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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
55/132

間章

こちらは本日二話更新のうちの一話目です。次話も続けてお読みくださいませ。

 暗い部屋の中で蝋燭の灯りが男たちの陰気な顔にさらに影を落としている。彼らはこの一年をかけて緻密に組み立ててきた計画に、大きな綻びが出来ているのを無視出来なくなっていた。



 その綻びを繕おうとしてさらに大きな穴が開いたことに、ダヴェンドリ公爵、かつてはガイエンの大虎(ダイアタイガー)と呼ばれた男は憤っていた。



「いったいどういう事だ? 三の姫の暗殺を失敗したと思えば、王子二人もまだ生きているではないか! ええ!?」



 だん、と拳が叩きつけられ、卓が揺れる。



「アウグスト、テオドール、奴等が何故まだ生きているんだ!!」



 しん……と沈黙が場を支配する。

 やがて誰かが重い口を開いた。



「アウグストを暗殺しに参ったのは、ログサムでございます」


「ああ、あれか」


「首尾はどうなっていたのだ」



 黙して睨みつけるだけのダヴェンドリの怒気に触れぬように、素知らぬふりで口を開く追従(ついしょう)者たち。失敗した暗殺計画について語らねばならぬ男の口ぶりは暗い。



飛竜(ワイバーン)を用意し、ログサムの奴めに操縦させました。しかし……、まさかあのような事になろうとは……」



 誰もが口を閉ざした。



「提出されたアウグストの報告などから全容を推測すると、ログサムは暗殺に失敗しました。アウグストに傷を負わすどころか、一兵すら傷つけられず……」


「くそ! 化け物め……!」



 今ここにアウグストがいれば、「操縦者と作戦との両方が稚拙では、勝てるものも勝てまいに」と嘲笑ったことだろう。



 ただ、彼らの言うこともまた真実である。

 アウグストの力はヒトの域を超えている。視線だけで人間を氷像に変えたり、腕の一振りで王都中を雪で覆ったり、そんな事はいかなる黒術(こくじゅつ)熟練者(エキスパート)でも不可能だ。しかも、それを愉しげに笑いながら行える者となると……。



「魔物でも駄目となると、もう打つ手が……」


「このっ、……テオドールは?」



 能無しめ!

 その言葉をどうにか飲み込んで、ダヴェンドリは次の者の発言を促した。



「それがそのぅ……、なんだか、どこかおかしいんですよ」



 ダヴェンドリの言葉を受けて話し出したのは、小太りで背の低い、いかにも自信の無さそうな男だった。彼は絹のハンカチーフをもじもじと手の中で丸めたり伸ばしたりしながら、



「いや、そのですね、テオドール殿下は元から心臓がお悪いわけでございますが、だから、心臓にショックを与えれば、すぐさま効果が出まして、お亡くなりになるはずだったんでございますよ」


「…………」



 一同が苛ついた視線を注ぐと、小男はさらに小さくなりその顔を赤らめた。蝋燭の灯りによって彼の額に浮かぶ汗が光る。



「ええ、その、まぁ、何と申しますか……。私はアウグスト殿下がご出発なされた日に薬を盛ったんでございます。殿下は大層お苦しみになって、これはその晩か明日にでも、そりゃあもう、お亡くなりになりそうな具合だったんでございます。

 しかしですね、次の日になりますと、殿下はなぜか、その午後にはすっかり良くなって、顔色もまあ、健康そのものとまではいきませんですが、なかなかの……」


「何故だ!? 毒を盛ったのだろうが!!」


「ひぃっ!? え、ええ、そりゃあもうちゃんと!! ですが、盛ったのは毒ではなく、薬なんでして……。ほ、ほら、あくまでも自然死に見せ掛ける必要があるとのご要望でしたからねぇ、心臓に負担をかけるような薬で、しかも調合のミスに見せ掛けて……」


「では、何故だ」


「えー、えーと、それは、その、殿下がお会いになった女騎士が何かしたんではないかと、思っている次第でして。あの、アウグスト殿下がやけにお気に入りで、最近よく城に招き入れて可愛がっていらっしゃるとか……」



 ダヴェンドリは唸った。

 確かにそんな話を聞いた気がする。今まで気にも留めていなかったが、こうなっては、せめてアウグストを王都の外に誘き出すためにも、その女騎士とやらを手に入れる必要がありそうだ。



「誰ぞ、その騎士を知る者はおらんか」


「はっ! 私の知るところによりますと、三の姫の護衛騎士であると」


「ぐ……、またギュゼルか……」



 ダヴェンドリは脳裏に浮かぶ幼い姫を真っ黒な感情で塗り潰した。ただの道具に過ぎぬと捨て置いたあれが、今になって“姫”として盤上に現れた。しかも国王コルネリウスはあれにも王位継承権を与えたいと……!



 セリーヌの思惑も重なり、先にギュゼルの暗殺に着手したものの、失敗。それも(くだん)の護衛騎士のせいと言うではないか!!



「おのれ……どこまでも邪魔な女よ!」



 その言葉がどちらに向けられたものかは(さだ)かではない。だが、どちらにも消えて貰わねばならないのも確かだ。



「その、ルべリア・ラペルマなる女騎士ですが、如何(いかが)致しましょうかな」


「いっそ(おび)き出して殺しますか」


「……殺しはせぬ」


「では?」


「生かして捕らえよ。どんなに手荒に扱っても構わんが、決して殺すな。……アウグストがたかが女一人に執着するとは思わんが、奴も人間、女を抱けば情が湧くだろう。罠に使える可能性もある。駒は多い方が良い」


「ははっ!」


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