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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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太陽を掌に

 テオドール殿下の部屋へ通されると、今日は少しおもむきが違うように感じた。



「ルべリア、今日もよろしくね」


「はい、ありがたく存じます」


「はは、硬いね。今日はもっとリラックスしてもらおうとお香も用意したんだけどな」


「楽しみにしています」



 テオドール殿下は、ふと、わたしの首もとに目を注がれた。



「……太陽は、していないの?」


「はい、失くしてはいけないので」


「そう。なら、僕が着けよう」


「お気遣いなく……」


「着けたいんだ。いいかな?」


「……はい、テオドール殿下」



 テオドール殿下に背中を向けると、手が、触れるくらい胸元の近くを横切り、太陽の首飾りが着けられた。いきなり鎖骨に当たる金属の冷たさに身が(すく)む。



「始めようか……」



 耳許で囁く声が、アウグスト様の声とよく似ていて、心臓が大きく跳ねた。同時に懐かしさと切なさと罪悪感がごちゃ混ぜになった感情に揺すぶられて、鼻の奥がつんと痛くなる。

 わたしは涙を追いやるように目をしばたかせた。





◇◆◇





 静かな室内に、テオドール殿下の素描の音が響く。

 しばらくこうやっているが、殿下からは治療法についての話はなされない。これは、わたしから切り出した方が良いのだろうか。


「テオドール殿下、ギュゼル様からお聞き及びかもしれませんが、殿下のお体の不調について……」


「貴女に何が分かるのよ」


「ハリエット」


「ですが!」



 憤る助手を手でお制しになり、テオドール殿下はキャンバス越しにわたしをご覧になった。



「確かに、僕の心臓はもう何年も保たないと言われている。どこでそれを知ったのかは聞かないことにするけど、気休めはよしてくれ」



 冷たいお声だった。

 わたしにはそれが、死を前に成す術なく諦めるしかない病人のそれに聞こえた。



「長い間、お苦しみになってこられたために、信じられないのも無理はありません。しかし、わたしは確かに殿下と同じ症状に苦しむ者が、治療を受けて快復したのをこの目で見てきたのです」


「やめて! 王太子殿下を興奮させないで。また発作が出てお苦しみになるのは王太子殿下なのよ!?」


「ハリエット!」


「……申し訳ありません、王太子殿下。出過ぎた真似をしました」



 助手は頭を下げて、今度こそ壁まで下がった。

 テオドール殿下は苦悩に満ちた表情をしていらっしゃった。



「もう長くない身の上だ……どうやって生きていこうと思っていてね。もしも、君の言うことが正しくなかったとしても、試してみよう」


「テオドール殿下……! それじゃあ……」


「君を信じる、と言えなくてすまない」


「いいえ。信ずるより感じてください。わたしが治療を施します」


「……えっ?」





◇◆◇





「本当に、これで良いんだね?」


「ええ。殿下、力を抜いて、リラックスしてください。さぁ、わたしの手が触れますよ」


「……っ」


「わたしの手は温かいでしょう? 今は目を閉じて、この手にだけ意識を移してください。背中を走る骨を挟んで、二本の線が腰から首まで通るのを思い浮かべて……」

「……っ!?……っく、……うぅ! る、ルべリアっ!?」


「大丈夫です。ゆっくり息をして……気持ち良いでしょう?」


「はぁッ、あ、あぁ……!」


 わたしは今、テオドール殿下の上半身を裸にして、背中を撫でて経絡を通しているのだ。()が詰まっているのが原因なので、わたしが外から操作して、ゆっくり詰まりを取って気を流している。



 助手が先程からわたしを殺しかねない目で睨んでいる。「いかがわしい」とか「イヤらしい」とか、色々言っているのが全部聞こえていますよ。



 テオドール殿下の経絡はズタズタで、これは治療に長く掛かりそうである。先ずは心臓への負担を減らし、経絡が途切れているところを修復しなくては。わたしは操作するだけでなく、わたし自身の(よう)()も惜しみ無く注ぎ込み、テオドール殿下の回復に努めた。



「最初から長くは施療出来ません。今日はここまでにしましょう」


「……ぁ、……あ、ありがとう、楽になっ! ……なったよ」



 苦しそうだ。

 どうかなさったんだろうか。まさか治療に間違い!?

 いや、気を見るに経絡はきちんと流れている。

 殿下は肩で息をしておられ、体中が汗まみれでいらっしゃる。前屈みに座られたまま、まだ立ち上がりもなさらない。



「テオドール殿下、どこかお加減が……?」


「きっさまぁ! 王太子殿下になにを!?」


「良い、ハリエット! 着替えを手伝ってくれ……」



 テオドール殿下は着替えのためにお下がりになられた。わたしは取り残され、気が付くと昼食の鐘が鳴っていた。





◇◆◇





「体が軽くなったよ、ありがとう。今日は薬草茶じゃなくても平気かもしれないな」


「そうですか。それは何よりです」


「……典医てんい様のご意見では、急に暮らしを変えるのはよろしくありません、と」



 ハリエットが腹立たしげに目を三角にしながら口を挟んでくる。その度に殿下に叱られているけれど、どうやら懲りないらしい。



 昼食を終えたら、お茶をいただいて、後はまた素描か……。

 気をやり過ぎて、ちょっと疲れた。あぁ、この寝椅子に転がってみたら気持ち良いだろうな~。



 そんな風に眠気と戦っていたら、助手がごそごそと出掛ける準備をしていた。待って、貴女が出掛けたらテオドール殿下と二人きりだ。誰かに見られたらまた醜聞に……。



「私はしばらく外しますね」


「ああ、またお茶の時間にね」


「あ……、どこへ……?」


「ああ、絵の具を受け取りに行ってもらうんだ。今日は色も付けようかと思ってね。

 ……眠いのかい、ルべリア。その寝椅子でそのまま寝ても良いよ」



 そんな訳には……いきません。



「 もう寝ちゃったかな?」


 わたしは……、わたし、は……………

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