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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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城の夜

 タンジー婆やが気を利かせてくれて、桶にお湯を運んでくれた。そこにシャボンを少量入れて良い香りのする泡が出来た。



「これ、まさかギュゼル様の……」


「細かいことを気にしない。ほら、お待たせすんじゃないよ」


「はい」


「ん、アンタこりゃ……」



 婆やがわたしの髪の毛に触れた。付け毛はすでに取ってある。



「今朝洗いましたよ?」


「いや。うなじの痕は……、誰に付けられたんだかねぇ」


「……っ!」


「アンタ、無理して行かなくたって……」


「いいえ! ……いいえ」



 痕があるのは髪の毛でギリギリ隠れる場所だった。アウグスト様に会うのは短い時間だ、きっとお気付きにならないだろう。



 わたしは騎士服に着替えた。騎士章は……予備を支給されていたが、付けなかった。服務規定違反だな……。もう構わないか……。



 身支度に時間はさほど掛かっていない。わたしはトマス殿と二人、夜の城へ向かった。





◇◆◇





「ルべリア、先程の格好だが……」

「はい、何でしょう」



 トマス殿は苦々しい表情を作っている。そうだな、確かにあの格好は酷い。あんな肩が剥き出しのドレスは、わたしには合わない。



「誰と会っていたんだ」


「え?」


「まさかアウグスト様を裏切って……」


「裏切る? わたしとアウグスト殿下は、そんな関係ではありません」


「……それは、そうだが」



 胸が痛んだ。何故だ……?

 だが、その理由を突き詰めると大変なことになりそうだったので、浮かび上がった疑問をまた元のように沈めた。



「安心してください、トマス殿。ギュゼル様の暗殺を企てた犯人が捕まれば、わたしはもうアウグスト殿下とお会いすることもないでしょう。致命的な醜聞になる前にわたしは消えます」


「ギュゼル姫はどうなる……?」


「元より、わたしはギュゼル姫殿下のお側にいられる身分ではありません。この出会いは一時的なもので、別れは必然でした」


「……そう、か」


「はい。トマス殿ともお別れですね。一度手合わせをお願いしたかったです」


「……まさか、騎士も辞めるつもりか!? それで騎士章を付けていないのか!!」


「はい……」


「何故だ!?」


「トマス殿……?」


「あ、いや、すまない」



 珍しいものを見た。

 騎士の鑑のようなトマス殿が取り乱すなんて……。



 それきり会話もなく、アウグスト様の部屋まで行った。





◇◆◇





 夜の城は昼の顔とはまた違い、最高級の魔法石の灯りに照らされ、幻想的な美しさを見せている。庭園側の窓から、夕食に招かれた貴族たちが解散の前に散策やお喋りをしている様子が窺えた。



 誰もいない廊下を二人進んでいった。



「もう部屋に戻られた頃だろう」


「…………」



 部屋の前まで来たが、扉を開ける勇気がない。躊躇いつつ、取手に指をかけるが……。



「どうした。引き返すなら今だぞ」


「いいえ。きちんとお話ししないと…」


「ならば止めない」


「…………」



 どうしよう……。



「無理もない。騎士として守るべきものを失ってしまったのだからな。だが、アウグスト殿下の立場を考えて発言すれば、貴婦人といえどアウグスト殿下の御生母は庇う必要はない。……罪に染まった御方だ」


「……それでも、尊い御方をわたしのような者が告発するなど、許されることではございません」


「それは違う。

 騎士も貴族も、聖典に則った行動をするべきだ。時には命を賭してお諌めする事も必要になる。本来なら全ての生き物が聖典に従うのが理想だ。お前も聖堂騎士の娘なら……。……お前の行動が読めないのはそのせいか」


「それは、どういう意味でしょう」


「お前には騎士としての素地(そち)がない。そういうことだ」


「!!」


 ……薄々気付いてはいた。見ない振りをしてきた事だった。もう誰も傷つけたくなくて、自分の犯した罪の分、誰かを守りたかった。


「もう騎士も辞めて去るんだったな。気にしていたことにズカズカ踏み込んで済まなかった」


「…………いえ」


「さあ、もう行け」



 開けられなかった扉を、わたしは、開けるしかなかった。

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