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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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魔女

 わたしは牢に連れてこられた。

 二人の中年の衛士が戸惑ったような表情を浮かべて、わたしを連れてきた騎士からわたしの身柄を受け取る。



「この女は魔女だ。裁判までここに留め置く」


「魔女って……大丈夫なんでしょうか、ま、魔法使い、とか……」


「この魔女が魔法をかけられるのは女にだけだそうだ。安心しろ」



 騎士の言葉に、衛士たちはあからさまに安堵した。

 そして、それなら何をしても大丈夫だとばかりに下卑た目配せを互いに交わす。



 ……せめてそういう感情は隠してくれないだろうか。

 手は後ろ手に縛られていても、足で首の骨を折ることは出来るのだから。



 辱しめを受けるくらいなら一人殺して、縛り首の痛み分けでもわたしは構わないぞ。



「では、まず服を全て剥ぎ取り、囚人服に着替えさせろ、とのことだ」


「えげつねぇなぁ」


「はは、じゃあ、やるか」



 ……衛士二人は私に躙り寄ってくる。ブーツの暗器を出すタイミングが重要だ。上手くすれば二人仕留めて、騎士と相討ちくらいは望めるかもしれない。



 しかし、衛士の指がわたしの服にかかる前に、それを制止する声が上がった。



「待ちなさいな、それ以上は駄目。私が、やるわ」


「ユージェニア隊長?」


「間に合って良かったわ、ルべリア……!」



 わたしは半信半疑で声の主を振り返った。

 露骨に焦りを見せる衛士や騎士をよそに、ユージェニア隊長は息を整えてから、わたしたちの方へ向けて威厳のある声で仰った。



「この場は私が預かるわ。さあ、書類を私に寄越しなさいな。貴方の仕事は、これで終わりよ」


「し、しかし……」


「なぁに?」



 わたしを連行してきた監督役より、ユージェニア隊長の方が位が高い。直接の上官でなくとも命令は出来るので、この程度の役目であれば、この場はユージェニア隊長に従うのが当然だろうと思われる。


 騎士は納得していない表情ではあったが、引き下がった。

 ユージェニア隊長のお言葉はさらに衛士に向く。



「本来使われていない、この地下牢の番人は誰でも良かった筈……なぜ男の衛士だけがここに?」


「わ、我々は命令されただけで……」


「そう。なら、後ろを向いてなさいな。この娘の体は私が確認するわ」


「しかし、この魔女は女に魔法をかけると言うし……」

!

「気配で察しなさい。何かあれば私ごと切りつければ良いわ」


「………」


 衛士たちは顔を見合わせて、わたしたちに背を向けた。





◇◆◇





 わたしの体を検めながら、ユージェニア隊長はわたしに囁いた。こちらも極力、唇を動かさずに話す。



「ルベリア……。こんな事になってしまって残念だわ……」


「すみません、ユージェニア隊長」


「テオドール様は、ご領地へ向かわれずにどうにか王都に留まれるようにする、と仰っていたわ。きっと貴女を助けてくれる」


「…………」



(今、テオドール様(・・・・・・)と? まさか、まさかユージェニア隊長は……)



「これを見て……私の主人が誰か分かるわ……」


「…………」



 やはり、か……。

 ユージェニア隊長の掌の内には、煌めく太陽の首飾りがあった。テオドール殿下がわたしに、と用意された物だ。お返しした、太陽……。



 テオドール殿下の眼差しを思い出し、ぞくりと背筋が粟立つ。

 このままだとわたしは、牢から出てもテオドール殿下に囚われて、何処とも知らぬ場所に連れていかれてしまうのではないだろうか。



(アウグスト様……!!)



 どうあってもここから出なければ!

 暴れるのは駄目だ。衛士が警戒しているし、武器を仕込んだブーツはすでに取り上げられた……。だが、ユージェニア隊長なら? 隊長を操れさえすれば……。



「おやめなさいな。目を合わせたりはしないわ」


「!!」


 わたしの能力が知られている……? 何故だ?

 “魔女”とそれに関するものは全て、聖堂の最奥にある書の秘中の秘の筈では……?



 ユージェニア隊長は立ち上がり、わたしが囚人服を着たのを確認してから、衛士にも聞こえるように普通の声音で仰った。



「さぁ、しばらくは窮屈だろうけど、我慢して。……変な考えを起こさないようにね。どう? (くつわ)が必要かしら?」


「いいえ。変な考えというのが自害のことなら、わたしは死にません。死にたくないからここまで抵抗もせずに来たのです」


「……そうね。命令にも轡を嵌めるなとあるし」



 ユージェニア隊長は轡を仕舞い込んだ。安堵の表情を見られないようにするのに苦労する。



「貴方たちも、変な気を起こさない方が良いわよ。長生きしたければ、ね……」



 衛士の顔色(がんしょく)を喪わせつつ、ユージェニア隊長は優雅に去っていかれた。



 どこに接点があるのか分からないが、彼女はテオドール殿下のためだけに動く、殿下の騎士なのだろう。



 ならば、ユージェニア隊長の助力を受ける訳にはいかない。何としてでも、次の機会を得たら、脱出しよう。





◇◆◇





 幸いにして、テオドール殿下の手が届く前に好機はあちらからやってきた。



「うふふ……惨めさに泣いているかと思ったのだけれど、平気そうねぇ」


「……セリーヌ姫殿下」


「魔女、ルベリア……。よくお聞きなさぁい、今からお前をどう処刑するかを……」



 長口上などたくさんだ。さっさと終わらせてしまおう。

 手錠をかけられた手が、広げた掌一つ分の鎖で繋がっていることから、猫だましするには余裕の自由がある。頃合を見計らい、格子越しに近くまで寄って来ていたセリーヌ姫殿下と、付き添いの侍女一人に向けて手を打つ。小気味良い音がして、二人はびくんと目を見開きわたしを見た。



 さて、これで二人はわたしの支配下だ。

 …………。



「ギュゼル様……」



 今ならまだ、引き返せる。

 今ならまだ、“魔女”にならずに済む。



 いや、駄目だ。



 死にたくはない。

 騎士として死ねるならこの身を捧げるのに迷いはない、が、これは違う。このままだとわたしは“魔女”として処刑されてしまう。それだけは嫌だ!



 逃げなくては……。


 わたしは二人に向かい、囁いた。

 どうか、わたしのために、操り人形になってください、姫殿下。

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