セリーヌの舞台
こちらは本日二話更新の内の二話目になります。読み飛ばしにお気をつけくださいませ。
若き女狐は大仰に三人を見回し、舞台か何かのように芝居がかった身振りで話し出した。
「まぁ! 王子が二人揃って愁嘆場ですの? 一人の女を取り合って、抜剣までなさるなんて、これは大した醜聞だこと!」
セリーヌは扇を優雅な動きで翻し、口元を覆う。「怖いわ……」と言いながら体をくねらせ、どうやら身内の醜聞に困惑している淑女でも演じているつもりらしい。
そのアイスブルーの瞳は喜びに満ちているが、彼女を囲む警邏隊には分からないようだ。彼らはセリーヌの言葉により一層、槍を握る手に力を入れた。
アウグストとテオドールは目配せをすると、場を切り抜けるべく上辺だけ取り繕った。
「抜剣だなんて仰々しいなぁ。僕たちは互いに、傷付けるつもりなんて無かったさ」
「……そうだな。私も兄上を傷付けるなぞ、考えたこともない」
「あらあら、部屋の外の護衛を魔法で打ち倒したアウグスト兄上の言葉は……信じられませんわ」
「…………」
城中での抜剣が大罪であるように、魔法の行使もまた大罪。トマスへの仕打ちは数えないとして、テオドールの護衛騎士へ放った氷礫は言い訳できない。状況はアウグストに不利であった。
「お父様のお加減が悪いというのに、国を背負って立つ王子がこの有り様……。お父様はどんなにか情けなくお思いでしょうね?」
「何が言いたい……」
アウグストはルべリアを庇って前に出た。セリーヌに向かい、纏った冷気を牽制の如く漂わせる。ふわり、とセリーヌの額に落ちた数筋の蜜色の髪が揺れた。
「別に、その女がどうという話ではありませんわ。ただ、このような騒ぎを起こした以上、王子と言えど城に留まるのはどうか、と申し上げているんですの」
「ハッ、余程私を城から追い出したいようだな」
「……問題をすり替えないでいただきたいですわ」
一瞬、図星を指されてセリーヌの肩が小さく震えた。
セリーヌは己に向けられたアウグストの見透かしたような表情、そしてテオドールの興味を引かれたと言いたげな表情に、話題を変えるべきだと考えた。
「まあ、最低でもご領地での蟄居は免れないでしょうけれど、その女騎士は如何するおつもりかしらね? テオドールお兄様とアウグスト兄上、どちらかが手に入れるのでしょうから……」
仲良く半分こ、とはいかないでしょう?
セリーヌは鈴を転がすような声音で笑った。
◇◆◇
苦々しげに歪められたアウグストの表情を見て、セリーヌは勝利を確信した。扇の内で口の端を上げて笑みを浮かべる。
(何につけてもご自分が優れていないと気が済まない兄上のこと、テオドールお兄様と白黒つけようとする筈、証人の多いこの場で、さらに騒ぎを起こせば良い!)
「……誰がどう言おうが、この娘は私のものだ。兄上には触れさせぬ」
その言葉を聞いていれば、ダヴェンドリは喜んだであろう。
今まで有効な手が無かったアウグストに対しての、飛びきりの打ち筋が見えているのだ。しかし彼は今、盤上にある別の駒を排除するのに掛かりきりであった。
「さて……。僕は、この場でどうこうするつもりはないよ。ただ一言だけ。ルべリアが本当に君を望むかどうか、それはまだ分からない」
「どういう意味です」
「言葉通りの意味だよ。ルべリアに聞けば良いじゃないか、愛してるかって」
テオドールはアウグストの背に隠れて俯いているルべリアを見て、笑みを深くした。醜聞の渦中にある女騎士は、先程から一言も発していない。
セリーヌはここが攻め時だと直観した。今だ、今こそアウグストを挑発して魔法を使わせる時だ。そうすれば、王太子殺害の意志有りとしてアウグストを幽閉することも出来るかもしれない……。
(見ていらっしゃい、ここが私の舞台だわ!)
「そうですわね。テオドールお兄様の仰る通り、その女騎士に聞いてみればよろしいのよ」
「何を……」
「あら、怖いんですの? 女騎士に見捨てられるのではないかと思って、怖くて聞けないんですの?」
セリーヌの挑発。
凍りつくような静寂が一同を包み込む。痛いくらい張り詰めた空気の中で、口を開く者はなかった。
やがて、アウグストが軽く頭を反らし、溜め息を吐いた。
「……馬鹿馬鹿しい。私は部屋に戻る」
「勝手は許さないわ、アウグスト兄上!」
「……煩い。その口、氷で張り付けてやろうか……?」
「!」
「では兄上、私はこれで失礼する」
「ま、お待ちなさいな! 兄上! 許しませんわ、兄上!」
アウグストはルべリアの手首を掴んで引いていった。警邏隊を押し分け、扉へ向かう。セリーヌはその後ろ姿を、爪でも噛みそうな勢いで憎々しげに睨み付けていた。
その隙にテオドールはこっそりと隣に控えるハリエットに紙片を押し付けると、「ギュゼルに……」と囁いた。テオドールに忠実な侍女は意を汲み取るが早いか、騒ぎに乗じて目立たぬように移動し、部屋の外に出た。




