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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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ギュゼル・マキシーム・アウストラル

 受け取った紙片を読み、ギュゼルは真っ青になった。

 そこには、王太子テオドールが毒を盛られていたこと、それが城の典医の行いであるという告発が走り書きされていたのだ。



 そして、テオドールと国王コルネリウスの命を救えるのはギュゼルだけである、とも。



 何度も何度も、小さな紙片を読み返す。



『全てはセリーヌとその背後に居る者の仕業だ。しかし、その名を出すことは君の死刑執行の命令書に署名するのと同じことだ。

 君がすべきことはただ、典医による僕の毒殺未遂の疑いを公正な裁きにかけてほしいと国王陛下に願い出るのみだ。

 君の賢さを頼みにしている』



 ギュゼルは唾を飲んで紙片を折り畳んだ。

 そのか細い指は震えている。



「ハリエット・リズボン、これは、真実(まこと)なの?」


「はい、王太子殿下が直々にお書きになり、私に託されました」


「そう……。では、(わたくし)より他に動ける者が居ないというのも?」


「はい、王太子殿下は体調不良を理由に都内にいらっしゃいますが、正妃様は既に門外へ、アウグスト殿下は所在不明と聞いております」


「トリシア様は……?」


「……あの方は居ても居なくても問題にされないでしょう」


「なんてことを!」


「いずれにせよ、アウグスト殿下の現状を聞けば身を隠すでしょうよ」



 ギュゼルはハリエットが優しいトリシア夫人に向ける侮蔑にびっくりした。臣下として側妃である彼女を尊敬していないどころか、形だけの言葉さえ繕いもしない。



 ハリエットはテオドールによく仕え、知り合ってまだ短いが飾らない、素直な女性だとギュゼルは思っていた。そのハリエットにここまで言われると、トリシア様は良い人間だという自分の考えが変わってしまいそうで怖くなる。



「ギュゼル様……?」



 労るように掛けられた母の声に、ギュゼルは瞬間、取り縋って泣き出したい気分になった。



『ギュゼル、城の外にも内にも、君を真に止められる者は国王陛下以外には居ない。決して歩みを止めてはいけない。決して顔を下げてはいけない。

 胸を張るんだ、君は、王国の三の姫、ギュゼル・アウストラルなのだから』



 テオドールの紙片の言葉がギュゼルの甘えを砕いた。



「…………! オーリーヌ、一番上品で上等のドレスを用意して。飾りも一緒に」


「は、はい……!」


「婆や、髪をうんと高く結ってね。手始めに、湯を使う暇は無いから、薔薇水を振りかけて体を拭くわ」


「しかし、そりゃあ……。分かりましたよ」


「ハリエット、車の用意をお願いするわ」


「分かりました」



 ギュゼルの指示は的確だった。あれよという間に、完璧に着飾った姫君が現れる。三人の使用人はその美しさにつかの間見とれた。



 だが、ギュゼルの次の言葉に驚かされる。



「先日、父上からお預かりした冠をここへ」


「えっ、しかしあれは……」


「良いの」



 血の気の引いた真っ白な貌、しかしそこには威厳と気品が満ちていた。未だ成人していない彼女に、冠を戴く資格は無い。髪を結う許しも無い。ただただそこには、制約を破ってでも事を成し遂げるという覚悟があるのみだった。



 震える指で冠を髪に挿す。この冠はただの飾りではない。新しい名と共にギュゼルに与えられた、民の責任を一身に負う契約の証なのだ。



(わたくし)の名は、ギュゼル・マキシーム・アウストラル…この国の正統な王位継承者です」



 三人の女は頭を垂れた。

 新しい姫に、この国を負って立つ指導者に。





◇◆◇





 ハリエットからの報告を聞き、テオドールは嬉しそうに笑った。



「それは是非とも間近で見たかったな」


「じきに王太子殿下にも裁判への召集がかかるでしょう」


「うんうん、これで王都に留まれるね」


「毒を仕込んだ典医はどうなるでしょうか」


「さあ? もう死んだんじゃない?」



 にこやかな表情のまま、興味のなさそうな声で言い放つ。「そんなことより」と、前置きし、テオドールはハリエットに身を乗り出した。



「僕の太陽は、今どこに?」


「それが……」



 ハリエットは目を伏せた。



「まさか、アウグスト……」


「いいえ!」



 ハリエットは剣呑な光を目に宿す主人を、悲鳴を上げて押し留めた。



「いいえ……。ギュゼル様の告発で城の中が騒がしかった際、セリーヌ姫が地下牢へ下っていたのです。そして、魔女に操られ……」


「魔女ではない」


「はっ! 申し訳ありません! その、ルべリア様を外に連れ出したセリーヌ姫は、おそらく地下道の存在も教えてしまったのでしょう、行方が、掴めません」


「そう……」


「ユージェニアには、殿下の男騎士を貸し出し、捜索に当たらせております」


「良い判断だ、ハリエット。成果を期待しているよ」


「はっ!」



(…………危なかった。ルべリアへの敵意を悟られると本当に処分されてしまうかもしれない)



 先程のテオドールの冷たい瞳を思い出し、ハリエットは嫉妬と恐怖、二つの強感情に翻弄されながらも、上辺だけは取り繕い、退室した。仕え始めてからずっと、ハリエットは叶わぬ恋に身を焦がしている。もし一度でも情けをかけて頂けるなら、命さえ棄てても良い程に……。



(あんな女、死んでしまえばいい……。兵士に乱暴されて二度と女として使えなくなってしまえばいい……!)



 どうかもう顔を見ることなく、どこかで死んでいてくれと願う。あの女が生きている限り、いや、死んでも、テオドール様はあの女を手放さないだろうから……。





◇◆◇





 ハリエットが出ていってから、テオドールは心臓に負荷を感じた。ルべリアに触れられたときには力強く脈動していたこの体の要は、またもどこか具合が悪いと訴えている。



「やれやれ……。ルべリアはどこに居るだろう」



 ルべリアならどうするか。彼女が気にかけているのはまずギュゼル、次にアウグストだろうか。……逆だったらキツくお仕置きしてあげないと……。



 ギュゼルは城にいる。そしてルべリアは城に近付けない。

 ならば、城の様子が窺える城下町に居ることだろう。また、アウグストの居場所を求めて彷徨っているかもしれない。



 アウグストの行方は分からないが、彼もまた城下町に潜んでいる筈だ。ルべリアを助けに城へ侵入する準備をしているだろう。城下町に二人を繋ぐものがあれば簡単に合流してしまう。



 それでは困る。



「ギュゼル……。持つべきは可愛い妹、だね」



 テオドールは笑った。

 ギュゼルが危地にあれば、ルべリアは必ず現れる。



(役に立つ妹を持って、僕は本当に運が良い)



「ふふふふふ、あははははっ!」

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