの主人からアンタに伝言だ。トマスを待つ間、ここで待ってもらうことになるんだが、男の格好だと困るから女装してくれ、ってさ」


「えっ」


「後でサイズ合わせに誰か来る。それまではゆっくり飯でも食って待っててくれって。灯りを点けるぜ?」


「はい」



 女装……。女装かぁ。

 トマス殿にまたきっと何かしら言われてしまうんだろうなぁ……。それを思うと気が重いが、それでもアウグスト様に確かに繋がりのある場所に辿り着いたのだという安心感の方が大きかった。



 疲れが出たのか体が重くなってきたので、わたしは椅子に深く腰かけ背を預けた。

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